推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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吉と出るか凶と出るか

急襲

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 木々の陰から、黒い影が一斉に飛び出してきた。
 道の前方も、剣を構えた者たちによってすでに塞がれている。
 ざっと見ても、敵の数はこちらの倍以上。
 
 シュヴァルツの森――。小説の中でエドワードたちが賊に襲われ、カインが命を落とした場所も確かそんな名前だった。同じ状況に陥って初めて、思い出した。
 このような事態を想定していたからこそ、カインを追いかけてきた。
 だが、実際に剣を構えた者たちに周りをぐるりと取り囲まれたら、手足の震えが止まらなくなった。

「エド、お前はここから動くな。セルペンス、頼んだ」

 言うが早いか、カインは馬車から軽やかに飛び降りた。

「全員、馬を降りて応戦しろ!」

 カインの号令に、騎士達は一斉に馬から飛び降りて剣を抜く。
 賊のかしららしきひときわ体格のよい男が片手を上げ、それをカインに向かってゆっくりと振り下ろした。

「かかれ!」

 それを合図に賊たちが奇声を発して騎士に襲い掛かる。剣がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、怒声や呻き声が入り混じって森を震わせた。

 カインは隊の中央で、次々と襲い掛かる賊を迎え撃っていた。
 敵の振り下ろした剣を素早くかわし、脇腹に鋭く一閃を浴びせる。鈍い悲鳴をあげて男が崩れ落ちる間もなく、次の敵が踏み込んでくる。振り下ろされた剣を受け止め、火花を散らしながら力任せに弾き返すと、肩口に逆手で剣を滑らせた。血飛沫が上がり、紺色の騎士服に黒い染みを散らす。

 ほとんどの騎士たちが二人以上を相手にしていたが、その中でも敵の狙いがカインにあるのは明らかだった。
 一方で、俺の周りは四人の〈影〉が馬車の四方に立ち、セルペンスも御者席から動かないが、「馬車は狙うな」という命でも出ているのか、敵は不自然なほどこちらには攻撃してこない。

「おい、お前たち! 俺のことはいいから、あっちの加勢に行ってくれ!」

 声を張り上げるが、〈影〉は動こうとはしなかった。

「我々は、いかなるときも殿下をお守りするよう、仰せつかっております。アルベール公も重々ご承知のはずです」

 抑揚のない冷ややかな声でセルペンスが返事をする間にも、騎士の一人が背後から剣を突き立てられ、前のめりに崩れた。
 手足の震えは止まらない。まともに剣を握れる自信もなかったが、これ以上、傍観することはできなかった。
 馬車から飛び降りると同時に、背後で声がする。

「殿下! 無謀なことはおやめください! 殿下が行ったところで、何の役にも立ちません!」

「それはわかっている! だが、ここにいれば、何かの役に立てるのか?
 俺はたまたま王族に生まれただけだ。お前たちや、あの者たちに守ってもらうに足ることは、まだ何一つ成していない!」

 それだけ言い残して剣を抜き走り出すと、〈影〉の者たちも無言でついてきた。

「殿下! いいかげん、騎士の真似事はおやめください!」

 カインに向かってありったけの声を放ち、彼に背後から襲い掛かろうとしていた男の足を剣で払う。狙ったのは、いわゆるアキレス腱だ。
 騎士と違って、丈のない簡素な靴を履いていた男のそこは、生身の肌が剥き出しになっていた。以前、カインに、ブーツでなければ、非力で背の低い俺にも狙いやすい急所だと教えてもらったことを、体が覚えていた。
 確かに肉を切るような手ごたえがあり、男が「うぎゃっ」と悲鳴を上げて足元から崩れ落ちる。

 アキレス腱ならば、歩くのに不自由することになっても、死ぬことはない。
 「甘い」とカインには叱られるだろうが、やはり賊であっても、同じ国に暮らす民の命を奪うことには迷いがあった。

 戦いは続いていたが、先ほどの俺のひとことのせいで、賊たちの間になにやら動揺が広がっていくのがわかる。

「王子が騎士に扮しているということか?」
「王子は長い銀髪ではなかったのか?」
「王子は馬車の中にいるんだよな?」
「馬車の中には誰もいません!」
「どういうことだ? 王子には傷一つ付けるなと命じられているのだぞ!」

 そんな会話が賊たちの間で飛び交いはじめた。
 一方、こちらはこちらで。

「殿下、馬車にお戻りください!」
「殿下の御身に何かあれば、私が首を跳ねられます!」

 などと、手当たり次第、カイン以外の騎士にも声をかけ、また、同じ文言をセルペンスも俺に向かって言うので、賊たちの混乱は一層深まり、明らかに剣の勢いが衰えはじめる。
 それに、俺が動き回るせいで、〈影〉の者たちも戦闘に加わざるをえないことも大きかった。彼らは騎士たちより遥かに戦い慣れていて、三人同時に剣を向けられても物ともせず、しなやかな動きで一人、また一人と打ち伏せていく。
 まだ防御の型くらいしかまともに習得できていない俺は、乱闘の中を逃げ惑うのに必死で、周りを見る余裕はなかった。

 そうして、賊の数が十人ほどに減り、かしららしき男がカインに敗れて斃れたところで、残りはちりぢりになって逃げて行った。

 ホッと息を吐いたのも束の間――。
 視線の先で、一人の騎士が膝をついて崩れ落ちた。

「カイン!」

 足をもつれさせながら駆け寄る。
 剣を取り落とした彼の右腕はパックリと騎士服が大きく裂け、そこから滴る真っ赤な血が、紺色の布地を黒く染めていた。



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