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【スピンオフ】孤高のベータは虚構の街で媚惑の蝶に変化(へんげ)する(稲垣×白木)
ピロートーク
しおりを挟む「無理はさせないから……駄目?」
可愛く小首を傾げ、甘ったるい声で囁かれるその言葉を、今日何度聞いただろうか。
後ろに受け入れて抜かずの二発。それを掻きだすという建前で風呂場に連れて行かれ、そこでも一発。濃く熱い精をたっぷりと中に注がれた。最初に手淫でも一回出していたから、計四回、イッたことになる。
今まで経験したことのない激しいセックスをし、体はへとへとに疲弊しているが、気持ちは驚くほどすっきりしていた。
頭の後ろには、枕ではなく逞しい腕がある。シャワーを終え、背後から支えられながらどうにかベッドまで辿り着き、そのまま倒れ込んだ。隣に潜り込んできた稲垣は慣れた手つきで腕枕をし、突っぱねる気力もなくされるがままになった。
心配していた薬の効果が切れるときの禁断症状や他の副作用も、今のところなさそうだ。薬を飲んだことを現場で指揮官の係長に報告し、明日まで休むよう言われている。その安心感もあって、眠気が一気に押し寄せてきた。
腕枕をした手で、横髪をさらさらと擽られる。
一夜の相手と、共に朝を迎えたことは一度もない。
力では叶わない相手に無防備に心と身体を預け、甘やかされるのは、存外に心地よいのだと知った。
きっと、夜が明けてしまえば、羞恥で記憶を抹消したくなるのだろうけど。今は腕の中にいたい気持ちが勝る。心と体が満たされるというのは、きっとこういうことを言うのだろうと思い、でも――、と浮かんだ思考を即座に否定した。
これは仕事を頑張ったご褒美で、今日だけの特別大サービスだ。麻薬と一緒で溺れてしまえば、手離し方がわからなくなる。だから必ず、今日で終わりにしなければいけない。
どうせ頑張って終わりにしなくても、自然に終わりになるだろうけど。
「明日、目、腫れないといいな」
涙の痕を指の腹で拭われ、誰のせいだ、という意思を込めて睨んだ。
「多少腫れたところで、君のように仕事に影響するわけではない」
「俺も、たいした影響はないよ。アップのシーンがなくなるくらいのもんだ」
「ファンにとっては、大きな違いだろう?」
非難めいた口調だったせいか、横髪を擽っていた指が一瞬動きを止めた。
「一応これでも、顔に傷とかはつけないように、ちゃんと気をつけてる」
続けて、「仕事で違法薬物飲むやつに言われたくねーよ」とモゴモゴと口籠るように言われたが、聞こえなかったふりをした。
何かを考え込むような間を置き、ふたたび耳元で声がする。
「こういうことは、珍しくはないのか?」
「こういうことって?」
何を訊かれているかなんとなくわかっていたけれど、答えたくない気持ちが、おうむ返しさせる。
「だから、その……、行きずりの相手と一夜の関係、みたいなこと……。男しか相手したことがない、みたいなことも言ってたし……」
「そもそも君は、以前から知っている相手だから、行きずりの相手ではないだろ」
「じゃあ、俺だから抱かれたってこと?」
そう言われると、返答に困る。
稲垣でなければ部屋の前で追い返していたことは事実。以前からの知り合いでも、彼以外なら同じ結果だったような気がする。でも、「君だから」と答えれば、以前から気があったように受け取られかねない。
「俺は真の好みのタイプってことでいいのかな?」
望まぬほうに質問を畳みかけられ、苦し紛れの言い訳を一つだけ思いついた。
「俺は学生の頃、君の親父さんのファンだったんだ。君をテレビで見かけたときから気になっていたから、マネージャーとして君と出会った頃から昔からの知り合いのような気がしていて……。甘えてしまったのは、その所為だろう。学生の頃は気持ちが荒んでいた時期があって、行きずりの相手と関係を持ったりしていたが、卒業してからは今まで一度もない」
稲垣は「親父さん」という言葉に反応して一瞬目を見開いたが、直後、眉間に深い皺を刻んで顔を顰めた。
「どうして、親父のファンになったんだ? テレビにはほとんど出たことがないし、演劇でもここ10年以上主役も張っていない。コアな演劇ファンでも稲垣徹の名前を挙げる人は少ないぞ」
声色には、わずかな棘が感じられる。
父親のことは、あまり触れられたくない話題だったのかもしれない。
その反応にも、言われた内容にも戸惑った。
「え? でも、俺が大学1年のときに初めて観た演劇では君の親父さんが主役だったぞ。タイトルは確か……『王様と恋の処方箋』」
懐疑的だった稲垣は、タイトルまで聞いてようやく、「あぁ」と小さく声を漏らした。何かを思い出すように、顰め面も和らいだ気がする。
「あれ10年前くらいか。児童向けだったから、もっと昔に見たと思い込んでた。どうして、あれを観に行ったんだ?」
言われてみれば、確かに、観客は子供が多かった。
「道端で親父さんからチラシをもらったんだよ。これから上演するからどうぞって」
「それ絶対、顔見て渡したんだよ。親父、男でも女でも、美人には見境ねーから。でなきゃ、普通は児童向けの演劇のチラシ、大学生に渡さねーだろ」
ふたたび渋面となった稲垣は、随分と憎々しげだ。
拗ねてる子供のようでおかしくなって、つい、ぷっと噴き出してしまった。
「そんなんじゃないよ。俺が暗い顔をして道を歩いていたから、声をかけてくれたんだと思う」
「暗い顔?」
口に出した後で、余計なことを口走ったと後悔した。話をするか暫し迷う。
親にも友人にも、現実逃避のために関係をもった一夜の相手にも、今まで一度も洩らしたことのない話だ。
話す気になったのは、10年という月日のお陰か。あるいは、彼だからか。
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