Lost Fiction

湯月@重陽

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魚の城の女王は

七不思議

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 怪談をしようとなったのは、懐こい同輩が此の城の下働き達から七不思議とやらを仕入れてきたから。
 語り部たる同輩は、おどろおどろしい顔を作って話し始めた。


-七不思議の1. 湖の影-
-七不思議の2. 晴れぬ霧-
 漁り。外つ国との交易品に魚を獲る。舟には2人か3人が乗って、水面に寄せたランタンの灯で魚を集める。キラリキラリと水面を照らす灯り。糸を垂らせば次々と魚が掛かった。
 時に影が映る。舟の下。舟を三つも四つも並べる程の、気配。そして時に、水底で身悶える巨影が囀る。
 囀りが水面に達すると、其れは灰色の大波となって舟を襲った。そんな日はいつも霧が深い。
 気づかぬ内に、舟が消える。
 操術に長けていない舟が幾つも沈み、人々は湖の底に怪物がいると囁きあった。


-七不思議の3. 己の首を探す女の霊-
-七不思議の4. 霧の薄い水場の妖しい気配-
 天井が高くとられた此の城は、外から予測するよりも階数が少ない。
 建物の外、王族方やお客様方上位の方々が使う外回廊に、階を跨ぐ階段は基本ない。基本的に上の方々は同じ階のみで生活し、要事のみ、下階の者が普段は天井に隠された仕掛け階段を下ろした。
 一方で、登ったり降りたりの下働きは随分な重労働。階は少なくとも多重階ではあるし、階段の段数自体は減らないので、下働き達は天地を繋ぐ内階段を飛ぶ様に駆けていく。
 そんな階段に、幽霊が出る。首の無い女の霊だ。_其れは霧の濃い日中のこと。
 霧の深い日は、人とは急な出会いになる。後三歩で擦れ違う近さで、漸く気づく。だから皆、足元ばかり見ている。
 視界の隅、三歩先にある足先が下働きが履くはずもない、全面を刺繍で飾られた革靴を履いているのが見えた。
 ヒチョリ。
 湿った音で、足元に赤い丸い点が落ちる。
 一歩。視界の端を、白い衣の裳裾が通り過ぎていく。赤が白い衣に一筋。
 ヒチョリ。
 凍りつく下働きの直ぐ横を通り過ぎていく。息すら潜めて、早く去ってくれることを願った。
 霧の浅い日の昼間の水場は、妖し気な気配がした。
 働き始めの下働きが「霧の深い日で無いの?」と首傾げて問う疑問は、古参の中でも時折上がっては"でも"と云う言葉で立ち消える。
 霧の薄い明るい日。
 大概、其れは雨の晩の翌昼だった。
 霧の浅い水場は、色々なものが良く見える。普段は霧に隠されているものが。音も良く聴こえる。霧に吸われてしまわずに。
 水場の側に植えられた木は、背が高い。揺れて、ハタ、と涙のように溢れ落ちる雫。ハート形した青葉から潤んだ雫が最後に堕ちる。小さく出来た水溜りで王冠が出来た。
 ヒチョリ。
 木の高い所、見上げる角度。葉に守られた花々は、水を浴びて活き活きと鮮やかに咲く。
 影も濃く、咲く。いっそ生々しく。

 …一度そう感じてしまうと、誰かの気配や視線すら感じるようになったものだ。実際は一日の内で尤も高い気温が、そんな気にさせたのだろうけども。
 云い聞かせるように頷き合う。其の顔が皆、強張っていても。
 背後に立つ女は、見えない
 其の断ち切られた首は見えない。

 白い衣の女は探す。己の首を。守護のよすがと人は云う。
 いつわりの首級くび を。


-七不思議の5. 此の城の何処かに、古の大臣の木乃伊が埋められている-
-七不思議の6. 姿の見えない大鼠-

 城の壁と壁との間に閉じ込められた木乃伊は、落ち窪んだ眼、萎んだ口蓋。かんむりそして朽ちて土埃にまみれた嘗ては豪奢の其の衣装。
 壁は厚い。
 響く音も、「鼠でも居るか?」と皆、首を傾げて通り過ぎていく。
 己の死にすら気付かずに、必死で壁を掻く指先は、壊れて崩れて骨すら削る。
 出してくれ。出してくれ。

 ああ、其れが叶わないならば…


「七不思議の7. いつか霧の晴れる日に」
「どうなる?」
「さあ?」

 喧々諤々の議論に勿論、答えなんて出ずに、話は終わって。皆、ベッドに潜り込んだ。
 もともと、成果を知らしめるのが目的の雑談なんてそんなものだ。暇潰し。其れが上等。
 でも、そう。もし本当にいつか霧が晴れたら起こるのは、

