暗殺者Aの世界

平川班長

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5月の暗殺After

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今回の暗殺に関しては、久々に個人からの依頼だった。

「夫を殺してほしい」

そう書かれていたので、代理人を名乗り男に変装して会ってみた。待ち合わせの喫茶店に来たのは、とても結婚しているとは思えないほど色々なブランド物で身を固めた女性だった。

「あなたが殺し屋なの?」

「いえ、私は代理人です奥様。詳しい事情をお聞かせ願えますか?」

「事情も何も……とにかく夫を殺してくれればそれでいいのよ。報酬は1000万。どうかしら?」

単刀直入に言う女性。自身の夫を殺してと言う割には、そこに感情はあまり感じられない。

「承知致しました。報酬はそれで結構です……では、旦那様の情報を頂けますか?」

女性は、そうね最低限の情報は必要でしょうしと淡々と事実を述べた。
女性の夫はとある会社の社長らしい。聞けば誰もが知るような大企業である。彼女は離婚した彼の再婚相手なんだそうだ。
ただ、夫は仕事人間で全然自分にかまってくれないし、家庭での会話もほとんど無い状態なのだという。

「失礼ですが……それならば離婚をすれば済むのでは?」

「ハァ?嫌よ。離婚してバツイチなんて言われたくないし、それならいっそのこと夫には死んでもらって、未亡人のほうがいいじゃない」

もっともな質問だと思ったのだが、彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
ていうか、未亡人って………

「まあ、ここだけの話。彼が死ねば保険で大量のお金も出るしね。それをもらったほうが得じゃない?」

なるほど本命はそっちなのか。

離婚で裁判とかになると、色々と面倒だから、手軽に死んでほしいと……


「承知致しました。では、お金は前振り込みでお願いいたします。入金が確認されしだい3日以内に行動させていただきます。くれぐれもご自身が疑われることのないように、アリバイはしっかり作っておいてください」

「引き受けてくれるのね?」

「はい。間違いなく「貴女の憂いを取り払って」ご覧にいれましょう」

彼女はこの言葉の意味は伝わらなかったらしい。
「これでようやく自由になれる」
と夢見る少女のような顔をしていた。

さて、と調査を始めた私だったけど、まず、依頼主の彼女を調べたところ……浮気をしていることがわかった。しかもかなりのお金をその男に貢いでいるらしく、何から何までお金は彼女が出していた。

しかも、そのお金は今の旦那のだというから笑えない。

「これは……一度会ってみる必要があるな……」

そうしてターゲットの事を調べ始めたのだが……

「なんという仕事人間……」

後藤大輔。
20代の後半で今の会社を立ち上げ、モノ作りの会社としてはその名を知らぬ者はいない株式会社GOTOの社長である。
戦争後の混乱する情勢を見事に見極め、国民が欲しがる物をいち早く手掛ける事で財を成した。今では海外にも拠点を置きその財力は今や国のトップ3に名を連ねる大物である。
しかし、そんな大物の彼は一般的な社長像とはかけ離れている。常に現場に顔を出す。そして作業者や職人の話を直に聞き、どういう改善をしていくか責任者と一緒に考えている。現場の人達も信頼を寄せているらしく、社長ではなく「大将」と気軽に呼んでいるのが印象的だ。


「みんな、本当に素晴らしい職人達なんだ!」

バーで仕事の話を私にしている時も、常に部下の事をべた褒めだった。

「すまん、こんな話は退屈かな?」

「いえ、そんなことはありませんよ…」

そして、最終的なあの質問にも彼は


「………いや、やめておくよ。せっかく俺の為に飲んでくれた君に迷惑はかけたくない。ありがとう、話したらスッキリしたよ」

と言ったのだ。不倫している妻の事を考えれば自分も手を出してもいい場面だ。
だが、彼はそんなことよりもおそらく……

(自分のスキャンダルで社員に迷惑をかけたくないのね)

こうして、私の調査は終わった。結論から言うと、死ぬべきは彼ではない。
仕事は出来ても、女を見る目は全然ダメみたいだ。

さて、どうしたものか?
信頼は何よりも大事。
特にこういう汚れ仕事は……

こういう時、個人の依頼の場合は、私は私の意思を尊重するようにしている。

「うん……、あの女を殺してお互いの「憂いを取り払いましょう」」


そうして、実行。
彼女は私の素の姿を知らないので、なんの変哲もない道路で、すれ違う瞬間に殺した。
ドサッと倒れる音。

しかし、私は立ち止まらずに何事もなかったように歩いていく。


「65人目完了……世界が平和でありますように」


まあ、彼がなんとかしてくれるだろう。自慢の社員と自慢の製品で人々の生活を豊かにしてくれるはずだ。

あぁ、スッキリした!

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