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12.昆虫採集
しおりを挟む「おかあさーーんっ!蝉が取れたよ!」
長男のルキウスがアルフォンソ様そっくりの青みがかった白銀の髪を振り乱して元気に駆けて来た。
高く掲げた手には蝉が!
「お父様が手伝ってくれたの?良かったわね。……あれ?お父様は?」
額に滲んだ汗を拭ってあげながら、アルフォンソ様の姿を探した。
「お父様はあっち」
ルキウスの指す方向を見ると網を持ったアルフォンソ様が真剣な顔で木を見上げていた。
「僕に全種類の蝉を取って見せてくれるんだって!」
「まあ!」
ナンダソレ?
やけに時間が掛かっているかと思ったらそういう事か……。
ルキウスはちょっと疲れたのか用意した果実水を飲みながらサンドイッチにかぶりついている。
時々家庭教師との勉強をさぼったり我が儘を言うこともあるけれど、好奇心旺盛でやんちゃ盛りのルキウスは私とアルフォンソ様の宝物。
アルフォンソ様は結婚した後も私の前では昆虫の話をしなかった。だから時々彼が昆虫オタクだってことは忘れてしまう。
私の見えない所で研究は続けていて、我が領土でも養蚕業が盛んになりつつあった。
息子のルキウスは6才になり、最近お父様との昆虫採集に励んでいる。
帽子をかぶって虫籠と虫取り網を持った二人はとても侯爵家の跡継ぎには見えない。
まあ、親子して楽しそうだからいいけど……。
こうしているとアルフォンソ様が『氷の貴公子』と呼ばれていたことなんて忘れてしまう。私と共に出席する夜会では表情が柔らかくなったと評判だ。
けれど人間関係が苦手なのは変わっていない。私が居ない夜会では話し掛けられるのを警戒して表情が硬くなるから『氷の貴公子』に戻るらしい。私はそんな姿見たことないけど……。
「奥様、ウィスロッド卿がいらっしゃいました」
「ありがとう。庭園に案内して」
ウィスロッド卿も結婚し、息子のフレディ君と一緒によく遊びに来る。フレディ君はルキウスより一つ年下でいつもルキウスの真似っこをして遊んでいる。
「ジャレットが来たのか?」
「ええ。今庭園に案内して貰ったわ」
「アル、お邪魔するよ!フレディがルキウス君と遊びたいって聞かないんだ。」
「ああ、よくきたな。ゆっくりしていってくれ」
アルフォンソ様はウィスロッド卿の前では独占欲が爆発するらしい。ウィスロッド卿とフレディ君が庭園に入ってくると、私の腰に手を回しぐっと引き寄せた。結婚して何年も経つのにそんなに見せつけなくていいと思う。
「アル!溺愛具合は相変わらずだな」
「もちろんさ。僕の愛しい妻が心変わりしたら大変だからね。」
そう言って私の髪に口づけを落とす。フレディ君も居るんですけど……。
彼はウィスロッド卿がいる時は私のそばから離れない。そんなに心配する必要ないのに。
★★★
「そういえば、王宮でガガオーイ辺境伯に会ったよ」
ある日、アルフォンソ様が王宮から帰ってくると、珍しい名前を口にした。
「ガガオーイ辺境伯?……まあ、エヴァリン様はお元気なの?」
「ああ、君への手紙を預かってきた」
封筒の中には招待状と綺麗に畳まれた便箋が入っていた。
便箋はなんと5枚。文字がびっしりと書いてある。
「ふふっ」
「何て書いてあるんだい?」
「今、エヴァリン様は昆虫食を研究なさってるんですって」
「ああ、ガガオーイ辺境伯から聞いたよ。あまりの虫の多さに怒りが爆発したようだ。嫁いで暫くは虫が多くて落ち込んでいたけど、もうすっかり立ち直っているそうだよ」
え?怒りが爆発?
それで昆虫を食べようと思ったの?
