推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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吉と出るか凶と出るか

エドと寡黙な仲間たち





 自室に戻ると、まずはヴィオラに手紙を書いた。
 『詳しくは記せぬが』と前置きし、カインが任務で辺境に行くことになったため、見聞を広げるべく同行することにしたことや、御父君と共に道中の安全を願っていてほしい、といった内容をしたためた。
 そうすれば、俺がカインに同行していることは伯爵に伝わるはずだ。
 従者には、「昨日のうちに届けるよう命じられていたが、忙しくしていて、つい今日になってしまったと伝えよ」と言い含め、クラウス伯爵邸へ手紙を届けるよう命じた。

 その後、厨房へ行き、日持ちのする食料とクルミの殻を麻袋に詰め、急ぎ旅支度を整えた。
 近頃は二日に一度の頻度で、学院から帰った後、乗馬の練習のために王宮の麓にある騎士団の牧場へ通っていた。門衛ともすっかり顔見知りだ。日は既に西の空に傾きつつあったが、特に不審がることもなく城門を通してくれた。
 牧場で馬を借り、日が落ちるまで駆け続け、その夜は王都の宿に逗留することとなった。

 生まれて初めての旅路に同行しているのは、兄上が選んでくれた五人の〈影〉だ。
 五人とも武術の才を見出されただけあって、体格に恵まれている。一堂に会せば、かなり物々しい。俺だけが浮いてしまい、「身分の高い人物とその護衛」という構図が際立ってしまう。そのため、リーダー格の一人とだけ行動を共にすることにし、他の者たちはたまたま同じ方向へ向かう無関係の旅人として、付かず離れずに動いてもらうことにした。

 リーダー格の男は、名をセルペンスという。
 もっとも、それは本名ではなく、〈影〉に入隊後に与えられたコードネームのようなものらしい。〈影〉は孤児や身寄りのない者たちで構成されており、在籍中は本名を名乗ることを許されず、外部との接触も完全に断たれる。あたかも実体のない影のような存在であることから、その名がつけられたのかもしれない。

 セルペンスは五人の中でも最も線が細く、東洋風の顔立ちをしており、癖のないダークブラウンの髪を後ろで一つに束ねている。黒のチュニックに、剣を隠すための質素なマントを纏った姿は、学者風に見えなくもない。宿で何か尋ねられたときは、「故郷へ里帰り中の学院の教師とその従者」と名乗るよう、事前に打ち合わせていた。
 それ以外の〈影〉の者たちも、商人や護衛に扮しており、それらの旅装は急ぎセレナが用意してくれたものだった。

 出立を決めてからずっと慌ただしく、セルペンスと腰を落ち着けて話ができたのは、宿に入り、遅めの夕食を食べ始めたときだった。

「セルペンス、君も北方出身なのだろう? 生まれは北方のどの辺りなんだ?」

 毒見のためにセルペンスが先に試食するのを待つ間、手持無沙汰に訊ねた。宿の食堂は酒盛りをする泊り客で賑やかで、小声で会話をする分には誰かに聞かれる心配はない。

 彼は毒や薬草の知識に長けており、それが今回の護衛隊のリーダーに選ばれた最大の理由だった。
 毒見はいらないと言ったのだが、確認するまで待つように言われて、蛇のような鋭い眼差しに逆らえなかった。毒でなくとも、俺のような温室育ちの人間が食せば腹を壊すような食事が、巷にはあるらしい。

「私は、ヴァルトシュタイン辺境伯領の国境近くの村の出身です」

 ライ麦パンに豆と野菜のスープ、羊と思われる煮込み肉。それらを全て試食してから、セルペンスは落ち着いた口調で答えた。「どうぞ」と促され、俺もスプーンを手に取る。

「なぜ、『影』に入ることになったのだ?」

 続く質問に、セルペンスは食事の手を止め、顔を上げた。

「任務以外の余計なことは話すなと教えられております」

 確かに、〈影〉の者たちは、表舞台で活動する騎士たちに輪をかけて、必要最低限の言葉しか発しない。
 城にいたときも常時二人が俺の護衛についていたが、常に一定の距離を取り、目につかない場所に控えているため、名前すら知らなかった。

「任務に関することだ。俺はヴァルトシュタイン辺境伯領について、ほとんど何も知らない。事前に知っておけば、この先何か役に立つこともあるかもしれない。君が知っていることがあれば、何でもいいから教えてほしい」

 生まれ変わってなお、俺は物語の世界が好きな引きこもりで、学院で習う以上のことに興味を持つことはなかった。
 ルヴァール帝国の台頭も、〈影〉が孤児や身寄りのない者たちで構成されていたことも、兄上から聞いて初めて知った。選挙で投票するくらいしか政治と関わることのなかった前世と違い、王子がただの二次オタでは駄目なのだと、今は思い始めている。



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