糸と蜘蛛

犬若丸

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1章 神様が作った実験場

魂のプログラム 12

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 今度は通路に並ぶドアを開けて中を確認していく。部屋のほとんどは空き部屋だった。人の気配もない。
 白い空間を彷徨って、何度目かのドアを開ける。そこは空き部屋ではなかった。
  たった一つのシミや汚れを許さない白の空間に人の気配が感じられないのは白の静寂のせいだけじゃなかった。この空間そのものが汚れの原因となる人間を嫌っていたから。あたしのその解釈が勘違いを作っていた。
  空間が嫌っていたのは人ではなく、生命だった。光弥や弥、カンダタには魂があっても生命を持っていない。
  それを持っているのはあたしだけ。そういう意味ではこの命のないハザマそのものがあたしを嫌っていた。この白い静寂はハザマという世界を象徴していた。
  その事実を悟る前のあたしはそこにあるものに驚き、言葉を失っていた。
 はっきり言うとその部屋には人がいた。全裸の女性。白の静寂の中に女性の存在が異質なものとしてあたしの瞳に映る。
 その人は天井から逆さになって吊るされていた。他にあるのはデスクワーク、その上にハードウェア、ディスプレイが3枚。女性の前に設置されている。
  肩を揺らし、胸をふくらます。女性は呼吸をしている。カンダタと同じ。魂だけになって生命を身体に置いてきた。カンダタと違うのは女性に人らしさがないことね。
 見開かれた目はあたしを認識していたけれど、怒りも悲しみもない目線。吊るされているのに無表情で現実を受け止めている。
  女性からディスプレイへと目線を下げる。一枚目のディスプレイには文書を作成するWordがあり、女性の名前から性格まで細かく記載されていた。そこから下に書いてあったものを読む。
  試験プログラム2搭載 第2にて作動 適正度 中
  試験プログラム2搭載 第4にて作動 適正度 低
  試験プログラム2搭載 第7にて作動 適正度 低
  履歴書や職務履歴みたい。着替えを繰り返すようにステータスが変えられている。
  隣のディスプレイには青の背景に緑色の文字が箇条書きの羅列となって一面を詰めてあった。そこに書いてあるスペルと数字の並びを理解はできなかった。これが光弥の言うプログラムかしら。
  最後の一面には動画があった。主人公は吊るされている女性。
  少し躊躇った後、あたしはマウスに触れて三角の再生ボタンを押す。
  美しい風景の中に女性はいた。優しく光る藤が天から咲いて垂れる。青紫の光を放つ藤の花畑は延々と続いて頭上を埋めている。女性は地面に寝ていたけれど、すぐに起きて幻想的な花畑を見惚れる。
  藤に魅かれて手を伸ばすもすぐにその手を引く。
  良く見れば指先から糸みたいな細い赤筋がなれている。藤の光る花弁はカミソリの刃で造られた造花だった。
  藤は女性の肩にまで伸びている。その刃に気を付けながら彼女は宛もなく歩き出す。
  女性の足取りは次第に千鳥足になって、歩くのも辛くなっているのか、呼吸も荒くなっているみたいだった。急に立ち止った女性は自身の両腕を見比べる。
  その人の中で何が起きたのか、藤へと手を伸ばすと傷を恐れずに一束の藤を握る。それだけでも鋭い刃が手を傷つけているのに痛覚を失っている素振りで一本の藤を引き抜く。
  カミソリの刃は上向きなって何重にも重なって咲いている。それを上から下へと引き抜くと一枚の刃がいくつかの傷口をつけて次の刃が同じ傷口を抉って広げる。それが一瞬のうちに何十回も繰り返されて、抉られる痛みを味わう。
  もぎ取った藤の花は血だらけの両手に咲いて魅惑と甘美と危うさが灯り、鮮血が藤を飾る。
  この凶行に女性は笑いながら涙を流して実行していた。
  “第2”と名付けられた動画ファイル。停止ボタンをクリックしたあたしは次の“第4”という名の動画ファイルを選ぶ。
  光弥たちはあたしが落ちた地獄を“第4”と呼んでいた。なら、このファイルは。
  ファイルを開くと見慣れてしまった砂と埃の荒廃した世界。そこに女性と鬼。腕を広げて笑う女性は口を大きく開いた鬼を迎い入れて、そして。
  乱雑に解体された人体に嫌気が差して次の動画へと移る。
  “第7”のファイルには暗いコンクリートの四角い部屋しかなかった。4畳ほどの狭さで窓も戸もない。完全に閉ざされた室内。冷たい床に女性がぺたりと座り込む。片手には果物ナイフ。
  腕の関節から手首までの生皮をナイフで剥ぐ。その行為もまた泣きながら笑って行っていた。
 画面から目を離したあたしは整理する。
  これは実験?
  プログラムで人格を上書きして、試して、また魂を空っぽにする、それを繰り返す。
  あたしも空っぽになれて吊るされる?
  目の前にいる女性がもう一人のあたしとして映る。
  「ヤバい連中だってことは確かね」
  ハクは彼らの横暴にひどくご立腹で眉間から鼻筋まで皺を寄せて小さな唸り声を出す。
  早くここから出たいわね。
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