微笑みの貴公子に婚約解消された私は氷の貴公子に恋人のふりを頼まれました

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「ヴィア、会いたかった」
 
 シリルは私を抱きしめてほっと息を吐いた。
 まるで離れ離れの恋人同士が再会した時みたいなシリルの態度が大袈裟で……。
 ちょっと呆れたように笑いながら、彼を見上げた。

「ほんのニ週間じゃない?もうすぐ結婚するんだから、嫌でも一緒に居ることになるわ」

 明後日はいよいよ結婚式。
 私もシリルも忙しくて、最近二週間は会えなかったし、デートだって随分長く出来ていない。

 今日も本当は忙しいらしいが、シリルから王宮に出仕する前にどうしても会いたいって連絡が来た。だから、朝早くに起きてこうして我が家の庭園でひっそりと会っていた。

「会いたかったのは僕だけ?」
「違う、違う。私も会いたかったけど……」

 シリルがわざと拗ねたように唇を尖らせた。
 
「けど?なに?」
「ちゃんと寝てる?身体を壊しちゃうわ。無理しないでね?」

 シリルは結婚休暇を長めに取得すると言って、滅茶苦茶忙しい日々を過ごしていた。
 王宮でもその仕事ぶりは話題になってて、『氷の貴公子』は実は複数人居るんじないかと噂になっているらしい。王宮の至る所で彼の姿を見かけるそうだ。

「心配してくれて嬉しいよ。僕、結婚式までは絶対に倒れないから安心してて」

 いや、その後も倒れてもらったら困るんですけど……、なんて心の中で突っ込む。だけど余計なお小言は止めて、この時間を癒やしの時間にしてあげようと思い直した。

「じゃあ、少し散歩しましょう?」
「ああ」
 
 私の方からシリルの手を握った。こうやって繋ぐとシリルの手ってゴツゴツしてて大きくて、私とは違うなぁなんて思う。
 シリルは私にされるがまま。私と並んで歩きだした。
 
 朝の澄んだ空気は清々しくてちょっと冷たい。自分から繋いだ手がちょっと照れくさくて、腕をブンブン振ってあるいた。

「シリル、ちゃんと寝てる?」
「うん」
「食欲は?」
「あるよ」

 これじゃあ、母親みたいじゃないか!
 なんて思いながらも他愛も無い質問をしながら歩いた。朝早すぎるからまだちょっと寝呆けているのかもしれない。

グラディウス公爵家うちに嫁ぐ覚悟は出来た?」
「うん」
「使用人にも慣れた?」
「うん、仲良くなれそうよ」
「僕と結婚する心の準備は?」
「……うん。大丈夫」
「ホント?」

 シリルが急に立ち止まるから、私は繋いだ手を引かれるみたいにして一緒に立ち止まった。
 彼は何だか思い詰めたような緊張したような表情で……

「どうしたの?」
「……結婚式の……誓いのキス。練習……しておかない?」
「……え、、」

 真っ赤な顔をして、恥ずかしそうなシリル。そんな彼は珍しくて目をしばしばと瞬いた。

「何だよ。初めてなんだ。仕方ないだろ」

 拗ねたようにそっぽを向いて……

「初めてなの?」

 ラナンクルスの留学中にそういう経験はあるのかと思ってた。だから全部おまかせなんて思ってたのに……。

 シリルが初めてなんて嬉しい反面、私も経験が無いから不安になった。

「私も初めてだから……」
「え?」
 
 実はアンドレア様は結婚式にファーストキスを夢見ている。だから、長く婚約はしていたけれど私には何の経験値も無い。

「嬉しい。僕、結婚式で上手くキスしたいから、練習……いい?」
「う、うん」

 両肩に手を置かれ、シリルの顔がゆっくりと近づいてくる。
 え?え?もう、目を閉じて良いのかな? 
 近い、近い、近い

 目を閉じるタイミングを失って、近づいてくる唇を避けるみたいにのけ反ってしまった。

「……ヴィア……?」
「ご、ごめんなさい。き、緊張して……」
 
 ちょっと不満そうな顔をしているシリルの目の前に、人差し指を翳した。

「い、1秒だけ。初めてだから、ね?」

 練習だし、いきなり長いのは困る。一瞬だけ、一瞬だけなら、なんとかなる!

「誓いのキスだよ?」
「う、うん。分かってる。1秒は最初だけ。ね?慣れさせて!」

 しぶしぶ了承したシリルは気を取り直して私に向き合った。は、恥ずかしい。

「ヴィア、目……閉じて」

 ギュッと目を閉じる。温かい手が頬に沿うように当てられ上を向かされた。
 この無防備な顔をシリルに晒すのは恥ずかしい。大きく鼓動が鳴り、彼に聞こえてしまわないか不安。
 
 何かがぷにぷにと唇に触れすぐに離れた。
 
 あ……っ。終わったんだ。
 
 そう思って目を開け、シリルに声を掛けようとした瞬間、彼の唇が私の唇を塞いだ。

「んっ」

 さっき唇に触れた感触とは違う。温かくて柔らかい。
 ドキドキしていたのに、何だか幸せで……ゆるゆると眦を落とし再び目を閉じた。

 たっぷり、1秒以上キスしてたと思う。
 気持ち良さとは別に息が苦しくて……そっと彼の胸を押したらようやく唇が離れた。

「ふはぁー、……な、長い……っ」
「ご、ごめん。なんか、離れがたくって」

 見たこともないぐらい真っ赤になったシリル。こんなに人間って赤くなるんだ、なんて思ってある意味感心した。
 シリルの緊張が伝わるから、私のドキドキは少し落ち着いたみたい。けれどシリルはそんな真っ赤な自分の顔が見えないように、私の頭を胸に抱えるようにして抱きしめた。
 
 (シリルってちょっと可愛いかも)なんて思いながら、彼の胸の中でクスクス笑った。

「ヴィア、もう一回、練習させて?」

 抱きしめられたままそう言われて……

 顔を上げたら再び口づけを落とされた。

 
 
 
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