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フェルナンド殿下の来訪一回目
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国境を越え、隣国タザに来ていた。
ここは宗教国家で、光の乙女はこの国でも人気がある。
シイネさんが長距離の馬車での移動で腰を痛めたため、今日は私は宿で留守番とシイネさんの世話をする事になった。
「シイネさん、これお医者様から処方していただいた痛み止めだそうです。」
「ありがとう。迷惑掛けるわね。リリアさん。」
昨夜痛みで眠れなかったシイネさんに、セインが薬を持ってきてくれたので、水を用意して一緒に服用してもらう。
セインとユウはこの国の人とも商談があるようで、二人で出掛けていた。
トントン
シイネさんの湿布を貼り変え、彼女が眠った事を確認し、ゆっくり休んでいると扉をノックする音が聞こえた。
「セイン、早かったのね。」
慌てて扉を開けると、見慣れない外套を羽織りフードを被った男が立っていた。
男がフードを取って顔を見せる。
「殿下!!」
フェルナンド殿下が唇に指を立てて、声を上げないように手振りをしたので、咄嗟に声を押し止めた。
余計な騒ぎを起こしたく無かった。シイネさんは奥の部屋でぐっすりと眠っている。
殿下の後ろには護衛が控えているのが見えた。
仕方がないので殿下だけに部屋に入って貰った。
「どうぞ。」
「ああ。」
「お茶を淹れますわ。」
「ありがとう。」
宿の小さなキッチンでお湯を沸かす。
コポコポコポ
無言のなか、お茶を淹れる音だけが響く。
室内を気まずい空気が包む。
「どうぞ。」
カチャリ
「ああ、すまない。」
私はそれぞれの前にお茶を置くと殿下の前の椅子に座った。
「ご用件は何ですの?」
「謝りに来た。これまでの私の行動はどうかしていた。舞踏会での婚約破棄の件も…。」
「もういいですわ。終わった事です。」
努めて感情的にならないように、声を押さえて静かに話した。
「ロリィは妃としての役割は無理だろう。リリアベールは冤罪だったと公表する。だからこれまで通り支えて欲しい。正妃は無理だが、側室として。」
「は?」
「正妃になれないのは悪いが、国民的な人気を誇るロリィとの婚姻は阻止出来ない。側室とはいっても事実上の正妃の扱いにする。」
「嫌です。」
フェルナンド殿下は眉を下げて頬をポリポリと掻いた。
「どうしても正妃がいいのか。困ったな。しかし安心して欲しい。私のロリィへの想いは覚めた。私はどうかしていたんだ。今はリリアベール一筋だ。」
私の手を取って熱の籠った視線を向ける。触られた事が気持ち悪くて、ゾワリと鳥肌が立つ。
「嫌です。大体、大衆紙にも随分なスキャンダルとして報じられています。今更なかった事には出来ませんわ。冤罪などと公表したら、王家の威信は地に落ちます。国民からの信頼をどう取り戻すのです?」
私はそっと手を抜くと、もう触られないように膝の上に手を置いた。
「あー、リリアベール、君は……こんな目にあってもまだ私の事を心配してくれるのかい?」
この人は何を勘違いしているのだろう?
「分かった。何とか解決出来るよう努力するよ。グリフィール公爵も君を勘当した事を後悔して、居場所を探している。」
「家に戻るつもりもありませんわ。」
私の答えが意外だったのか、殿下は心底驚いたように目を丸くする。
「何を?まだ怒っているのか?そうなんだな?」
断られるとは思っていなかったのだろう、初めは穏やかでゆっくりしていた殿下の口調も徐々に早く、強くなってくる。
「貴族の令嬢だった君がどうやって生活していくと言うんだ!意地を張っていないで戻ろう。」
「嫌ですわ。わたしくしは選んで此処にいるのです。」
「お金はどうするんだ!君の好きなドレスも宝石も平民の生活では買えやしないんだぞ!」
「私はドレスも宝石も好きではありません。王妃様から殿下に見劣りしないように言われていただけです。」
「母上が……。」
「お妃教育なんて名ばかりの嫁いびり、もう受けたくはありません。」
私はそう言って話は終わりだと示すように立ち上がった。
「母上が君に嫁いびり……?お妃教育が嫌なのか?」
「もう臣下ではありませんし、はっきり言います。王妃様に酷く傷付く言葉で罵られたのは一回や二回ではありませんね。」
殿下はショックを受けたようで狼狽えている。
「取り敢えず母上と話し合おう。」
殿下が強引に私の腕を引く。
「止めてくださいっ!!」
ガシャン!!
