糸と蜘蛛

犬若丸

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3章 死神が誘う遊園地

瑠璃、幼少期 12

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  「見られた」
   彰が呟く。静かで覇気のない声量だったが、そこに冷静さの欠片もないことがわかる。サバイバルナイフの柄を握ったままあたしを見つめていた。
   「やめて」
   何かしらの危険を予見した母が乞うように言った。
   「見られたんだぞ!」
   「子供なのよ!」
   怒鳴った彰に母も怒鳴り返す。強い語気に彰は気圧され、理性はやっとパニックから抜け出せた。
   母の腕の中で硬直した10歳の女の子。
   それを捉えると彰はサバイバルナイフを鞘に戻し、ベルトに差し入れる。
   「その子も連れて行く」
   「無理よ。それに瑠璃は何も知らない」
   「もう知ってる。父親にも警察にも話すぞ」
   言い訳を考え、頭を巡らせ、彰に反論しようとした母だったが、その前にあたしの小さな手が母の手を強く握った。
   彰はもう知っている、と言っていたが、それほど理解力があるわけじゃない。あたしも現状についていけず、パニックになっていたから。
   ただ、母が私を置いてどこかへ行ってしまうのだと直感した。握った手が震えていたのは母の別れをひどく恐れたからだ。
   パニックと恐怖と懇願が同時に伝わった。母はあたしを抱き上げると車内に乗せ、あの札束が詰まったカバンの隣に座らせる。
   「いい?瑠璃、私の言う通りにするの。ママの隣にいること。わかった?」
   「ママと一緒にいる」
   むしろ、それだけでよかった。隣にいてくれるなら何もいらない。
   「いい子ね。愛してるわ」
   私の額にキスをすると母が微笑みを浮かべる。その顔は引き攣って無理矢理作ったような笑顔だった。それが更にあたしを不安にさせる。
   母は助手席に移ると彰はワゴン車にエンジンキーを回す。小汚いワゴン車はゆっくりと進み、ガレージを出る。
   「天使の子なんだろ。お前の言うことは何でも聞く」
   「えぇ、そうよ」
   2人の短い会話が入ってこなかった。私は振り返って車窓から我が家を見守った。母が傍にいてくれるのに切なさに似た哀愁が心に落ちる。スピードを上げたワゴン車はどんどん距離を広げていく。
   こんなことならブランとルージュを連れてくるんだった。もう我が家は見えなくないた。今更、ぬいぐるみの為に戻ってほしいとは言えない。
   私にはママがいる。
   小さいあたしは心の中で呟く。
   もう寂しくない。なのに。
   広がっていく哀しみに違和感を抱きながらエンジン音と秋の雨音を聞いていた。
   しばらくして、彰が運転するワゴン車はインターチェンジに着いた。けれど、ここが目的地ではない。
   ワゴン車が入り口前の赤信号で停まる。
   「瑠璃、これに包まりなさい。その鞄と一緒に。動かないで」
   そう言いながら母は暗いグレーのブランケットをあたしに寄越した。つまりはあたしと大金の隠せということだ。
   インターチェンジには監視カメラがある。子供と大金は目立ってしまうので隠さなければいけない。
   なら、隠さないといけない大金の正体は?
   子供なりに考えてみたけれど、明確な答えは出なかった。信号はもうすぐ変わる。
   あたしはブラケットに身を包み、小さな身体では大きすぎる鞄を抱きしめた。
   エンジン音が鳴り、身体が揺れる。青信号になって車が発進したのだとわかった。そして、カーブしてゆっくりと進むとまた停車する。
   ICカードではなく、現金で払うようだ。窓を開けた彰が通行券を取った。母は黙り、あたしも空気のように振る舞う。
   ワゴン車が発進し、時速120㎞を超えたスピードで高速を走る。あたしはまだ行く先を知らない。
   彰が母の隣にいるようになってからか、母は無感情な態度であたしに接していた。助手席に座り、前方を見つめるか運転する彰と短い会話をするだけでちっともあたしに構ってくれない。
   あたしに呼びかける声はあたしに向けられたものじゃない。これは母自身の為であり、あたしに対する命令だ。優しいお願いも「ありがとう」や「愛してる」もない。無感情な命令しかあたしにしてこない。
   高速に乗っている間はブランケットにくるまっているように母に言われた。あたしはその状態を数時間保っていたけれど、いつの間にか眠ってしまっていた。
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