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一章 淀む池に潜む魚
人魚信仰、或いは先代の神嫁
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正面の来客用ソファに座る蒼白な顔の男を見ながら、雇われ人とは雇い主が不味いと何とも大変なものだと思った。
精神科医であると名乗り訪れた此の男は、母親から彼の治療を依頼されたと云う。
"自分の母親に成ろうとしない息子を、どうにかマトモにして欲しい"
「まあ、俺はあの人の言う通り、あの人の卑属であって尊属でなく。そもそも男であるので、子供を産める性別でもないんですが」
性転換手術を受けて、赤ちゃんプレイに付き合えって事なんですかね?
「別にそういった特殊性癖も個人の自由とは思いますが。_申し訳ありませんが、俺にはそういった癖は在りませんので」
「_………御尤もです…」
項垂れ言葉を振り絞る医者には、申し訳無いがお引き取りを願った。
ふらふらと道を行く後ろ姿。彼が恐らくこれから浴びるだろう、母親のヒステリックな叫び声。
申し訳ないような、そうでも無いような。
_そもそも自分は関係あるのか、いっそ無関係なのか。
(巻き込まれては居るけども、あの人の認知の問題に過ぎないような)
母親は狂っていた。
何だったら、最初から。
母方の家系は特殊なものだ。此の御時世に、ゴリゴリの信仰を持っている。世間一般と殆ど重なるところの無い規範の数々。外に知れれば、異端と認識されるレベルのマイノリティ。
家の中では其れでも罷り通る。家の外とは一切馴染めぬ精神を育まれ、_結果、選民思想に傾いたらしい。
マジョリティとマイノリティ。いつまでも没交渉であれれば互いに幸いだったのに、何なら有事に渋々手を取り合うくらいであれば良かったのに、世は"理解し合おう"時代。感化された人間が家に出て、それはもう、盛大に事故った。
範囲を定めての最適解は、当然、範囲を変えれば異なった答え。範囲の取り方は経験と感性。正しく"分かり合えないよ"領分だろうに、頑張ってしまった人間がいたらしい。
信仰心が厚いが裏目に出て、「そんな筈は無い」「そんなの嘘だ」が連発されて、……イマココである。
信頼していた叔父様が人が変わったように一族を糾弾し、母親は寄る辺を喪い、エゴに溺れた。
"溺れる者は藁をも掴む"の"藁"に認定されてしまったらしいと気付いたのは最近だ。
妄言も、支離滅裂な其れを母親は"信じている"のであって、理性的に考えているわけではない。
では大元はと言うと_此処で御家の信仰である。
家伝は語った。此の家の守護は人魚である、と。
守護と言っても、神嫁か八百比丘尼の伝説に近い。神に嫁に出した娘が人魚に転じて、家は恩寵を賜ると云う。日本で人魚と云えば不老の妙薬だ。其のせいか、家には妙に長寿な者が多かった。御家の由なし事を司る名代連など最たるものだ。妖怪共と、彼は心中密かに呼んでいる。
兎にも角にも、母親の家系は信仰に厚く、未だに神嫁を出した。神嫁は限られた血筋を辿って順繰りに選出される。
母親はどういった理由か神嫁を、"私の産んだ子が私の母親になる"と理解していたらしい。…マナティーの伝説でも小耳に挟んだんだろうか?
母親は娘を産んで、其の娘は神嫁に為るはずだった。
_だが、産まれたのは男だったのだ。
千年は起こらなかった番狂わせに、御家は大わらわ。…未だ次の神嫁は定まっていない。
嫁に捧げても、捧げても、直ぐに死体で転がり落ちて来る。
_そうは言っても捧げ続けるしか無い。神とやらの気に入る娘が見つかる迄。
※※
案内された部屋で、彼女は一人待っていた。
白無垢に角隠し。
部屋の四隅に据えられた行燈に、照らされる金襴緞子の絹蒲団。
まんじりともせず夜が明ける。
_そして彼女は、自分が人から外れたと識ったのだ。
※※※
不眠気味なので、ベッドと枕、寝室には少しばかり拘っている。高反発とか低反発とか、段階調光とか間接照明とか。
寝室を暗くして、隣部屋の照明を灯す。ぼんやりとした光を頭上に、薄暗い処で身を縮めて目を瞑る。外には流水を泳ぐ淡色の魚。
…
例えば此の世界が、"水槽の中の脳が見る夢"だとするならば、
オカルトって云うのは何なんだろうな?
