世界でただ一人、僕の性春

野良風(のらふ)

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 学校とか、いつも遊ぶエリアからは離れた駅。まるで知り合いに会いたくないから、選んだような場所。
 十八時五十分。
 例のメッセージに書かれたその駅で、楓を見つけた。
 私服で、バケットハットにマスク姿。
 まるで、知り合いにバレたくないみたいな格好。

 今日の夜暇?と聞いた俺に、楓は「ごめん、バイト」と答えた。目をそらして。
 俺は学校が終わって家に帰り、着替えて、ここで十八時頃からスタンバってた。
 本当にバイトなのかも。読モ関係の人と会うだけかも。
 そうであってほしいという気持ちで、楓にバレないようにその姿を見守る。
 そう。これは心配だから見守ってるだけで、決してストーカー的なアレではない、と、自分に言い聞かせる。
 遠目だからよく分からないけど、楓は緊張してるように見えた。
 自分の腕をずっと握ってる。すがり付くみたいに。

 そして、ちょうど十九時になった頃。
 楓が顔を上げた。
 その先に、一人の男がいる。
 スーツ姿で、いかにも仕事帰りっぽい雰囲気。若そう。そんでなんか、チャラそう。
 そいつが楓に近づいて、なにか話してる。スーツ男は楓の腰あたりに手をおいて、楓を誘導するように歩き出した。
 今すぐにでも二人に駆け寄って、楓に触れる男をぶん殴ってしまいたい。
 唇を噛んで堪え、二人と少し距離を取り後を追う。
 本当にモデルのバイト関係の話だって分かったら、このままこっそり帰ればいいし。
 マジでこっそり帰らせてくれ。

 そんな俺の願いもむなしく、二人は繁華街を進み、紫とかピンクの看板がひしめく界隈に入って行った。
 ――ラブホ街とか、絶対仕事じゃねぇな。
 握った拳は汗ばんでいて、身体はマグマが流れてるみたいに熱いのに、頭の奥はどんどん冷たくなっていく。
 渦巻く感情は、怒りなのか、不安なのか、恐怖なのか。
 きっとその全部が、俺の中でごちゃ混ぜになる。
 下品な城みたいなラブホの前で、二人が立ち止まった。
 スーツ男が楓の腕を引く。ホテルに入ろうとする男に、楓は嫌がるように首を横に振って、掴まれた腕を振りほどこうと抵抗している。
 どこか冷静にその様子を観察しながら、俺は二人の間に割って入った。

「高校生と、何しようとしてんの?」

 楓を背中に隠すようにして、男を見据える。
 苛立ちを浮かべていた男の顔が、驚きと焦りの色に塗り変わる。

「は?……てか、え……二十はたちだって聞いてーー」
「こいつ、十七だよ。未成年」

 ごねたら殴る。むしろ殴らせろ。
 この、どうしようもない気持ちの捌け口にさせろ。
 そんな思いが顔に出ていたのか、男は怯えたように目を泳がせ「未成年なんて知らなかったんだよ」と言って、足早に逃げて行った。

「……斗真……」

 振り返ると、楓が呆然と立ちすくんでいる。
 無言で楓の腕を取り、そのまま下品な城へ入った。
 何も喋らず無人のエントランスを抜け、適当に部屋を選び、エレベーターに乗って降りて、部屋に入った。
 楓も、ただ黙って俺に腕を引かれていた。

 半分以上がベッドに占拠された室内には、ソファもない。
 枕元にはゴムとローション。
 本当に、ヤるためだけの部屋。
 こんなところに、楓はあのスーツと来ようとしてた。
 血管がぶちギレそうになる。
 深呼吸してベッドに座り、楓にも「座って」と低く声をかける。
 楓が俯きながら、俺と少し離れた場所に腰掛けた。

「……もっと、こっち」

 腕を引いて、隣に座らせる。
 バケハとマスクを取ると、楓の顔がちゃんと見えた。
 迷子みたいな心細そうな表情に、こっちが泣きそうになる。

「……斗真……どうして……」

 消え入りそうな声で、楓が呟いた。

「……どうして、ここにいるか?」

 頷く楓に、静かに息を吐く。

「昨日、楓のスマホ画面に、メッセージが出てたんだよ。時間と場所、会えるの楽しみって内容」
「……マジか……」

 楓が笑い損ねたような吐息を漏らす。

「ほんと、斗真には……隠し事できないな……」
「……あのチャラいスーツ、誰?」
「……マッチングアプリの相手」

 ――大体、そんなとこだろうとは思ってた。あのメッセージとか、典型的なアプリのやりとりっぽかったし。
 そうであってほしくなかった、って俺の気持ちは、裏切られてばっかだ。

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