590 / 644
7章 赤い珠が映す空想未来
恋する鬼 1
しおりを挟む
七歳の女の子でいられなくなってから私はいろんなことに気づいた。
乳母さんは息子と自分を守る為に私を利用しただけ。
侵入者がやってくるのは蝶男が金銀財宝のありもしない噂を流していたから。
私が侵入者を殺すよう指示していたのは、魂を奪ってそれを実験の材料にしていたから。
私は利用される為に生きている。
身体が成長するにつれ、他人に言われるだけだった価値観が変わっていく。私の目線で作られた価値観へと変貌する。
命の価値を知ってもも私がやることは変わらない。侵入者は私を見つけると殺すつもりでくる。それなら侵入者を殺さないと私が死んでしまう。
外への興味もなくなった。外に出たいと言っていた兄がいなくなり、興味を持つ理由がなくなった。
蝶男は信用しない。乳母さんを殺し、私に兄を殺させてあの日から絶対に変わらない価値観。
でも蝶男には逆らわない。奴は私の鬼化を無力化する術を持っているし、鬼になれない私はただの女でしかない。
十二歳を超えると侵入者も来なくなって、暇潰しに掃除や料理に挑んでみるも毎日やっていくうちに飽きてしまう。そうなると床に転がって惰性のような日々を送るようになった。
その日も家事全般を気力がない気怠い雨の日だった。
最近では帯を巻くのも億劫になってきて、赤い肌襦袢と腰紐だけを結んだ格好で過ごしていた。そうすればいつでも床でだらだらできるし、たまに侵入者が来てもすぐに脱いで鬼になれる。
寝転がって雨音が瓦屋根を叩く音を聞きながら天井の木目の本数を数えていた。
これも毎日やっているので木目の本数も覚えてしまった。
二十歳になってから蝶男の訪問する回数が減ったし、天井を見つめることしかやることがなくなった。
全ての本数を数え終えると目を閉じて雨音に耳を傾ける。雨音を聞くと体温が下がった気がして思わず身震いする。
秋の雨は冷たくて痛い。手先と足先が凍えて、暇潰しの昼寝も難しい。
寝返りをうって、両手に息を吹きかけて、暖める。一瞬だけ暖かくなるが、すぐに冷める。
手をすり合わせていると雨音と混ざって、どしゃりとぬかるんだ地面に何かが落ちる音がした。
また侵入者だ。それにしては着地の音が豪快だった気がする。
蝶男が噂を流さなくなってもくだらない好奇心で塀の中に入ってくる者がいる。中に何がいるかも知らずに。
私は気怠いげに起き上がった。死ぬ程、暇だったとしても暇潰しで人を殺したいわけじゃない。
縁側に向かいながら身体は鬼へと近づいていく。
成長すると鬼の制御も上手くなってきて、半鬼半人の状態を保つこともできるようになった。
性能は鬼の姿のほうが良い。手先の冷えはなくなるし、視覚や聴力、嗅覚も鋭くなる。ただ疲れやすい。
だから半分だけ人間さを残すと疲労が軽減される。
くるると喉を鳴らして戸を開ければ侵入者がいる。というより倒れてる。
泥と雨の臭いが混ざっているからわかりにくいが、血の臭いもする。
怪我をしているのね。なら殺すのも難しくなさそう。
鋭く伸びた強靭な爪をたてて縁側から降りた。
私の存在に気づいた黒い衣の男は痛みを堪えるように顔をこちらに向けた。
その男の顔に赤く綺麗な珠玉を二つ填めていた。
男の頭の傍に立つまでそれが瞳だと気づけなかった。
人間の瞳は黒しかないと思っていた。殺意に満ちた黒目も恐怖に歪む黒目も蝶男みたいな底知れない黒目とも違う。純粋な赤。
男の干からびた唇が動くと私のやるべきことを思い出した。
侵入者は殺さないと私が殺される。
惜しいと思ってしまう感情に蓋をして、低めの金切り声を鳴らし、もう一度鬼の手が伸びる。
はくはくと息をしていただけの唇が不意に声を漏らした。
「綺麗だ」
彼を殺すための爪と牙がぴたりと止まって、発せられた言葉が私に向けられたものなのか考えてしまった。
今の私の状態は綺麗とは言えない。
半分鬼、半分人の状態と言うのは、肌は人のまま骨や顔の輪郭は変形され、狼のように鼻口が伸びて痩せ細った老人のように背中が丸まっている。
この男の感性を疑ってしまうが、誰にも言われたことがない言葉を言われて浮き立つ心が静まらない。
私と男以外に人はおらず、私以外に言う相手もいない。
本当に私に向かっていったのか気になって強靭な爪で男を傷つけないように慎重に肩を揺さぶるが、硬く目を閉じて起きようとしない。
そういえば彼は怪我をしているんだった。
乳母さんは息子と自分を守る為に私を利用しただけ。
侵入者がやってくるのは蝶男が金銀財宝のありもしない噂を流していたから。
私が侵入者を殺すよう指示していたのは、魂を奪ってそれを実験の材料にしていたから。
私は利用される為に生きている。
身体が成長するにつれ、他人に言われるだけだった価値観が変わっていく。私の目線で作られた価値観へと変貌する。
命の価値を知ってもも私がやることは変わらない。侵入者は私を見つけると殺すつもりでくる。それなら侵入者を殺さないと私が死んでしまう。
