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「なんでそんなアプリ使ってんだよ。あいつ……男だよな?」

 俺の問いかけに、沈黙が落ちた。
 瞬きを忘れた長い睫毛から、楓の緊張が伝わる。

「……俺、莉子とエッチしたいとか思わないって言ったけど……今まで他の彼女にも、そういうのあんまり……思ったことなくて」

 楓が視線を揺らし、一度唇を噛んだ。
 ベッドシーツをいじりながら、再び口を開く。

「……それで、ちょっと、いろいろ考えて……俺、男が好きなのかなって、思って」

 その言葉に、脳がびりびりと痺れるような衝撃を受けた。
 ――男が好き……って何?あんなに散々、女の子と付き合ってたのに?

「だから、確かめてみようとしたんだよ……その……ほんとに、男とそういうの、出来るか」

 自分の血の気が引く音を、耳の奥に聞いた気がする。
 痺れた脳は、さらに沸騰したようにぐらぐらと揺れ、もうまともに考えることができなくなった。

「……わかった」

 呟いて、着ていたアウターを床に落とす。

「……斗真……?」
「俺が、確かめてあげるよ」

 戸惑うように俺を呼んだ楓を、強い力でベッドに押し倒した。
 綺麗にカラーの入った楓の髪の毛が、ラブホの白いベッドシーツに散らばる。やけにエロく見えるそれに、無性にイラつく。

「相手が変な奴だったらどうすんの?ヤバイ性癖持ってたりさ。俺だったら身元も確かだし、プレイはノーマルだし、安心だよ。もちろん、ちゃんと着けるし」

 サイドボードから、わざと見せつけるようにゴムを取る。
 すぐ下にある楓の大きな目が見開かれた。
 楓は女の子が好きだから、男の俺はハナから範囲外だって諦めてたのに。
 男が好きかも?男とヤれるか確かめる?
 こんな露骨なラブホで、あんなクソチャラスーツと。
 ――マジでふざけんなよ。
 楓の身体に本格的に乗り上げ、両手をベッドに押さえつけた。

「斗真……お前、なに……」

 楓が拘束を解こうともがくけど、身長もウエイトも俺の方が上だ。
 腰の上に体重をかけて、さらに手首を持つ手に力を込める。

「確かめたいんでしょ?大丈夫。優しくするから」

 冷たく笑って言うと、楓は信じられないものを見るように、俺をその瞳に映した。

「……斗真は嫌だ、絶対。……お前だけは嫌」

 その強い声にさらに苛立って、同じくらい悲しくなった。

「……あんなチャラスーツは良くて、俺はだめなの?」

 ぐちゃぐちゃな感情を押し付けるように、楓の首筋に顔を埋めた。甘いブルガリが、今はやけに苦く香る。

「……っ、やだ、やめろ」

 楓の本気の抵抗に、ぶちギレそうだった血管が、いよいよブツンと破裂した。

「やめろじゃねぇだろ!お前、ホテル来たってことは、こういうことすんだよ、分かってんの?なぁ?」

 身体を起こして、上から楓を睨み付けた。ムカつきすぎて身体が震える。

「アプリなんかの相手と、お前みたいなガチで綺麗な奴がヒョイヒョイ会うとか、馬鹿なのかよ!なんかあったらどうすんだ!危ねぇだろ!」
「……ご、ごめん、なさい……」

 感情のままに怒鳴ると、目を丸くした楓が謝る。
 肩で息をしながら、そういえば楓相手に怒鳴ったの、初めてだなと思う。 

「お前……ほんと何考えてんだよ……あんな奴と……マジで勘弁して……」

 派手な爆発の後、全身から力が抜ける。
 両手首を掴んでいた手を離して、楓の上に倒れこんだ。

「斗真……ごめん。……怒んないで」

 楓が俺の髪を撫でる。
 ……怒んないで、じゃねーよ。
 それでも、さっきは苦く感じた楓のブルガリがちゃんと甘くて、深く呼吸が出来る。
 楓の匂いに包まれると、身体中を駆け巡っていた怒りがゆっくり薄れていく。 

「……楓、お願いだから、他の男とヤんないで。お前が俺以外とエッチするとか……考えただけで死にそうになる」
「……斗真だったら、いいの?」
「……いいよ」
「なんで……お前、そんな……心配だからって、俺とできんの?」

 ――もういいか。そんな気持ちになって、身体を起こした。

「心配は心配だけど。……できるよ、余裕で。俺、楓のことめちゃくちゃ好きだから。性的な意味で」
「……せ、せい、てき?」

 寝転がったまま、心底驚いた顔をしている楓にちょっと笑う。
 背筋を伸ばして、息を吸って、気持ちを告げた。

「初めて会った時から、ずっと楓が好きだよ。幼馴染みとか友達の好きじゃなくて、エッチしたいって思う、好き」

 ――あーあ。言っちゃった。
 十年以上、秘密にしてたのに。そんでこれからも、ずっと楓の側に居たいから、言うつもりなんかなかったのに。

「だから、楓が……本当に確かめたいなら、その相手は俺にしてほしい。ずっとつるんでた幼馴染みとか、お前は嫌かもしんないけど」

 斗真だけは嫌だと、楓は言っていた。
 家族同然みたいな奴とヤるとか、考えられないってことなんだろうけど。
 だけど俺だって、ここはマジで、絶対、何があろうと譲れない。

「……斗真が俺のこと、好きならいいよ」
「…………あ?」

 
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