手を振り払った時に手が茶器に触れて、落ちて割れてしまった。
「「!!!」」
大きな物音に宿の従業員達が気付いたのか、ドアをノックする音か聞こえる。
コンコンコン
「大きな物音がしましたが大丈夫ですか?」
従業員の声にはっと我に返る。
フェルナンド殿下が見つかるのは不味い。
私はドアの隙間から顔だけを出して従業員を安心させるように微笑む。
「大丈夫です。紅茶を入れたカップが割れてしまって。雑巾をお借りしてもいいですか?」
「あ、はい。お怪我はありませんか?」
「はい。大丈夫です。」
従業員はパタパタと雑巾を取りに走って行った。
私は廊下に人が居ないのを確認すると、殿下に帰るよう促す。
「今のうちに。早く。」
「ああ、必ず母上を説得してくる。」
フェルナンド殿下は少し呆然とした様子だったが不穏な一言を残し、その場は帰っていった。
ここは宗教国家で、光の乙女はこの国でも人気がある。
シイネさんが長距離の馬車での移動で腰を痛めたため、今日は私は宿で留守番とシイネさんの世話をする事になった。
「シイネさん、これお医者様から処方していただいた痛み止めだそうです。」
「ありがとう。迷惑掛けるわね。リリアさん。」
昨夜痛みで眠れなかったシイネさんに、セインが薬を持ってきてくれたので、水を用意して一緒に服用してもらう。
セインとユウはこの国の人とも商談があるようで、二人で出掛けていた。
トントン
シイネさんの湿布を貼り変え、彼女が眠った事を確認し、ゆっくり休んでいると扉をノックする音が聞こえた。
「セイン、早かったのね。」
慌てて扉を開けると、見慣れない外套を羽織りフードを被った男が立っていた。
男がフードを取って顔を見せる。
「殿下!!」
フェルナンド殿下が唇に指を立てて、声を上げないように手振りをしたので、咄嗟に声を押し止めた。
余計な騒ぎを起こしたく無かった。シイネさんは奥の部屋でぐっすりと眠っている。
殿下の後ろには護衛が控えているのが見えた。
仕方がないので殿下だけに部屋に入って貰った。
「どうぞ。」
「ああ。」
「お茶を淹れますわ。」
「ありがとう。」
宿の小さなキッチンでお湯を沸かす。
コポコポコポ
無言のなか、お茶を淹れる音だけが響く。
室内を気まずい空気が包む。
「どうぞ。」
カチャリ
「ああ、すまない。」
私はそれぞれの前にお茶を置くと殿下の前の椅子に座った。
「ご用件は何ですの?」
「謝りに来た。これまでの私の行動はどうかしていた。舞踏会での婚約破棄の件も…。」
「もういいですわ。終わった事です。」
努めて感情的にならないように、声を押さえて静かに話した。
「ロリィは妃としての役割は無理だろう。リリアベールは冤罪だったと公表する。だからこれまで通り支えて欲しい。正妃は無理だが、側室として。」
「は?」
「正妃になれないのは悪いが、国民的な人気を誇るロリィとの婚姻は阻止出来ない。側室とはいっても事実上の正妃の扱いにする。」
「嫌です。」
フェルナンド殿下は眉を下げて頬をポリポリと掻いた。
「どうしても正妃がいいのか。困ったな。しかし安心して欲しい。私のロリィへの想いは覚めた。私はどうかしていたんだ。今はリリアベール一筋だ。」
私の手を取って熱の籠った視線を向ける。触られた事が気持ち悪くて、ゾワリと鳥肌が立つ。
「嫌です。大体、大衆紙にも随分なスキャンダルとして報じられています。今更なかった事には出来ませんわ。冤罪などと公表したら、王家の威信は地に落ちます。国民からの信頼をどう取り戻すのです?」
私はそっと手を抜くと、もう触られないように膝の上に手を置いた。
「あー、リリアベール、君は……こんな目にあってもまだ私の事を心配してくれるのかい?」
この人は何を勘違いしているのだろう?
「分かった。何とか解決出来るよう努力するよ。グリフィール公爵も君を勘当した事を後悔して、居場所を探している。」
「家に戻るつもりもありませんわ。」
私の答えが意外だったのか、殿下は心底驚いたように目を丸くする。
「何を?まだ怒っているのか?そうなんだな?」
断られるとは思っていなかったのだろう、初めは穏やかでゆっくりしていた殿下の口調も徐々に早く、強くなってくる。
「貴族の令嬢だった君がどうやって生活していくと言うんだ!意地を張っていないで戻ろう。」
「嫌ですわ。わたしくしは選んで此処にいるのです。」
「お金はどうするんだ!君の好きなドレスも宝石も平民の生活では買えやしないんだぞ!」
「私はドレスも宝石も好きではありません。王妃様から殿下に見劣りしないように言われていただけです。」
「母上が……。」
「お妃教育なんて名ばかりの嫁いびり、もう受けたくはありません。」
私はそう言って話は終わりだと示すように立ち上がった。
「母上が君に嫁いびり……?お妃教育が嫌なのか?」
「もう臣下ではありませんし、はっきり言います。王妃様に酷く傷付く言葉で罵られたのは一回や二回ではありませんね。」
殿下はショックを受けたようで狼狽えている。
「取り敢えず母上と話し合おう。」
殿下が強引に私の腕を引く。
「止めてくださいっ!!」
ガシャン!!
手を振り払った時に手が茶器に触れて、落ちて割れてしまった。
「「!!!」」
大きな物音に宿の従業員達が気付いたのか、ドアをノックする音か聞こえる。
コンコンコン
「大きな物音がしましたが大丈夫ですか?」
従業員の声にはっと我に返る。
フェルナンド殿下が見つかるのは不味い。
私はドアの隙間から顔だけを出して従業員を安心させるように微笑む。
「大丈夫です。紅茶を入れたカップが割れてしまって。雑巾をお借りしてもいいですか?」
「あ、はい。お怪我はありませんか?」
「はい。大丈夫です。」
従業員はパタパタと雑巾を取りに走って行った。
私は廊下に人が居ないのを確認すると、殿下に帰るよう促す。
「今のうちに。早く。」
「ああ、必ず母上を説得してくる。」
フェルナンド殿下は少し呆然とした様子だったが不穏な一言を残し、その場は帰っていった。
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