世界でただ一人、僕の性春

野良風(のらふ)

文字の大きさ
8 / 9

8

しおりを挟む
 最終手段として、楓が他の男とヤるなら死ぬ!くらい言う覚悟でいたから、さらりと聞こえた楓の言葉は、まるで知らない外国語みたいに理解出来ない。
 遠くなった香りがまた近づく。楓が身体を起こして、俺と向き合った。

「前に武ちゃんが言ってた、斗真の好きな人って……俺なの?」
「……好きな人?……ああ、……いや、うん……実は、そうなんだけど……でも俺あの時、いないって言わなかった?」
「あんなん、すぐ嘘だってわかるよ。……俺はお前に隠し事できないけど、お前だって、俺に隠し事出来ないよ」

 ふー、と楓が長く息を吐いて、俺に手を差し出す。

「……なんか、緊張してきた。斗真、手、握ってて」

 頭ん中はまだ全然いろんな処理が追いついてないけど、条件反射みたいにその手を握る。
 指先が冷たくて、温めるように親指でさすった。

「俺が、男が好きなのかもって本気で考えたきっかけ、お前なんだよ」
「……俺?」
「うん。今までは自分のこと、性欲薄いんだなーくらいに考えてたんだけど。斗真に好きな人がいて、しかもそいつのことすげぇ好きらしい、って聞いた時……俺けっこう衝撃受けて」

 楓が静かに笑う。

「セフレしか作んなかったヤリチンに、ついに好きな人が?って」
「おい。ヤリチンて」
「事実じゃん」

 言われて、自信を持って違うと言い返せないくらいには自覚があるから、黙るしかない。

「でも……だんだん、なんか……お前に好きって思われてる人が、羨ましいとか……思うようになって」
「……好きって思われてるの楓だよ」
「……だって、そんなの……お前は女の子が好きだと思うだろ、普通」 

 少し唇を尖らせ呟く楓を、思いっきり抱き締めたい衝動をなんとか堪える。
 
「……俺さ、今みたいに、斗真に手とか髪とか触られんのすげぇ好きなの」
「マジ?」
「マジ。お前、めちゃくちゃ優しく触るでしょ。……イケメンヤリチン代表みたいな見た目のくせに」
「……なんだよその代表……不名誉すぎるんだけど」

 うるさい鼓動を誤魔化すように、わざと茶化してみる。お互いに。
 
「お前に触られると、なんかすごく大事にされてるって思えて、安心するし……ドキドキする」

 楓が目を細めて、俺を見る。
 大事にされてる。俺がいつもそう感じる、優しい目で。 

「それで……斗真に対してそんなふうに思うのって、俺は恋愛対象に男も入る人なのかなとか、考え始めて」
「……で、今に至るわけか」

 ちらりと室内を見て言う俺に、楓が肩を竦める。
 
「でも実際、男とラブホまで来たら、すげぇ気持ち悪くなっちゃって。……怖かったし」

 頬を緊張させて、無理やり唇の端を上げる楓の手を両手で包む。
 慰める気持ちと、俺がどんだけ心配したか伝わるように。

「……だから、男が好きとか、そんなんじゃなくて、俺は斗真が好きなんだなって分かった。男に触られたからじゃなくて、斗真に触られるから、安心するし、ドキドキするんだって」

 楓の言葉に、息が詰まった。
 神経とか細胞とか血液とか、俺を作る全てにその言葉たちが溶けて、全身が熱く震える。
 楓の指先をそっと撫でた。 

「……俺だって、お前だから……本当に大事に思ってる楓だから、こういう風に触るんだよ」
「……俺だけ?」
「お前だけ。……楓だけが、ずっと俺の特別」

 顔を近づけると、楓が長い睫を伏せる。
 俺も同じように目を閉じて、二人の距離を埋めた。
 温かくて柔らかな感触に、もう死んでもいいとさえ思う。
 唇を離すと、楓の目の縁に小さな涙が浮かんでいる。それを掬い上げるように目尻にもキスをする。
 「泣かないで」と、泣きそうになりながら囁いて、また唇に唇を重ねた。

 だんだんと深くなるキスに、死んでもいいと思った俺の純情は呆気なく崩壊する。
 楓の舌の濡れた感触とか、楓が漏らす息遣いとか、俺のスウェットをぎゅうと握る細い指とか。
 とにかく楓の全てに、下半身があり得ない早さで反応し始める。
 ――全然まだ死ねない。今死んだら確実に成仏できない。
 角度を変え何度もキスをしながら、楓の頭に手を添えてベッドに押し倒す。
 出来るだけ体重をかけないように覆い被さり、ようやく唇を離した。
 楓はちょっと苦しそうに眉を寄せ、涙が滲んだ瞳で俺を見ている。耳まで赤くしながら。
 見下ろしたその景色に、俺の俺が痛いくらいに準備完了になる。

「楓……していい?」

 耳たぶを軽く噛みながら言うと、楓の身体が震えて、「んん」と甘い声が漏れ出る。
 やばいやばいやばい。脳が溶ける。

「斗真、あ、待って――」
「楓、好き。マジで好き」

 本能が身体を動かしてるみたいに、手が勝手に楓のカットソーの中に潜り込む。
 触れた素肌に、更に脳みそがぐずぐずに溶けて、飢えた動物みたいに喉が鳴る。
 ――ああこれ、死にたくないけど、興奮し過ぎて死ぬかもしんない。
 そんな、目も眩むような激情真っ只中にいる俺の手を掴んで、楓が言った。
  
「マジで待って、斗真。……帰りたい」

 その瞬間、俺の思考も身体も、ピタリと一時停止する。荒ぶっていた全てが、宙へ放り出されたみたいに行き場をなくす。
 ――かえりたい……?かえり……か、帰りたい……?
 頭の中で漢字変換が完了すると、ようやく声が出た。

「…………なぜ?」

 なぜそんな、ひどい仕打ちを……?同じ男として、おあずけの辛さは分かってもらえると思うんだけど……?

「好きな人との初めてが、ラブホとか嫌だ」
「……え?」
「……お前とはちゃんと、家で……ちゃんとしたい」

 楓が半泣きで俺を見上げる。
 ――なんだこいつ……。
 なんで、こんな可愛いの。綺麗でかっこいいのに、こんなに可愛いってどういう仕組みなの。
 そんな、反則にも程があるような可愛いことを、反則にも程がある可愛い顔で言われたら、続行するなんて出来ない。
 なんとか理性をかき集め、精神を集中させる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 【2025/11/15追記】 一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

処理中です...