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4章 闇底で交わす小指
カンダタ、生前 崩れる 14
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小瓶が空になる頃には、項の傷口から幼虫が溢れるほどに詰め込まれていた。蝶男は一匹も漏れぬように無理に皮を伸ばし、接合する。
継ぎ接ぎの合間から幼虫がはみ出た。蝶男は優しく指で幼虫を押して中へと戻す。
「うあ」
俺は小さな呻き声を上げた。
悶絶し、意識を戻し、悶絶する。それをいくつか繰り返していた。
接合が終わると幼虫が鎮まり、項の骨のあたりで互いに身を寄せ合い眠っている。
「夜になると幼虫たちは活発になる。眠れない日が続くだろう。紅柘榴の為ならこれも耐えられるだろう」
手拭いで汚れた手を綺麗にしながら喋る。
「かみゆい、を」
呂律が回らない。叫び続けたせいで喉が嗄れている。
「かみゆいを、かえしてくれ」
言い直して何とか言葉を紡ぐ。
「もちろん」
蝶男は笑ってみせたが、髪結いを投げて檻に放る仕草は動物に餌をやるのと変わりなかった。
それにも関わらず、俺は髪結いを拾い、自身の胸に押し当てる。
「明日も来るよ。始まったばかりだ」
それだけ言い残し、蝶男は去っていく。
髪結いを握っても紅柘榴の温度は感じなかった。だが、俺が縋れるものはこれしかなかった。体温も匂いもないが、紅柘榴を感じられるのはこれしかないのだ。
束の間の休息はすぐに消えた。
蝶男の言う通り、幼虫は夜になると動き回るようになった。項の中を這いずり、ご馳走だと言わんばかりに骨を食い荒らす。昼間のあれは大人しいほうだった。
幼虫ども我先にと食い争い、そして脊髄に至る。
俺がいくら叫んでも悲鳴は暗闇に吸収されるだけで誰も来てくれない。
項に溜まる幼虫を取り除こうとしても傷口の浅い所でしか指は届かない。溢れるほどいた幼虫どもは背骨の内部に浸食していた。
神経にまで侵入した幼虫たちは上と下に分かれた。脊髄の中を下る幼虫に背筋は熱くなった。幼虫どもは脊髄の中だけを動き回るが、それが全身に広がっていく錯覚がする。
狭い檻の中で暴れ、格子と身体が幾度もぶつかる。
この状態を夜明けまで耐えなければならないのか?
俺の周りには暗闇しかない。外の時間を確認できるものがない。外界の光は完全に遮断されている。時のない暗闇で絶望を味わう。
いつまで耐えればいい?
どれぐらい経った?
夜明けは来ないのか?
早く終わってくれ。夜明けになってくれ。
そうでないと壊れそうだ。
足音が響いた。その足取りは穏やかなものであったが、静寂になった暗闇ではひどく煩く耳に入った。
俺はその音で意識を取り戻した。汗で濡れた体が気持ち悪い。全身をはいずり回る感覚は消えていたが、脊髄にある異物感がまだそこにいるのだと分かった。
どうやら俺はまた気を失っていたらしい。
「体調は?気分は良くないみたいだね」
足音を鳴らして現れた蝶男は俺を見下ろす。
「だ、れのせいでっ」
乾ききった喉では怒声は上がらない。憎悪が湧く身も体内に留まる幼虫が動き出す。昨夜ほどの活発さはないが、精神を噛みちぎる苦痛に全身が痺れる。
「黒蝶は感情に反応する。激しい感情ほど蝶は侵食するんだ。興奮せず深呼吸して」
蝶男は背中を摩り、深く息を吸って吐いてを繰り返す。俺も奴の呼吸に合わせる。そうすると、幼虫が大人しくなり、苦痛が治まっていく。
「今日はゆっくりやろう。まずは朝食だ」
そう言って無造作に放り投げたのは柘榴の果実だった。
彼女と同じ名を持つ果実を放り投げられ、俺は蝶男を睨む。
何の意図があり、これを朝食として選んだのかわからないが、碌な理由はない。
「おや、お腹は空いていない?せっかく用意したのに」
蝶男はとぼけた顔で檻の中の動物を見下す。
「もしかして警戒している?安心してくれ。その吉祥果に毒は入ってない」
それを確かめるように蝶男は柘榴の実を割り、一粒だけ摘むとそれを潰した。錆びた鉄の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
赤い粒を潰した蝶男の指も赤く染まっていた。それを舐めるとほくそ笑み、「美味しい」と呟く。
目の前で毒見をしてくれたわけだが、安心や疑惑よりも腹の底からやってくる欲望があった。それを抑えようと身体を縮める。
「昨夜から何も食べてないじゃないか。食べないと続けられない。紅柘榴の自由を手に入れたいのだろう?」
憎い奴から紅柘榴の名がでるとどす黒い感情が生まれる。