精神科医であると名乗り訪れた此の男は、母親から彼の治療を依頼されたと云う。
"自分の母親に成ろうとしない息子を、どうにかマトモにして欲しい"
「まあ、俺はあの人の言う通り、あの人の卑属であって尊属でなく。そもそも男であるので、子供を産める性別でもないんですが」
性転換手術を受けて、赤ちゃんプレイに付き合えって事なんですかね?
「別にそういった特殊性癖も個人の自由とは思いますが。_申し訳ありませんが、俺にはそういった癖は在りませんので」
「_………御尤もです…」
項垂れ言葉を振り絞る医者には、申し訳無いがお引き取りを願った。
ふらふらと道を行く後ろ姿。彼が恐らくこれから浴びるだろう、母親のヒステリックな叫び声。
申し訳ないような、そうでも無いような。
_そもそも自分は関係あるのか、いっそ無関係なのか。
(巻き込まれては居るけども、あの人の認知の問題に過ぎないような)
母親は狂っていた。
何だったら、最初から。
母方の家系は特殊なものだ。此の御時世に、ゴリゴリの信仰を持っている。世間一般と殆ど重なるところの無い規範の数々。外に知れれば、異端と認識されるレベルのマイノリティ。
家の中では其れでも罷り通る。家の外とは一切馴染めぬ精神を育まれ、_結果、選民思想に傾いたらしい。
マジョリティとマイノリティ。いつまでも没交渉であれれば互いに幸いだったのに、何なら有事に渋々手を取り合うくらいであれば良かったのに、世は"理解し合おう"時代。感化された人間が家に出て、それはもう、盛大に事故った。
範囲を定めての最適解は、当然、範囲を変えれば異なった答え。範囲の取り方は経験と感性。正しく"分かり合えないよ"領分だろうに、頑張ってしまった人間がいたらしい。
信仰心が厚いが裏目に出て、「そんな筈は無い」「そんなの嘘だ」が連発されて、……イマココである。
信頼していた叔父様が人が変わったように一族を糾弾し、母親は寄る辺を喪い、エゴに溺れた。
"溺れる者は藁をも掴む"の"藁"に認定されてしまったらしいと気付いたのは最近だ。
妄言も、支離滅裂な其れを母親は"信じている"のであって、理性的に考えているわけではない。
では大元はと言うと_此処で御家の信仰である。
家伝は語った。此の家の守護は人魚である、と。
守護と言っても、神嫁か八百比丘尼の伝説に近い。神に嫁に出した娘が人魚に転じて、家は恩寵を賜ると云う。日本で人魚と云えば不老の妙薬だ。其のせいか、家には妙に長寿な者が多かった。御家の由なし事を司る名代連など最たるものだ。妖怪共と、彼は心中密かに呼んでいる。
兎にも角にも、母親の家系は信仰に厚く、未だに神嫁を出した。神嫁は限られた血筋を辿って順繰りに選出される。
母親はどういった理由か神嫁を、"私の産んだ子が私の母親になる"と理解していたらしい。…マナティーの伝説でも小耳に挟んだんだろうか?
母親は娘を産んで、其の娘は神嫁に為るはずだった。
_だが、産まれたのは男だったのだ。
千年は起こらなかった番狂わせに、御家は大わらわ。…未だ次の神嫁は定まっていない。
嫁に捧げても、捧げても、直ぐに死体で転がり落ちて来る。
_そうは言っても捧げ続けるしか無い。神とやらの気に入る娘が見つかる迄。
※※
案内された部屋で、彼女は一人待っていた。
白無垢に角隠し。
部屋の四隅に据えられた行燈に、照らされる金襴緞子の絹蒲団。
まんじりともせず夜が明ける。
_そして彼女は、自分が人から外れたと識ったのだ。
※※※
不眠気味なので、ベッドと枕、寝室には少しばかり拘っている。高反発とか低反発とか、段階調光とか間接照明とか。
寝室を暗くして、隣部屋の照明を灯す。ぼんやりとした光を頭上に、薄暗い処で身を縮めて目を瞑る。外には流水を泳ぐ淡色の魚。
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