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7.デート

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 今日はいよいよアルフォンソ様とデートの日。  
 
 どこに行くつもりだろう?
 昆虫採集?昆虫博物館?
 
 きっと退屈なデートだわ。アルフォンソ様って昆虫以外の話は苦手そうだもの。

 けれど意外な事に、デートは定番コースの観劇だった。アルフォンソ様がチケットを用意してくれていたのはお嬢様と従者の恋のお話。
 今王都で人気の劇で、ストーリーはありがちだけど出演する役者さんの演技が絶賛されていた。

「わぁ!これ観たかったんです!」

 期待値が低かっただけにこれは嬉しい!

「良かった。僕デートなんて初めてだからジャレットに相談したんだ。ジャレットにはお礼にヘラクレスを贈らないとな」

「ん?『ヘラクレス』って何ですか?」

「キャロラインが見たら怖いだろうね。大きくてカッコいい虫のキングさ」

 その贈り物……ウィスロッド卿は喜びますか?
 飼育場所にも困ると思う……。

「ジャレットに『初デートに昆虫採集を喜ぶ女性なんて100%居ない!』って言われて、観劇にしたんだよ」

 ウィスロッド卿に感謝!

「そうですね。実は私も……昆虫にそれほど興味はありませんわ」

 虫を逃がした姿に一目惚れされたけどね!

「うん。ほとんどの令嬢が虫を毛嫌いするのに、君は冷静で……おまけに窓の外に飛んでいく虫を眺める横顔が気高くて崇高で、一目で恋に堕ちたよ。」

 そんなに素敵横顔で虫を見送ってました??
 そう言えば、木の枝に引っ掛からないかなぁーなんて見ていたかも……。 


 まだ私たちの会話はきごちない。私も異性と話した経験なんて少なくて……その後はほぼ無言で劇場に入って席に着いた。
 二人の間に流れていたギクシャクした空気も、劇が始まれば気にならない。

アルフォンソ様の予約してくれた席は貴賓用に区切られていて、周囲の人から私たちは見えないようになっている。

 人気の演目なだけあって話の内容も役者さんの演技も面白いから、私はたちまち劇の世界に引き込まれていった。






「こういう劇を観るのは初めてだったけど、とても面白かったよ。僕、トーマ(劇中の登場人物、ヒロインのお相手役)の気持ちが凄く解る。共感するセリフも多くて……。人気なのも頷けるな」

 観劇の後はスイーツ店。
 きっとこれもジャレット様のアドバイスかな??
 女性が好きそうなお洒落な店をセレクトしてくれた。
 私たちは観劇の興奮が冷めないまま、二人で劇の感想を言い合っていた。
 
「私もソフィー(劇中の登場人物、ヒロイン)の気持ちを思うと切なくなりましたわ。ふふ、アルフォンソ様がこんな恋愛物を観るなんて意外ですね」

「ああ、恥ずかしい話、僕は青春の全てを昆虫観察に費やしていたからね。君とじゃなきゃ、観劇に来ようなんて思わなかっただろう。こういう体験は新鮮で、意外と楽しくて……僕も驚いてるよ」
 
「私に合わせてくださってありがとうございます」

「当然だろ。母上に婚約披露パーティでエヴァリンの勝手な振る舞いを許してしまったことで散々叱られたよ。ジャレットからは『キャロライン様、アルに興味無さそうだったぜ』なんて言われて目の前が真っ暗になった」