「ここで止めてもいいんだ。君は消えて、紅柘榴はこの塀に残る。今までと変わりない」
それが俺に火をつけた。抑えていた空腹に従い、俺は与えられた柘榴を手にとると貪り食う。
継ぎ接ぎの合間から幼虫がはみ出た。蝶男は優しく指で幼虫を押して中へと戻す。
「うあ」
俺は小さな呻き声を上げた。
悶絶し、意識を戻し、悶絶する。それをいくつか繰り返していた。
接合が終わると幼虫が鎮まり、項の骨のあたりで互いに身を寄せ合い眠っている。
「夜になると幼虫たちは活発になる。眠れない日が続くだろう。紅柘榴の為ならこれも耐えられるだろう」
手拭いで汚れた手を綺麗にしながら喋る。
「かみゆい、を」
呂律が回らない。叫び続けたせいで喉が嗄れている。
「かみゆいを、かえしてくれ」
言い直して何とか言葉を紡ぐ。
「もちろん」
蝶男は笑ってみせたが、髪結いを投げて檻に放る仕草は動物に餌をやるのと変わりなかった。
それにも関わらず、俺は髪結いを拾い、自身の胸に押し当てる。
「明日も来るよ。始まったばかりだ」
それだけ言い残し、蝶男は去っていく。
髪結いを握っても紅柘榴の温度は感じなかった。だが、俺が縋れるものはこれしかなかった。体温も匂いもないが、紅柘榴を感じられるのはこれしかないのだ。
束の間の休息はすぐに消えた。
蝶男の言う通り、幼虫は夜になると動き回るようになった。項の中を這いずり、ご馳走だと言わんばかりに骨を食い荒らす。昼間のあれは大人しいほうだった。
幼虫ども我先にと食い争い、そして脊髄に至る。
俺がいくら叫んでも悲鳴は暗闇に吸収されるだけで誰も来てくれない。
項に溜まる幼虫を取り除こうとしても傷口の浅い所でしか指は届かない。溢れるほどいた幼虫どもは背骨の内部に浸食していた。
神経にまで侵入した幼虫たちは上と下に分かれた。脊髄の中を下る幼虫に背筋は熱くなった。幼虫どもは脊髄の中だけを動き回るが、それが全身に広がっていく錯覚がする。
狭い檻の中で暴れ、格子と身体が幾度もぶつかる。
この状態を夜明けまで耐えなければならないのか?
俺の周りには暗闇しかない。外の時間を確認できるものがない。外界の光は完全に遮断されている。時のない暗闇で絶望を味わう。
いつまで耐えればいい?
どれぐらい経った?
夜明けは来ないのか?
早く終わってくれ。夜明けになってくれ。
そうでないと壊れそうだ。
足音が響いた。その足取りは穏やかなものであったが、静寂になった暗闇ではひどく煩く耳に入った。
俺はその音で意識を取り戻した。汗で濡れた体が気持ち悪い。全身をはいずり回る感覚は消えていたが、脊髄にある異物感がまだそこにいるのだと分かった。
どうやら俺はまた気を失っていたらしい。
「体調は?気分は良くないみたいだね」
足音を鳴らして現れた蝶男は俺を見下ろす。
「だ、れのせいでっ」
乾ききった喉では怒声は上がらない。憎悪が湧く身も体内に留まる幼虫が動き出す。昨夜ほどの活発さはないが、精神を噛みちぎる苦痛に全身が痺れる。
「黒蝶は感情に反応する。激しい感情ほど蝶は侵食するんだ。興奮せず深呼吸して」
蝶男は背中を摩り、深く息を吸って吐いてを繰り返す。俺も奴の呼吸に合わせる。そうすると、幼虫が大人しくなり、苦痛が治まっていく。
「今日はゆっくりやろう。まずは朝食だ」
そう言って無造作に放り投げたのは柘榴の果実だった。
彼女と同じ名を持つ果実を放り投げられ、俺は蝶男を睨む。
何の意図があり、これを朝食として選んだのかわからないが、碌な理由はない。
「おや、お腹は空いていない?せっかく用意したのに」
蝶男はとぼけた顔で檻の中の動物を見下す。
「もしかして警戒している?安心してくれ。その吉祥果に毒は入ってない」
それを確かめるように蝶男は柘榴の実を割り、一粒だけ摘むとそれを潰した。錆びた鉄の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
赤い粒を潰した蝶男の指も赤く染まっていた。それを舐めるとほくそ笑み、「美味しい」と呟く。
目の前で毒見をしてくれたわけだが、安心や疑惑よりも腹の底からやってくる欲望があった。それを抑えようと身体を縮める。
「昨夜から何も食べてないじゃないか。食べないと続けられない。紅柘榴の自由を手に入れたいのだろう?」
憎い奴から紅柘榴の名がでるとどす黒い感情が生まれる。
「ここで止めてもいいんだ。君は消えて、紅柘榴はこの塀に残る。今までと変わりない」
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