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「カラーの素材には、快適性と強度を追求した特殊繊維を使用しています。薄型、軽量、防水性能を備え、日常生活でも違和感なく身に着けていただけます。また、取り外しの出来るチャームやストーンなどの装飾で、様々なシーンに合わせて使い分けが可能です。今日は、魅力的な方ばかりのこの会場に見合うよう、僕は華やかなクリスタルビジューを選んでみました」
 響が襟足の髪を軽く上げ、後ろを向くように上半身を動かす。あらわになったうなじ部分には、カラーに着けられたビジューが煌めいている。
 間違いなくこの会場内で――壱弥的には全人類の中で――一番美しく魅力的な男が目を細め、カラーを自慢するみたいに横顔で微笑む。
 壱弥は英司の教えも忘れ、会場内の人達と同じように、ただその姿に見惚れた。
 響を初めて見た時も、バルドルのように美しいと感動したけれど、約十年ぶりに再会した彼はさらにその輝きを増していた。
 響は、壱弥と公園で出会った日のことは覚えていないようだった。
 別にショックではない。人は色々なことを忘れる。それが普通で、どんな些細なことも決して忘れない壱弥が特殊なのだ。
 壱弥の脳はまるで情報保存庫アーカイブが存在しているみたいに、一度見たり聞いたりしたことを機械的に記録し、ひたすら蓄積する。
 物心ついた頃からそんな状態だったから、頭の中には今までの人生全てが、膨大な数の記憶や情報となって詰め込まれていている。
 父親の記憶はない。母親の記憶は、「産まなきゃよかった」が口癖だったこと。彼女は家を空けがちで、壱弥が七歳の夏、ついに全く帰って来なくなった。
 暑さと空腹が限界で、近くの公園で水を飲んでいたところに、ホームレスのたけさんが声をかけてくれた。
 それからたけさんと一緒に過ごすようになった。
 七歳で仲間入りしたホームレス生活は、壱弥にとって悪いものではなかった。同じ路上生活者たちは何かと幼い壱弥を気にかけてくれたし、たけさんと過ごす時間は楽しかった。
 フィアラル・アルファの特性と――その頃は自分がそれであるとは知らなかったけれど――絵本さえろくに読んでもらえなかった環境もあって、壱弥は読み書きはおろか、言葉もうまく喋れなかった。
 そんな壱弥に、たけさんはたくさんのことを教えてくれて、本を読んでくれて、音楽を聞かせてくれた。本の文字が読めた時、童謡を一曲歌えるようになった時、自分の名前を平仮名で書けた時。小さな進歩のたびに、たけさんは優しい笑顔で壱弥を褒めてくれた。
 顔を見るだけで気が滅入ると母親に言われ、部屋の隅で膝を抱え、顔を伏せて過ごしていた毎日よりずっと幸せだった。
 三年ほど続いた路上生活は、たけさんが病気で亡くなり、壱弥が警察に保護されたことで終わりを迎えた。
 児童養護施設に入れられ、同時に小学校にも通い始めたけれど、施設も学校も、たけさんとの楽しい思い出とは対照的にひどく孤独だった。
 身体の成長と共に特殊な頭の働きも活発になり、この頃は人と話すことが更に苦手になっていた。
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