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7章 赤い珠が映す空想未来
止まった時間 2
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この邸に来てから紅玉の未来視は続いていた。紅玉を困惑させた濁流のような情報量はなくなり、あるのは松の木と紅柘榴の風景が続く未来しかなかった。そこに蝶男の影はない。
紅玉も蝶男も動いていないからだろう。
あの状態で紅柘榴を放置していたのも、あっさり救出できたのも疑問だった。
「必要、なくなったんだと思う」
紅玉なりに推測してみて、何度も考え直したが、やはり結論は同じだ。
それともう一つの結論も出していた。
「かげは蝶男の考えがわかるって言ってたよね。ならその逆もあり得るよね」
こんな単純な計算を今更になって気づくなって、紅玉は自分の不甲斐なさから自己嫌悪しそうになるが、それを無視する。
「蝶男には計画を立てる想像力もあるもの。考えてわかるなら利用されたんじゃない」
「それは」
影弥はしばらく黙った後、「そうかも」と力が抜けたように言って紅玉の隣に腰かけた。
今までの疲労を思い出して影弥は深い深呼吸を吐いた。
「このまま静かに暮らすのも悪くないかもしれないね」
どこか諦めたような口調で紅玉に提案したものの黙ったままなので何も言わないと決めて影弥は黙った。
ちらほらと降っていた雪の量が夜に近づくにつれて多くなっていく。中に入るように促さないと。紅玉は中庭に出た。
「そろそろ入ろう」
声をかければ紅柘榴は松を惜しむように離れ、目の前の紅玉をすり抜けて中に入る。
松から移動しようとしない紅柘榴だが、食事でも移動でも指示をすれば大抵のものは従ってくれる。ただ松から離れたくないのか屋敷の外に出るように言っても聞こえないふりをする。
鬼の回復力も相まって腹の傷跡は綺麗になくなり、歩行も問題ない。
ただ、心は硬くなに閉ざされ、影弥とも紅玉も言葉を交わそうとしない。
紅柘榴は無気力に無感情にその日々を過ごしていた。
「寒くなってきたね。手が震えているよ。ご飯の前にお風呂入ろうね」
それでも紅玉は話しかけ続けた。相手が無表情でも反応でも紅玉が伝えられるものは声しかなかった。
そんな紅玉の労力が少しは報われたのか、松しか見ていなかった紅柘榴に変化があった。紅玉を避けて歩くようになった。そこにいないと認識されたものが人として見るようになった。
そこから喋るようになって、短い単語でも言葉を返すようになった。
喋るようになっても歩けるようになっても紅柘榴の感情は甦らないだろう。食事をしても睡眠をとっても彼女は失ったものを見続けるし、失ったものを他で埋めるようなことをしない。
「それでね、腹が立って一人で行くことにしたの」
「そう」
「そしたら変なところで迷っちゃって」
「そうなの」
松に背中を預けて紅玉の話に相槌で返す。紅柘榴を探し続けた二十年間を心躍るような冒険譚に変えて語った。
それで紅柘榴が元気になるわけではないが、苦なく聞いているので紅玉は調子に乗って面白おかしく着色した。
「二人ともこれから大雪になる。中に入りなさい」
影弥の呼びかけで冒険譚は途中で止まり、紅玉は紅柘榴を急かしながら中に入れた。
影弥は暖かい茶を用意していて、冷たい手を湯呑みで暖を取る。
「さて、昨日はどこまで話したかな」
紅柘榴が話せるようになってから影弥は蝶男のことを聞いてくるようになった。
話せる範囲でぽつり、ぽつりと人食い塀での出来事を思い出す。
蝶男の行動を知るためだろうが、紅柘榴の辛いことも思い出してしまいそうで紅玉としてはあまり気が進まなかった。
紅柘榴は思い出したくない思い出を避けるように話していた。赤眼の男のこともいなかったように一言も出さない。
「そういえば魂と遺伝子の関係性をして調べてるって言ってたわね」
「遺伝子って何?」
紅玉が影弥に聞く。
「身体の設計図で父と母から受け継ぐものだよ」
よくわからなかったが、血液みたいなものだろう。
父と母から受け継ぐ血統。それが子に託される。そして、紅柘榴のお腹には子供がいた。
そこまで悍ましい想像が生まれ、紅玉は一人だけ背筋を凍らせた。