外への興味もなくなった。外に出たいと言っていた兄がいなくなり、興味を持つ理由がなくなった。
蝶男は信用しない。乳母さんを殺し、私に兄を殺させてあの日から絶対に変わらない価値観。
でも蝶男には逆らわない。奴は私の鬼化を無力化する術を持っているし、鬼になれない私はただの女でしかない。
十二歳を超えると侵入者も来なくなって、暇潰しに掃除や料理に挑んでみるも毎日やっていくうちに飽きてしまう。そうなると床に転がって惰性のような日々を送るようになった。
その日も家事全般を気力がない気怠い雨の日だった。
最近では帯を巻くのも億劫になってきて、赤い肌襦袢と腰紐だけを結んだ格好で過ごしていた。そうすればいつでも床でだらだらできるし、たまに侵入者が来てもすぐに脱いで鬼になれる。
寝転がって雨音が瓦屋根を叩く音を聞きながら天井の木目の本数を数えていた。
これも毎日やっているので木目の本数も覚えてしまった。
二十歳になってから蝶男の訪問する回数が減ったし、天井を見つめることしかやることがなくなった。
全ての本数を数え終えると目を閉じて雨音に耳を傾ける。雨音を聞くと体温が下がった気がして思わず身震いする。
秋の雨は冷たくて痛い。手先と足先が凍えて、暇潰しの昼寝も難しい。
寝返りをうって、両手に息を吹きかけて、暖める。一瞬だけ暖かくなるが、すぐに冷める。
手をすり合わせていると雨音と混ざって、どしゃりとぬかるんだ地面に何かが落ちる音がした。
また侵入者だ。それにしては着地の音が豪快だった気がする。
蝶男が噂を流さなくなってもくだらない好奇心で塀の中に入ってくる者がいる。中に何がいるかも知らずに。
私は気怠いげに起き上がった。死ぬ程、暇だったとしても暇潰しで人を殺したいわけじゃない。
縁側に向かいながら身体は鬼へと近づいていく。
成長すると鬼の制御も上手くなってきて、半鬼半人の状態を保つこともできるようになった。
性能は鬼の姿のほうが良い。手先の冷えはなくなるし、視覚や聴力、嗅覚も鋭くなる。ただ疲れやすい。
だから半分だけ人間さを残すと疲労が軽減される。
くるると喉を鳴らして戸を開ければ侵入者がいる。というより倒れてる。
泥と雨の臭いが混ざっているからわかりにくいが、血の臭いもする。
怪我をしているのね。なら殺すのも難しくなさそう。
鋭く伸びた強靭な爪をたてて縁側から降りた。
私の存在に気づいた黒い衣の男は痛みを堪えるように顔をこちらに向けた。
その男の顔に赤く綺麗な珠玉を二つ填めていた。
男の頭の傍に立つまでそれが瞳だと気づけなかった。
人間の瞳は黒しかないと思っていた。殺意に満ちた黒目も恐怖に歪む黒目も蝶男みたいな底知れない黒目とも違う。純粋な赤。
男の干からびた唇が動くと私のやるべきことを思い出した。
侵入者は殺さないと私が殺される。
惜しいと思ってしまう感情に蓋をして、低めの金切り声を鳴らし、もう一度鬼の手が伸びる。
はくはくと息をしていただけの唇が不意に声を漏らした。
「綺麗だ」
彼を殺すための爪と牙がぴたりと止まって、発せられた言葉が私に向けられたものなのか考えてしまった。
今の私の状態は綺麗とは言えない。
半分鬼、半分人の状態と言うのは、肌は人のまま骨や顔の輪郭は変形され、狼のように鼻口が伸びて痩せ細った老人のように背中が丸まっている。
この男の感性を疑ってしまうが、誰にも言われたことがない言葉を言われて浮き立つ心が静まらない。
私と男以外に人はおらず、私以外に言う相手もいない。
本当に私に向かっていったのか気になって強靭な爪で男を傷つけないように慎重に肩を揺さぶるが、硬く目を閉じて起きようとしない。
そういえば彼は怪我をしているんだった。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。
亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。
だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。
婚約破棄をされたアニエル。
だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。
ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。
その相手とはレオニードヴァイオルード。
好青年で素敵な男性だ。
婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。
一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。
元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる