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 同級生に「放課後に公園でサッカーやるけど来る?」と話しかけられた途端、目や耳や鼻といった五感が、意思とは関係なく、様々な情報を瞬間的に読み取り記録する。
 同級生の声、わずかに跳ねている前髪、Tシャツのキャラクター、香るシャンプーや柔軟剤の匂い。そして、話しかけられた単語の意味や関連する記憶が、脳内で一斉に騒ぎ立つ。
 『放課後』は、通常授業が終わった後の時間のことで、『サッカー』はボールを蹴って相手のゴールに入れ得点を競うスポーツ。公園は、どこの公園だろう。学校から一番近い笹川公園?笹川公園にある遊具は滑り台とブランコと――
 頭の中のアーカイブの中身は溢れるだけ溢れて、いつもうまく整理出来ない。
 だから、「サッカーやる?」という簡単な質問に対しても、さまざまな情報や記憶が嵐のように交錯して、「あ、え、と、あ」と意味のない言葉しか出てこない。
 ――壱弥くんって何言ってるかわかんない。
 ――気持ち悪いよね。
 ――あいつ馬鹿だから誘わなくていいよ。
 学校に通い始めて一月もたつと、遊びの誘いもなくなった。だんだんと学校からは足が遠のき、近所の公園や土手で過ごすようになった。
 勉強も、遊びも、普通に話すことも、同級生たちと同じように出来ない自分が悲しかった。
 毎日は孤独で、一人ぼっちで、苦しい。けれど、壱弥の心には一つだけ光があった。
 ――バルドル。
 美味しいサンドイッチと、柔らかいマフラーをくれた。美しくて優しい、俺の神様。
 彼が壱弥の希望だった。彼のことを考えている時間は、気持ちが温かくなる。寂しくない。
 たけさんが持っていた『北欧の神々の物語』という本の、バルドルのページを毎日眺めて過ごした。 
 十二歳の時、義務だというバース検査を受け、フィアラル・アルファと診断された。
 フィアラル・アルファの特性が、身体能力の特化と低い知能ということを聞いて納得した。なぜ自分は普通じゃないんだろう?という疑問の答えをもらったら、少し気持ちが楽になった。
 十五歳で施設を出てからは、都の援助で家を借り、主に肉体労働の派遣仕事をして金を稼いだ。建築現場や道路工事などの力仕事は、学校の勉強よりも頭を使わない分、自分に合っていると思った。
 脳みそのオーバーヒートも、少しずつコントロールできるようになった。
 きっかけは、派遣会社の事務所で見た『パソコンの使い方』という子供向け教育番組だった。
 その番組で「保存したデータを整理するには、データを分けるフォルダを作ろう。フォルダには名前を付けておこうね。そうすれば、必要なデータをすぐに見つけて作業できるよ」と茶色いクマ――もしかしたら犬――のキャラクターが教えてくれた。
 膨大な記憶もフォルダ分けするようなイメージを持つと、使わない情報も整理しやすくなって、今までよりもスムーズに考えたり話したりすることが出来た。
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