こんなものを紅玉一人で背負うには重すぎて今すぐにでも影弥に話してしまいそうになるが耐えた。紅柘榴がいるところでは話せなかった。
紅玉も蝶男も動いていないからだろう。
あの状態で紅柘榴を放置していたのも、あっさり救出できたのも疑問だった。
「必要、なくなったんだと思う」
紅玉なりに推測してみて、何度も考え直したが、やはり結論は同じだ。
それともう一つの結論も出していた。
「かげは蝶男の考えがわかるって言ってたよね。ならその逆もあり得るよね」
こんな単純な計算を今更になって気づくなって、紅玉は自分の不甲斐なさから自己嫌悪しそうになるが、それを無視する。
「蝶男には計画を立てる想像力もあるもの。考えてわかるなら利用されたんじゃない」
「それは」
影弥はしばらく黙った後、「そうかも」と力が抜けたように言って紅玉の隣に腰かけた。
今までの疲労を思い出して影弥は深い深呼吸を吐いた。
「このまま静かに暮らすのも悪くないかもしれないね」
どこか諦めたような口調で紅玉に提案したものの黙ったままなので何も言わないと決めて影弥は黙った。
ちらほらと降っていた雪の量が夜に近づくにつれて多くなっていく。中に入るように促さないと。紅玉は中庭に出た。
「そろそろ入ろう」
声をかければ紅柘榴は松を惜しむように離れ、目の前の紅玉をすり抜けて中に入る。
松から移動しようとしない紅柘榴だが、食事でも移動でも指示をすれば大抵のものは従ってくれる。ただ松から離れたくないのか屋敷の外に出るように言っても聞こえないふりをする。
鬼の回復力も相まって腹の傷跡は綺麗になくなり、歩行も問題ない。
ただ、心は硬くなに閉ざされ、影弥とも紅玉も言葉を交わそうとしない。
紅柘榴は無気力に無感情にその日々を過ごしていた。
「寒くなってきたね。手が震えているよ。ご飯の前にお風呂入ろうね」
それでも紅玉は話しかけ続けた。相手が無表情でも反応でも紅玉が伝えられるものは声しかなかった。
そんな紅玉の労力が少しは報われたのか、松しか見ていなかった紅柘榴に変化があった。紅玉を避けて歩くようになった。そこにいないと認識されたものが人として見るようになった。
そこから喋るようになって、短い単語でも言葉を返すようになった。
喋るようになっても歩けるようになっても紅柘榴の感情は甦らないだろう。食事をしても睡眠をとっても彼女は失ったものを見続けるし、失ったものを他で埋めるようなことをしない。
「それでね、腹が立って一人で行くことにしたの」
「そう」
「そしたら変なところで迷っちゃって」
「そうなの」
松に背中を預けて紅玉の話に相槌で返す。紅柘榴を探し続けた二十年間を心躍るような冒険譚に変えて語った。
それで紅柘榴が元気になるわけではないが、苦なく聞いているので紅玉は調子に乗って面白おかしく着色した。
「二人ともこれから大雪になる。中に入りなさい」
影弥の呼びかけで冒険譚は途中で止まり、紅玉は紅柘榴を急かしながら中に入れた。
影弥は暖かい茶を用意していて、冷たい手を湯呑みで暖を取る。
「さて、昨日はどこまで話したかな」
紅柘榴が話せるようになってから影弥は蝶男のことを聞いてくるようになった。
話せる範囲でぽつり、ぽつりと人食い塀での出来事を思い出す。
蝶男の行動を知るためだろうが、紅柘榴の辛いことも思い出してしまいそうで紅玉としてはあまり気が進まなかった。
紅柘榴は思い出したくない思い出を避けるように話していた。赤眼の男のこともいなかったように一言も出さない。
「そういえば魂と遺伝子の関係性をして調べてるって言ってたわね」
「遺伝子って何?」
紅玉が影弥に聞く。
「身体の設計図で父と母から受け継ぐものだよ」
よくわからなかったが、血液みたいなものだろう。
父と母から受け継ぐ血統。それが子に託される。そして、紅柘榴のお腹には子供がいた。
そこまで悍ましい想像が生まれ、紅玉は一人だけ背筋を凍らせた。
こんなものを紅玉一人で背負うには重すぎて今すぐにでも影弥に話してしまいそうになるが耐えた。紅柘榴がいるところでは話せなかった。
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