推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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吉と出るか凶と出るか

無知は罪なり




「私が生まれ育った村は、ヴァルトシュタイン辺境伯領の北の端にあり、先祖は代々土地を耕し暮らしていたと聞いております。 しかし、度々、ルヴァール帝国から傭兵が押し寄せ、それらが盗賊化して村を襲うようになったため、田畑は荒れ果て、私が幼い頃には、もっぱら山で狩りをし、木の実や草の根を口にする日々を送っておりました。薬草を採って街に売りに行っていたので、毒や薬草の知識はその頃に覚えたものです」

「そうだったのか……」
 
 訥々と語られる言葉からは、悲壮感や恨み言は一切感じられなかった。
 それでも、後ろめたさから、俺は手元のスープに視線を落とした。
 これまで、我が国は戦のない平和な国で、民は皆、平穏に暮らしていることを疑うこともなく、王宮でのうのうと贅沢な暮らしをしていた。現状を知ろうともせず、虚構の世界に生きられたらいいなどとよく言えたものだと、今は恥ずかしく思っている。

 父が兵士に取られていなくなり、まもなくして、母も病で亡くなり、セルペンスは空腹のあまり山を降り街をさ迷っていたところを保護され、教会の孤児院で暮らすことになったそうだ。
 山での暮らしより多少はマシだったが、孤児院も、決して人が生きるのに適した場所とは言えなかった。大きな戦でなくとも、国境では絶えずルヴァール帝国の傭兵や盗賊との小競り合いが続いている。戦は人だけでなく金も必要とする。

 今回初めて知ったのだが、ヴァルトシュタイン辺境伯領に常駐している第七騎士団は、騎士たちの俸給は国から支給されるが、食料やその他の軍営の維持費は、ヴァルトシュタイン辺境伯が負担しているらしい。
 戦が激しくなるほど、戦で両親を亡くしたり、貧しさから路頭に迷って孤児になる子供たちは増える。かと言って孤児院の予算は限られているため、毎日、食事は奪い合いに近かったそうだ。

「幸いにも、私は孤児院の子供たちの中では、物覚えがよく、俊敏なほうでしたから。ヤーゲル様に見出していただき、『影』に入ることができました。『影』の訓練も決して楽ではありませんでしたが、食べるものに困らないだけ、教会にいた頃よりは人間らしい暮らしができておりました」

「ちょっと待て。今、ヤーゲルと言ったか?」

 聞き捨てならない言葉を耳にし、思わず顔を上げた。
 ヤーゲルと聞いて思い浮かぶのは、獅子のような目をしたあの男だ。ニコラス・アウフ・ヤーゲル。

「ヤーゲルとは、今の王太子付きの近衛隊長のことか?」

「あ、はい。今は男爵になられましたから、ヤーゲル公とお呼びしなければいけませんでしたね。当時は第七騎士団の副団長をしておられました」

 セルペンスは、俺が「ヤーゲル」の名前に食いついたことを、特に気に留める様子はなかった。

「何故、ヤーゲル公がお前を見出したのだ?」

「私も、そこの事情は存じておりません。ただ、北方出身で『影』に入った者のほとんどが、ヤーゲル公から推薦状や旅費をもらって、『影』の試験を受けております。公自身も、両親を早くに亡くし、貴族の下働きをしていたところをクラウス伯爵に見出されて騎士団に入られたため、同じことをなさっているのではないでしょうか」

「そう……なのか……。だが、そうすると……、お前たちはヤーゲル公の息がかかっているということか?」

 動揺のあまり、つい軽率な発言をしてしまった。
 息がかかっている者が、「息がかかっています」と言うはずがないのに。

 セルペンスは、わずかにムッとした顔をし、蛇のような眼差しを一層強めた。

「もちろん、ヤーゲル公には感謝しておりますが、公のために我々が動くことはありません。我々が忠誠を誓うのは、国王陛下のみです。『影』の隊費は、陛下の財産から賄われていると聞いております。死んだほうがマシな暮らしをしているときに手を差し伸べてくださった方への恩義を、一生忘れることはありません」

 セルペンスの力強い言葉に、ホッとしつつ、一方で、苦々しいものが胸に広がっていくのを感じていた。
 ニコラスも、きっと彼らと同じなのだろう。死んだほうがマシな暮らしをしているときに手を差し伸べてくれた人への恩義を、一生忘れることはない。

 その話を聞いて、小説の内容で一つ思い出したことがあった。
 ヴィオラがセレナに媚薬を盛って、彼女を襲わせようとしていた地方の男爵。その男爵というのも、ニコラスのことだった。





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