糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
42 / 644
1章 神様が作った実験場

空の穴 3

しおりを挟む
 2人は民家からその場を去る。目的地はすぐそこだ。
 見知った場所ではあるけれど、電車で通うあたしはこのあたりを歩く数は少ない。カンダタよりも土地勘が働くからあたしが先導しているけれど、世紀末のような背景はあたしを惑わすのには充分だった。ありがたいのは空の穴が天空に大きく居座っていて、目印を見失わずにいることね。
 空の穴は出発時の時と比べて大分近くなって、地獄に降る神の光は嫌になるほど眩しくなった。
 カンダタが言っていたわね。あそこには仏がいるって。
 神や仏を信仰したりしない。でも、確かにそう思えてくるほど、神々しく禍々しい。光の眩しさは人工物にしては太陽に近く、自然と例えるには温度がない。
 あたしたちはその真下に行くというのだから気が滅入りそう。
 カンダタも同じ心情みたいで、彼は眉をひそめ、首は下向きになっていた。そう言った憂いを晴らしたいのかカンダタはまた会話を振ってくる。
 「寺じゃなくて学校よ」
 カンダタは現世に興味があるらしくあたしが空の穴は学校方面にあると伝えたら「学校」についてしつこく聞いてきた。そのせいか、彼の言葉は出会った時に比べて流暢になっていた。
 「学び舎、だろ?」
 「あんたが生きてた時代とは違うのよ。子供は学ぶのが義務になっているし、基礎知識は寺じゃなく学校で教わるの」
 「何を、学ぶんだ?」
 「色々よ。現国とか生物とか。学びきれない程、たくさんよ」
 「女も、通うのか」
 「そうよ。時代が変わると立場も変わるのよ。あんただってセクハラ発言で炎上するんだから」
 現代の専門用語に理解不能な言葉の並び。カンダタは自身の「わからない」部分を聞きだし、それをひとつひとつあたしに聞く
 そんな面倒事、わざわざ付き合う義理もない。あたしは正しい道を探すのに忙しい。だから、無理にでも会話を止めたくて話を切りあげようとした。そこであたしの脚は止まった。
 口も脚も止まったあたしにカンダタとハクは怪訝に思い、あたしの表情を伺う。
 あたしの停止は単純なものだった、住宅が並ぶ細い道、L字の角に立つミラー。これを見たのは二度目になる。つまり、迷ってしまった。
 「しつこく聞くからから迷ったじゃない」
 「全部が俺のせいじゃない。俺が質問しなくても、迷っていた」
 「なら、無駄話しないで手伝って」
 「手伝う、て?」
 あたしは身近な住宅を目線で示して、カンダタはその先が住宅の屋根だと理解する。
 「登れ、と」
 「近くなのは確かよ。その道順を見つければいい。簡単でしょ?」
 「そうだ、な。自分じゃできないものを思いつく」
 「あなたにはない発想力でしょ」
 あたしが示した住宅は白い壁と赤い煉瓦の三角屋根の可愛らしい家だった。でも、白雲の色をした外装も銀朱の煉瓦も変色、汚損だらけの廃れた家になっている。
 カンダタは玄関口に立つと跳ねて軒先に手をかける。2本の腕だけで軽々と自身の体重を持ち上げると2階の屋根まで30秒も経たずに登ってしまう。
   容易で軽やかな身のこなしに珍しくも感心していた。
 「猿みたいな技巧ね。泥棒の名残り?」
 「想像に、任せる」
 それだけ言うと2階屋根の絶景とは程遠い荒れた街並みを一望して目印となるものを探す。
 「川と梯子の橋と」
 梯子の橋?あぁ線路のことね。
 川と線路なら見覚える。あたしが車窓で眺める日常風景ね。
 「どこの方向?」
 カンダタはひとつの方角を指差してその道順を簡素に伝える。あたしはできるだけ声を行こうと近づく。ベランダの窓の横に立つ。不器用な説明は簡素とは言い難く、彼の独特な言い回しを翻訳するのにそれなりの労力が伴った。
 「ミラー」を「渋柿色の棒立て」と言うし、「ガードレール」を「白い片脚のムカデ」と例える。そのせいであたしの脳と耳はカンダタの言葉に集中していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...