「私たちは結婚して夫婦になるのですもの。ありのままのお互いを見せましょう?別に無理をする必要は無いかと……」

「政略結婚だと割り切られてしまうのが一番辛いよ」

 そう言うとアルフォンソ様は私の目をじっと見つめた。
 確かに私はお金目当ての結婚だし、恋愛感情が無くてもいいか、なんて思ってた。

「僕、夜会は苦手だけど、これからはもう少し周囲に気を配ってキャロラインに嫌な思いはさせないよ。だからもう一度チャンスをくれないか?」

 エーデルワイス様やウィスロッド卿に言われたのだろう。アルフォンソ様はいつの間にか反省しているみたい。
 
 まあ、確かにあの婚約披露パーティは不愉快だった……。けど、そこまで謝られるほどでも無いような……。
 
「ええ、今日は初めてのデートですもの。楽しみましょう。」

  二人で話をしている間も女性客がチラチラとアルフォンソ様を見ている。流石は社交界一のイケメン。注目度が半端ない。

 日の当たる場所で見るとアルフォンソ様の髪は少し青みがかった白銀。瞳も海の底のように深い蒼だから、笑わないと冷たい印象。
 だけど今、私の前で眦を下げて柔らかく微笑む姿は永久保存したいほど尊い。

 周囲の女性も自分の恋人そっちのけでアルフォンソ様に釘付け!

 そんなイケメンと一緒に居る私はダメージが半端ない。『何この冴えない女』なんて思われてそうだ。

 そんな事を考えていたら二人の前にこのお店のイチオシ、アップルパイが運ばれてきた。

「わぁ!美味しそうっ!」

 流石、人気店!艶々光るリンゴのフィリングの甘酸っぱい香り。パリっときつね色に焼けたパイ生地は見た目だけでサクサクなのが分かる。

 するとアルフォンソ様はアップルパイを一口大にしてフォークの先に乗せ、私の前に差し出した。

 なに?このいきなりの展開……。

「はい。キャロライン、食べて」

「えっ?ええ?」

「はい。いいからあーん」

「あーん」

 『あーん、パックン』じゃないっ、私! 
 ここはお店の中……。
 顔を動かさず目線だけで周囲を見渡すと……。

 やっぱり……。大注目されてるじゃない。

(あの男性……氷の貴公子じゃない?夜会の時とは全然表情が違うわ。見て、あの蕩けるような笑顔)
(先日婚約したって聞いたけど、あの人が婚約者なのかしら)

 貴族令嬢に人気のこのお店。ヒソヒソ話が聞こえてくる。
 きっと数日後には令嬢たちの噂になっているだろう。

 アルフォンソ様は私と恋人っぽい事をしたかったらしく、お互いに食べさせ合うのがしたいっておねだりされた。

 恥ずかしくて真っ赤になった私に、「キャロラインのその表情可愛い」なんて、同じぐらい真っ赤になったアルフォンソ様が笑う。

「キャロライン震えてるね。頑張って」

 彼に食べさせようとアップルパイを乗せたフォークがガタガタ震えた。

 お互いに照れまくって食べさせ合ったアップルパイの味。折角の有名店なのに、その美味しさを感じることは無かった。

 婚約披露のパーティで出来なかった『あーん』
 だけど、今日のこれは何倍も恥ずかしい記憶になった。




 

「次はジュエリーを買いたいんだ」

 どうやらアルフォンソ様は、ジャレット様に教えてもらった定番のデートコースを楽しみたいみたい。次に向かったのは宝石店だった。

「これなんてどうかな?キャロラインに似合うと思うんだけど……」

 アルフォンソ様は大きな石の入ったペンダントを見せてくれた。その石はアルフォンソ様と同じ深い蒼。

「こんなに大きな石……高そう……。いいのですか?」

「うん。キャロラインは僕の大切な人だからね。昔から自分の色を恋人に身に付けてもらうのに憧れてたんだ。」 
  

 恋愛初心者の私たちは、恋愛ハウツー本も真っ青のデートの定番コースを歩いた。
 これが意外に楽しい。共通の話題が少ない私たちには定番コースって有難い。
 
 アルフォンソ様は氷の貴公子なんて呼ばれてたけど、自分の感情に素直だから真っ直ぐに好意を伝えてくれる。
 だから私も自然に意識して……。
 恥ずかしくも嬉しいデートになった。

 
    
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