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真相
罠
都に帰ってきておよそ3週間が経つ頃。俺の体調が回復してきたのを見計らい、俺たちは計画を実行に移すことにした。
庭園のガゼポで、ヴィオラと会うことにしたのだ。
久しぶりに足を踏み入れた王宮の庭園は、木々の葉が濃く茂り、いつの間にか真夏の装いへと変わっていた。
俺の顔を見るなり、ヴィオラはひどく驚いた様子で、本当に重い病ではないのかと尋ねてきた。
無理もない。
辺境から帰還して以降、俺はある事情のせいで、ろくに食事も摂れない日々を送っていた。
元は血色よく艶やかだった頬も、今では見る影もなく痩け落ちている。
彼女の心配には、いま俺に倒れられては困る、という打算も含まれているだろう。
だが、それ以上に、純粋な心遣いも感じられた。
それに気づけば、一層罪悪感が膨れ上がっていく。
でも、だからといって、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
流されるほどの情も、彼女に対して持ち合わせてはいない。
俺は覚悟を決め、それを気取られぬように口元に薄い笑みを浮かべて、空になったカップをテーブルに置いた。
「遠征の疲れで、しばらくろくに食べられなかっただけだ。病じゃない。――それより、会いに来たということは、例の物を用意できたということか?」
ヴィオラは憂い顔を消し、ドレスの袖口から小瓶を取り出した。
焦らすように、栓をされたそれを目の前で振って見せる。
「これを渡せば、殿下が王太子になられた暁には、必ず私を妃にしてくれますのよね?」
「こんなものを用意させて約束を反故にしたのでは、私が断罪されるだろう? それに……」
小瓶を握ったヴィオラの手をそっと両手で包みこみ、身を倒してその手の甲に口付けをした。
「私は王になりたいのではない。そなたを王妃にしたいから、王になるのだ」
自分で言っておきながら全身に鳥肌が立ちそうだが、前世で読んだ恋愛小説の記憶を引っ張り出し、苦心して考えた台詞だった。
掌を撫でるように小瓶を受け取り、顔を上げると、ヴィオラは頬を赤らめ、うっとりした瞳で俺を見つめていた。
カイン相手に何度も練習した甲斐があったようだ。あの男は、毎回微妙な顔をしていたが。
さて、ここからが本番。と胸の内で気を引き締める。
ヴィオラが俺に渡したのは、自ら薬屋で買い付けたらしい毒だ。
俺は視察に出かける前から、彼女が面会にくるたびに、王位への憧れや彼女を王妃にしたい願望があることを仄めかしていた。彼女が兄上の妻ではなく、俺の妻として王妃になる未来を夢見ている間は、セレナに危害を加える可能性が低いからだ。それに加えてもう一つ、狙いがあった。
目論み通り、彼女が第二王子の暗殺を婉曲に進言するようになるまで、さほど時間はかからなかった。そこで彼女の進言に乗ったふりをし、兄上に使うための毒の手配を依頼したのだ。
自ら薬屋に行ったということは、もしかしたらこの件については父親にも相談していないのかもしれない。
カインの手の者が彼女を尾行し、クラウス家と付き合いのある薬屋を突き止めることができた。
薬屋から、12年前にもクラウス家の使いの者に毒薬を売っていたことを聞き出せれば、断罪の証拠にできたのだが。それを暴くことができなかったため、最後の手段として2度目の罠を仕掛けることにしたのだ。
その罠は、庭園に来る前からすでに始まっていた。
庭園に来た頃から感じていた嘔気と胸の辺りの不快感が、時間と共にじわじわと悪化している。口内に唾液が増え、酸っぱさを感じるようになった。この3週間で同じ症状を何度も経験したため、この後に起こることは予想がつく。胃が痙攣しそうになるのを、腹筋に力をこめて堪えた。
「毒で間違いないのだな」
痺れ始めた指で小瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
「殿下、危ないですわ」
薬屋の話では、ヴィオラが買って行ったのは毒草であるアズラリスから抽出した毒だった。王太子の毒殺に使われたのもおそらくそれだろうと、侍医から聞き出した兄上の症状をもとに予想を立てていた。
匂いを嗅ぐだけなら問題ない。鼻をつく苦そうな匂いはここ最近何度も嗅いだものと似ていて、アズラリスで間違いなさそうだ。
腹筋の力を緩め身を屈めると、胃が激しく痙攣し、生温かいものが喉をせり上がって来る。せめてもの情けで飛沫が彼女にかからないよう、テーブルの下に向かって嘔吐した。飲んだばかりのバラ茶が、残渣と混じり、濁った吐瀉物となって、地面に撒き散らされる。
どさくさに紛れて小瓶の中身をその上にぶちまけ、数滴分残して蓋をした。
「殿下?」
頭上で悲鳴に近い声が上がる。
俺は濡れた口を袖で拭い、いかにも苦悶様の顔で彼女を睨み上げた。
「もしや、私に毒を?」
体を支えるふりでテーブルに手を伸ばし、わざとカップを弾いて石畳に落とす。陶器の割れる音がし、少し離れたところで待機させていた侍女たちが騒ぎはじめた。俺たちのお茶に合わせて庭園を巡回しているはずのカインも、騒ぎを聞きつけてすぐに駆け付ける手筈になっている。
カインには、「毒を飲んだふりをするだけだから、何の心配もいらない」と説明してある。真実を知り、烈火の如く怒る顔が一瞬浮かんだが、走馬灯のようにすぐに意識の下流へと流れていく。
「そ、そんな!私は何もしておりません!」
ヴィオラは顔を青褪めさせ、塗り重ねた化粧の上に深い皺を刻み、顔を引き攣らせていた。
彼女が何もしていないことは知っている。
騙すことに罪悪感がないわけではない。
だが、3週間思い悩んだ末に、隣国への侵略戦争を止め、大切な人たちを守るには、これ以外に方法がないという結論に至った。
彼女が俺に毒を盛ったと疑われれば、クラウス家の屋敷や帳簿まで詳しく調べられる。王太子の暗殺や王家の財産の横領に伯爵が関与していた証拠も見つかるかもしれない。
胸が締め付けられ、呼吸も苦しくなってきた。ここひと月の無理が祟って体力が落ちていたからか、いつになく症状が酷く出ている。
楽なほうへと流れそうになる意識を、残っている理性でどうにか叩き起こす。
――駄目だ。俺にはあと一つ、やるべきことが……。
椅子から滑り落ち、地面に跪いた。戦慄し、両目を見開いて自分を見下ろす令嬢へと両手を伸ばす。
彼女の膝に縋りつくふりで、ふんわりと膨らんだドレスの袖口から小瓶を滑り込ませた。
徐々に侍女たちの声と足音が近づいてきて、続いて、間近で低く通る声がした。
「殿下!」
もう大丈夫だ。
そう思った途端、緊張がほどけ、視界が暗転していく。
意識を失う間際――。
何か柔らかいものに体を受け止められた気がした。
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