29 / 644
1章 神様が作った実験場
ずれ 5
しおりを挟む
一羽の蝶は誘われるように飛んでいくと棚の陰から手の平が伸びて、蝶は細い指に止まった。
駅の時でもそうだった。こいつははっきりと姿を見せない。
「あんた、何なの?地獄の住人?それとも神様の使い?」
「どちらでもないかな。例えるなら旅行者だ」
男の声色は優しく甘い。でも、その口調はあたしを茶化して見下していた。そこが気に食わなかった。
「大した人ね。あたしたちの行動を観て楽しんでいたの?鬼に食われてしまえばいいのに」
「ひどい言いがかりだ。これでも、君を助けてあげたのに」
どういうことか聞こうした途端、脳裏に浮かぶあの光景。鬼と鬼が殺し合う、不可解な出来事。
「あれ、あなたの仕業?」
「お陰で君は無事だろう」
彼の正体は見当もつかない。鬼を従えているのならカンダタと同じ囚人ではなさそうね。だとしたら、鬼の番人?それとも空の穴にいる神?
身を強張らせて棚の裏側にいる蝶男を睨む。あたしの意図を読み取った彼は慌てて取り繕う。
「害を加えようとか考えていないよ。君を助けたいんだ」
「ありきたりな台詞ね」
「本当さ、アドバイスだってある。空の穴に行きたいなら地下駐車場から行くといい」
蝶男の話を疑いの眼差しで聞く。
「地下は作りが雑だからすぐに着けるはずだよ」
「言われたとおりに動くと思う?正体も見せない男のアドバイスを信じると?」
何がおかしいのか。蝶男は含み笑いをしてさらにあたしを苛立たせた。
「でも、ミステリ感があるほうがわくわくするだろう?」
「笑えない」
「他に行くべき道がないのは確かだろう?あの長い道のりを越えられるはずがない」
蝶男は正しい。百年以上いるカンダタですら空の穴には着けていない。じゃあ、蝶男の助言を信じる?あたしは他人を信じるほど馬鹿じゃない。
悩んで迷うあたしは口を閉ざす。あたしが黙ると代わりにハクが抑えていた憤怒を爆発させた。
ハクは自前の鉤爪と牙で突進し、棚ごと蝶男を押し潰そうとする。
実体を持たないハクでは押し潰すどころか棚にも触れられない。ハクの体は棚をすり抜けて消える。
あたしはハクを追い駆けて向かいの棚へと回り込む。蝶男の顔を拝もうとライトを照らす。
そこにいるはずの蝶男はいなくなって、どこからかあの苛立つ声が聞こえてきた。
「君のお友達にもよろしく言っておいてくれ」
伝えるつもりのない伝言を残して黒蝶と男の言葉は闇の陰に溶けていった。
「何よ。あれ、あんたの知り合い?」
あれほどの憎悪をむき出しにしていたハクだったのにまた呆けた顔に戻って首を傾げる。この鳥頭は嫌悪も忘れてしまうようね。
地下駐車場、ね。
蝶男の助言を信じるわけでもないけれど、ひとつの案として頭の片隅に置いたのは彼の言う通りでこれよりの良案がなかったからだった。
駅の時でもそうだった。こいつははっきりと姿を見せない。
「あんた、何なの?地獄の住人?それとも神様の使い?」
「どちらでもないかな。例えるなら旅行者だ」
男の声色は優しく甘い。でも、その口調はあたしを茶化して見下していた。そこが気に食わなかった。
「大した人ね。あたしたちの行動を観て楽しんでいたの?鬼に食われてしまえばいいのに」
「ひどい言いがかりだ。これでも、君を助けてあげたのに」
どういうことか聞こうした途端、脳裏に浮かぶあの光景。鬼と鬼が殺し合う、不可解な出来事。
「あれ、あなたの仕業?」
「お陰で君は無事だろう」
彼の正体は見当もつかない。鬼を従えているのならカンダタと同じ囚人ではなさそうね。だとしたら、鬼の番人?それとも空の穴にいる神?
身を強張らせて棚の裏側にいる蝶男を睨む。あたしの意図を読み取った彼は慌てて取り繕う。
「害を加えようとか考えていないよ。君を助けたいんだ」
「ありきたりな台詞ね」
「本当さ、アドバイスだってある。空の穴に行きたいなら地下駐車場から行くといい」
蝶男の話を疑いの眼差しで聞く。
「地下は作りが雑だからすぐに着けるはずだよ」
「言われたとおりに動くと思う?正体も見せない男のアドバイスを信じると?」
何がおかしいのか。蝶男は含み笑いをしてさらにあたしを苛立たせた。
「でも、ミステリ感があるほうがわくわくするだろう?」
「笑えない」
「他に行くべき道がないのは確かだろう?あの長い道のりを越えられるはずがない」
蝶男は正しい。百年以上いるカンダタですら空の穴には着けていない。じゃあ、蝶男の助言を信じる?あたしは他人を信じるほど馬鹿じゃない。
悩んで迷うあたしは口を閉ざす。あたしが黙ると代わりにハクが抑えていた憤怒を爆発させた。
ハクは自前の鉤爪と牙で突進し、棚ごと蝶男を押し潰そうとする。
実体を持たないハクでは押し潰すどころか棚にも触れられない。ハクの体は棚をすり抜けて消える。
あたしはハクを追い駆けて向かいの棚へと回り込む。蝶男の顔を拝もうとライトを照らす。
そこにいるはずの蝶男はいなくなって、どこからかあの苛立つ声が聞こえてきた。
「君のお友達にもよろしく言っておいてくれ」
伝えるつもりのない伝言を残して黒蝶と男の言葉は闇の陰に溶けていった。
「何よ。あれ、あんたの知り合い?」
あれほどの憎悪をむき出しにしていたハクだったのにまた呆けた顔に戻って首を傾げる。この鳥頭は嫌悪も忘れてしまうようね。
地下駐車場、ね。
蝶男の助言を信じるわけでもないけれど、ひとつの案として頭の片隅に置いたのは彼の言う通りでこれよりの良案がなかったからだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる