それでも貴方を愛してる

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転機が起きたのはそれから3ヶ月後のこと。
妹が子供を産んだ。

その頃私は両親の所有する別荘に飛ばされていた。
妹から、子供ができたから是非見て欲しいとの手紙が来た時、流石に断ろうかと思った。
でも、少し、ほんの少しだけ、子供がどんな風なのか、気になった。

顔を見るだけ、見たらすぐ帰ろう、両親に軽く挨拶して、それからすぐ帰ればいい。

自分にそう言い聞かせて、本邸へ向かう馬車へと乗り込んだ。



部屋に案内され、中に入ると、沢山の使用人が笑いながらゆりかごの中を覗いている。

(そんなに可愛いのかしら……。)

聞いていた情報によると、女の子で、名前はルナというらしい。

ルナ……確か月の女神、という意味だったっけ。
贅沢な名前ね。

そんなことを考えながら、ゆりかごの中を覗き込んだ時だった。
「ひっ……フラシー様っ…………!!」

余程赤ん坊に夢中で私がいた事に気づかなかったのか、一人の使用人が怯えたような声を出した。

それをきっかけに、何人もの使用人がはっとしたように振り返って、侮蔑と嫌悪を顕にした眼差しで私を見つめ始めた。
なんでお前がいるんだ。
言われなくてもひしひしと伝わってくる悪意。
彼らはすぐさま子供を守るように私の前に立ち塞がった。

「っお、恐れながら、フラシー様は、どのような用件でこちらに……?」

先程情けない声を上げていた使用人が、怯えながらもそう尋ねてきた。
彼の勇敢な姿勢に他の使用人たちも勇気づけられたのか、次々と野次を飛ばし始めた。

「クララ様を僻むのはもうおやめ下さいませ!!!」
「あなた様はもう、旦那様からも奥様からも見放されている存在です。私達も仕えるべきお方は私達自身で決めます。」
「そんな格好して、お恥ずかしくはないのですか??同じ女として見ていられません。」


今までの鬱憤を晴らすように、まるで石を投げるように、終わらない罵詈雑言。
普通だったら、即クビよね。
でも、今は寧ろ、私が追い出される側。

ふっと息を吐いて、最初に尋ねてきた使用人と目を合わせる。
途端ビクッと体を震わせて、瞳を泳がせている。
でもやっぱり、絶対に引かないのね。


「……あなたが尋ねてきた用件のことだけど、妹の子供を家族が見ることに何の問題があるのかしら?
私はあの子の姉よ?どうしてあなた達みんなして、私を追い出そうとしているの?」

「そっ、、それは、、、っフラシー様はこの頃あまりにも貴族としての尊厳をお捨てになっているように思われますので……。」

「……ああ、分かったわ。……尊厳、ね。はいはい。つまり私がその子に、何か危害を与えると思っているのね?」

そうよね?という意味でニッコリ笑いかけると、途端にしんと静まり返る部屋。沈黙は肯定ということだろう。

ああ興味本位で来るんじゃなかった。気分が悪い。大嫌いな妹の子供なんて、見るんじゃなかった。余計私が惨めになるだけなのに。


妹は入浴中だからここにはいない。
もしいたとしたら、使用人たちはここまで私を悪く言わなかっただろう。
彼らは妹が、私のことを好きだと知っているから。
好きな人を悲しませるなんてこと、するはずない。


「………………はあ、もう、いいわ。」

興ざめよ。

そう言って部屋を出た。

勿論引き止める人なんているはずなかった。




それからしばらくして、健康になったと思われた妹は、また病を患っていたことが分かった。

父母、使用人、街の人、みんなそのことを知ると涙を流して悲しんだ。なんでも治療法がないので、為す術がないんだとか。



子供の頃のように毎日ベッドに横たわっている妹。
その隣には、銀髪の美しい少女が心配そうな表情で、じっと、自分の母の顔を見つめていた。

ルナというその名の通り、その子供はとても美しかった。
父親譲りの銀髪に紫の瞳、けれど顔つきはどう見ても妹譲りだった。
月の女神、ね、、。確かにそう言われてしまえば納得してしまう程の美貌だった。
きっと将来は引く手数多の令嬢になるわ。
使用人たちでさえ、一目見た瞬間に虜になっているのだから。


妹は病気が分かってから3年くらいは自分で動いていたけれど、今はもう寝たきり。起きている時間の方が短い。

「おかあさまあ……。」
舌っ足らずの声でそう呼びかける少女。妹は熟睡しているのか、愛する娘に何度も話しかけられているにも関わらず一向に起きる気配がない。

それより私がいること、気づいているのかしら、この子。
私が部屋に入った時も何も反応しないで、ずっと妹の事しか見ていなかった。
あの時もそうだったけれど、私、思っているより存在感薄いのね。
…いや、私に関心がある人がいないだけかしら。


気がつくと、呼びかけ続けて疲れたのか、妹の手を握ったまま眠りについていた。

多忙で中々会えない父に、病弱な母。
可哀想な子ね。
でも幸せよ。だって、あなたは愛されているから。きっと妹が死んでも、誰かが助けてくれる。



ベッドの近くの椅子に腰掛けて、ぼーっと2人の寝顔を見つめる。


どうして私は愛されなかったのか。今ならよく分かる。
この子達は、無垢で清らかで、どこまでも純粋。
きっと騙されても裏切られても、人を貶めようなんて思わないだろう。
だからこそ余計、妬ましい。
私がなれなかったものだから。


妹が病気だっていうのに、なんて非情なのかしら。このまま死んでしまえなんて思っている。
こんな女が姉だなんて、可哀想にね。
でも、いいでしょう?あなた、みんなに愛されているんだから。私に嫌われたって知ったところで、痛くも痒くもないでしょう?
誰かが慰めてくれるから。


どうせなら、酷い姉だと罵ってくれた方が楽だったのに。

素直で人を疑わない妹は、こんな私を尊敬している。真っ直ぐでキラキラしたあの瞳で、私を見つめてくる。

売女のように、気品の欠片もない格好でいようが、親に見限られようが、どれだけ暴言を吐こうが、関係なしに慕ってくる。

それがどれだけ私を苦しめていたか、あなたは知らないでしょうね。


どこまでも愛されるあなたは、きっと死ぬ間際まで沢山の人に愛されるのでしょうね。

ああ、なんて羨ましい。





「お姉ちゃん……。」
いつのにか起きていたらしい妹に呼びかけられて、はっとする。
いつから起きていたんだろう。随分と調子は悪そうだけれど、話せているだけまだマシね。

「お姉ちゃん、、あのね、お願いがあるの……。


そう言って妹は、自分の愛娘の頭を優しく撫でた。

「私が死んだら、この子のこと、お願いします。任せられるのはお姉ちゃんしかいないの。」

そう言って目を潤ませて一粒涙を落とした
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