「きっとヒドイ事だ」

 ポツリと呟いた其れに、
 そうかもなと、誰かが応えた。

※※

 いったい、幾度廻り廻って廻るのでしょう?
 1000? 10000?
 死ぬ迄、私は回廊を廻り続けるのだと、誰に云われずとも解っていました。

※※

 パタンと扉が閉まって、王女は知らず詰めていた息を吐いた。
 座り続けてすっかり根の生えてしまったような椅子から何とか立ち上がると、王女は窓に寄って外を見た。
 城の内で最も見晴らしの良い部屋からは、霧の向こうで漁する人の舟の灯りも透け見える。

 生まれ落ちた瞬間に女王となるを定められた。
 其れ迄の継子たる兄を差し置いて。 

 女王の摂政を標榜する王の治世は、女王の正統の前では塵芥。実際、摂政でなく国王を名乗れば何故か病に倒れる此の国において、女王の正統は盤石だ。
 
 生まれた日に鳳凰と麒麟が現れたから、伝説の女王の再誕と云われた。

 私が成人に近づくにつれて立場を失くし、数年前には王の部屋を追い出された父王とは、関係が良い筈もない。
 宛てがわれた王の間は、壁尽くがタペストリーで覆われていた。
 壁を覆い尽くすタペストリーを取り払えば、硬い花弁。其処に現れたのは花の彫刻。天井から床近くまで息の詰まる濃密さで隙間もないほどに埋め尽くされた飾木かざりぎづくりの植物と花。
 驚くほどに細い飾り木で造り付けられた調度品。

 此の部屋は、父王よりも私に馴染む。
 そうして私はやっと実感した。"女王の国"の其の意味を。

 偏執的な植物趣味も、かつての女王のもの?
 此の部屋は見も知らぬ女王の気配ばかりが強く残る。誰も馴染めぬ其の形は、果たして本当に もの?

 満開の一瞬で留められた木の花々で覆われて、此の部屋は余りに惨い。最高潮を留めたつもりで、時の内に取り込まれれれば瞬間に、滅びに傾くだろう花々に囲まれている。
 息の詰まるような破滅感。_何と云う滑稽でしょう。
 落下寸前の心地ばかりを味あわされて、ああ、もう息も出来ない。

※※

 嘗ては城の中でも一番に美しく整えられていた水上庭園は、今では荒廃して殆どが水の中に崩れていた。
 栄華の面影は乏しく、ただ花だけが群をなして咲いている。
 路の在り処を示す石止めは、既に朽ちるか緑に埋もれていた。
 半ば迄落ちた階段は、辛うじて残った土台と絡む蔓植物によって支えられていた。踏み出せば軋み、揺れる。
 どうどうと眼の前を滝が流れ落ちていく。
 身を乗り出せば僅かに足場が動き、戻せばギィと音を立てた。
 どうどうと眼の前を滝が流れ落ちていく。
 怖ろしく無いのかと問われれば確かに怖ろしいのだが、微かな高揚があった。飽いた生を神の前に差し出す高揚だった。

 石止めの向こうは淵。頭を外に出せば、風がびょうと吹く。此処はきわ。一足誤れば、落ちる場所。

 うっすらとした浮遊感と蔓植物の鳴く音。踏みしめた土に、肩から僅かに力が抜けた。
 振り返った先の滝は遠く、どうどうと音ばかりが近くに聴こえた。

※※

 明日からは年に一度の大祭の日々。
 慌ただしく休む間もない例年の祭りの後には、いよいよの戴冠。数百年ぶりの女王の戴冠を待ちわびる人々の熱気を思い出し、王女は最後の最後、最後の自由を味わう。
 大祭は、此の国の前身たる王国で起こった大禍を悼み、哀しみ、そして新たな神との縁を寿ぐ。
 一歩進む事に撒かれる花はよく知られた慰めの白花。無垢な鳥の和毛のように、あるいは冬に初めて降る雪のように。衣装は哀しみの喪の色。黒は旅立つ者の憩う夜の底の色。写し取られた意匠は、翼ある鳥、地を這う蛇。
 そして祭りが始まる。

 歌と花を捧げる。
 湖の何処かに神は住むという。



 此の国の主食は其処迄凝ったものではない。
 豆を固めた焼き物。炊いた米。そして近隣の農家が商っていた野菜を使った小鉢を幾つか。
 甘辛く煮付けるのは西国由来。塩と香草で炊くのは南国風。塩だけで素材を活かすのは東国風だった。
 大祭の為に大量に用意された食材は、料理人達にとっても余り扱い慣れたものではなかった。水に沈む前の故郷で人々が食べ慣れていたらしい味。今では食材を手に入れるのも難しい。
 頭を寄せ合い、捻り合って、どうにかこうにか仕立て上げた。


※※

 夢の中に、優しい手を見る。
 道の端で転がっていた。何も救いなど無いと信じていた。
 そんな自分を、すくい上げられた幸いを。
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