エヴァリン様らしいかも……。私にはちょっと思い付かない。
手紙の文面は彼女らしさで溢れていた。
(貴女も昆虫ぐらい食べれるようになった方がいいんじゃない?領主夫人としてそれくらいの覚悟は必要よ。昆虫食について教えてあげるから勉強会にいらっしゃい)
なんて上から目線。
この招待状はそういう事か……。
まあ、確かに……。
ガガオーイ領なら昆虫には困らないかもしれない。
「ガガオーイ領主夫人主催の昆虫食の勉強会の招待状が入ってるわ」
私はエヴァリン様が逞しく昆虫を調理している姿を思い浮かべながら、手紙の返事を書いた。
「何て書いたの?」
「身重だから出席は出来ないのでまた別の機会にって」
私は今二人目を妊娠中。やっと悪阻が治まって安定期に入っていた。
「まさかエヴァリンが虫を食べるなんて思わなかったよ。特に辺境に生息している蛾の幼虫は栄養豊富らしいね。王都にいる他の貴族にも案内を出したって言ってたな。エヴァリンはこれから昆虫食を王都に流行らせたいみたいだ」
「昆虫食の案内を他のご夫人にも?」
「ああ、ガガオーイ辺境伯は年の離れた妻が可愛くて仕方ないみたいだね。『田舎町に慣れようと一生懸命なんだ』って惚気られたよ」
「エヴァリン様幸せそうね」
マウント癖も治ってないみたい……。
さて、王都のご夫人が昆虫食の勉強会になんて行くかしら……?
きっと気持ち悪がられるわ。
王都での流行を狙ってるみたいだけど、今の王都の流行は『マカロン』ってお菓子。色とりどりで可愛いくて店にはいつも行列が出来てる。
エヴァリン様のことだからきっと王都のご夫人に昆虫食を披露して自慢したいのだろう。昆虫食なんて珍しいから……。
王都のお洒落なご夫人方が昆虫を受け入れられるなんて思わない。いくら栄養豊富でも『マカロン』が流行している王都で『昆虫食』なんて……。
そして、私の予想通り、エヴァリン様の企画した昆虫食の勉強会に人は集まらなかったみたい。
だけど、どうしても注目されたい彼女は年に一度王宮舞踏会で奇抜なファッションを披露している。
昨年は昆虫の翅を模したドレス。一昨年は『トンボ』の目に着想を得たという眼鏡。
今年は赤と緑の『ムカデ』にそっくりのブーツを履いてきたみたい。私は悪阻で出席してなかったからそのブーツは見ていないけれど……。
今貴族令嬢の間ではパステルカラーのドレスが流行っているから、その中で『ムカデブーツ』はさぞかし目立っただろう。
王都に居ないせいか、彼女のアイデアはどれも王都の流行からかけ離れている。
まあでも、昆虫をモチーフにするあたりなんだかんだと本当に昆虫好きになったみたいで良かったと思う。慣れないと大変だもの。
辺境の人々の目には、王都から来た令嬢が辺境に馴染もうと健気に頑張っているように見えるらしく、領主夫人としては人気みたい。
エヴァリン様からは時々手紙が来る。根本的に変わらない彼女だけど、手紙でのやり取りしかしてないからマウントもそんなに苦痛じゃない。
「エヴァリンは君に嫌味ばかり言ってただろう?手紙は嫌じゃないのか?」
アルフォンソ様は私の顔を心配そうに覗き込む。
「うん。彼女に不幸になって欲しくはないの。エヴァリン様が幸せそうで良かったわ。」
「僕の妻はそういう所が素敵だね」
アルフォンソ様は身を屈めるとそのまま軽く唇を合わせてきた。
「な、な、何?」
不意打ちのキスに驚いて周囲を見回し、誰も見てないか確認した。慌てている私を見てアルフォンソ様が笑う。
「いつまでも恥ずかしがるキャロルが好きだよ」
「も、もう、こんな場所で……」
人前でのイチャイチャが平気な彼にとってはいつもの事だけど、私は恥ずかしくてしょうがない。
「キャロルは?」
「ん?」
「僕のこと好き?」
そんな風に甘えられて答えない訳にもいかない。
「好きよ。アルだけが好きだわ」
背伸びしてそっと耳元で囁くと、彼は満足したのか私をギュッと抱きしめた。
遠くからルキウスの呼ぶ声が聞こえる。きっと昆虫を捕まえたのかもしれない。
お金目当てで結婚したけど、『氷の貴公子』に溺愛されて私は幸せです。
ーー(完)ーー
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応援してまーす🎵
マウント取りたがりなだけですごい嫌な娘というわけではなかったからエヴァリン嬢も幸せになれてよかったね。
Legi様~💖
感想ありがとうございます💐
そうそう、マウント取りたがりなだけです😆
年上の包容力のある人に嫁ぎましたo(^-^o)(o^-^)o