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【スピンオフ】孤高のベータは虚構の街で媚惑の蝶に変化(へんげ)する(稲垣×白木)
『王様と恋の処方箋』
しおりを挟む「それからしばらくは、自棄的な生活を送っていたんだ。その頃に出会ったのが、君の親父さんだ」
稲垣は相槌も質問も挟まず、俺の髪を撫でながら、ただ静かに話に耳を傾けていた。アルファなのに、彼の放つオーラはただ優しくてあたたかい。初めて会った相手なのに、どうしてこうも居心地よく感じるのか、自分でも不思議だった。
彼女の母親から真実を聞かされてからしばらく、俺の生活は荒んでいた。
講義をサボることが増え、自宅の部屋にこもって鬱々と思い悩む日もあれば、それを忘れるために、行きずりの相手と関係を持つこともあった。相手は全員男だった。
その日も、アルファの男に明け方近くまで手荒く抱かれて、ホテルを出たあと公園のベンチでひと眠りし、日が傾きかけた頃に目を覚ました。
駅に向かって歩いていると、チラシ配りをしていた男に声をかけられた。
『にーちゃん。わけーのにシケた面してんな。暇なら、これ見てけよ』
渡されたチラシには、『王様と恋の処方箋』というポップなタイトルが大きく描かれ、王様の衣装を着た男を中心に、メイド服を着た女性や魔法使い風の男性、侍従なんかの写真がレイアウトされていた。『劇団焔座』と書かれており、演劇を見たことのない俺にも舞台のチラシだということはすぐにわかった。それに、写真の王様の顔は、目の前の男と同じだった。
『夢も希望もねーって顔してるけど、人生の大抵のことはな、笑って泣いて寝たら、翌日には少しは軽くなってるもんなんだよ』
『全然軽くならないときは、どうしたらいいんですか?』
相手をするつもりはなかったのに。気づけばそんなことを訊ねていた。
『そりゃ、どれも足りてねーってことだな。にーちゃん、ちゃんと眠れてねーだろ。すげー隈できてんぞ。だから、今日はこれ見て、笑って笑って、最後にちょっとだけ泣いて、そんで帰って飯食ったら即行で寝る! それで絶対、明日は今日よりいい日になってっから! なってなかったら、クーなんとかオフってやつで全額返金してやる』
「……なんか……親父の言いそうなことだな」
稲垣が初めて口を挟んだ。俺は、ふふっ、と笑い、話を続ける。
稲垣徹のその言葉につられたわけではない。その頃の俺は実家住まいで、家族と顔を合わせないために、夜中に帰るか友達の家に泊まると言って外泊を繰り返していたから、時間潰しにちょうどいいかと思っただけだ。
中世風の西欧の小国が舞台の話だった。確かに、今思えば子供向けだったと思う。極度の恋愛下手な王様が主人公で、稲垣徹が演じていた。
一度も恋人を作ったことがない王様が「恋ができる魔法の薬」を密かに手に入れるところから物語が始まる。
しかしその薬、実は町の怪しい錬金術師が適当に作った偽物だった。何も知らない王様は薬を飲み、「薬を飲んだおかげで私は恋をしてしまった!」と信じ込む。そして、いつも王様のお世話をしている侍女に一目惚れしたと大騒ぎする。
王様は侍女を振り向かせようとするが、その方法がとにかくズレている。掃除を手伝おうとして絨毯までびしょびしょに濡らし、ストーカーのように侍女の後をコソコソとつけ回して、置き物の甲冑を倒しては叱られる。恋の詩を詠めば詩が長すぎて侍女が寝てしまう。王様を助けようと使用人たちまでもが勝手に動くので、王宮内は最早カオスとなってしまう。
仕方なしに王様は、その偽物の惚れ薬を侍女に飲ませようとする。しかし、お茶に混ぜたそれを彼女が飲もうとする直前、それを奪い、惚れ薬を飲ませようとしたことを正直に告白し、謝罪するのだ。
そんな王様に、侍女はにっこり笑って言う。「そんな素直で優しい王様が、私は大好きですよ」と。
従者たちは歓喜にむせび泣き、国をあげてのお祭り騒ぎとなる。
最後は王様が「これからは薬なしで恋をしてみせる!」と高らかに宣言し、従者たちが「我々もお手伝いします、王様」と声を揃え、「あの子はいったい、いつになったら自分がもう恋をしていることに気づくのかしら」と王様の母である王太后が嘆いたところで幕が閉じた。
ストーリーは至極単純だが、役者たちの演技がうますぎて、宮廷でのすったもんだを壁に隠れてそっと盗み見ているように自然とその世界に入り込んでいた。
馬鹿げたことを至って真剣にやっている登場人物たちがおかしくて、笑って笑って、気づけば固唾を飲んで見守っていて、最後は王様のためにむせび泣く使用人達に、ちょっとだけ目元がじんと熱くなった。
演劇のシーンを思い出しながらぼんやりと電車に乗り、歩いているうちに、家に着いていて、結局その日は久々に家族と一緒に夕食を食べ、早めにベッドに入った。翌朝目を覚ますと、稲垣徹が言っていたように、少しだけ気持ちが楽になっていた。
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