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いち
しおりを挟む『お前の血が俺に流れていると思うと反吐がでる。お前なんかを母親とは認めない!』
私は我が子にそう言われた。
~・~・~・~・~
私の名前はイーリス。
アースウェル公爵家に生まれ、政略結婚でこの国の王太子であるヒューバート殿下に嫁いだ。
本来なら王太子妃として、公務をこなさなければならない立場。けれど跡継ぎである息子ザッカリーを出産後、私の住まいは離宮へと移された。
侍医の話では私は流行り病に罹患したそうだ。
まだ乳飲み子である我が子に会うことも許されず、薬を飲んで療養し、もう15年。
何度も我が子に会いたいと訴えた。けれど、侍医からの許可は下りず……。薬のお蔭で何とか命を永らえ離宮で孤独な日々を送っていた。
この国では15歳で成人として認められ、王族である息子は公務に参加することになる。
私はどうしても立派に成長した我が子の姿が見たくて、一目だけでも会いたくて、離宮を抜け出した。
「ザッカリー!!」
我が子の名を呼ぶ女性の声が聞こえて、思わず振り向くと、そこには夫ヒューバート殿下によく似た少年が……。
「……ザッカリー?……もしかして……」
私は肺の流行り病に罹っているから、遠くから彼の姿を眺めた。殿下にそっくりに育ったザッカリーはスラリとした長身の美しい少年だった。
赤ちゃんだった我が子の逞しく成長した姿。あんなに弱々しく泣いていたのに……。
すると、彼を呼んだ声の主が姿を表した。それは私も夫もよく知る人物。
「……カサンドラ様?何故王太子宮に?」
胸がざわざわして、嫌な予感がする。
私は会話が聞こえるようにこっそりと二人に近づいた。
カサンドラ様はヒューバート殿下の元恋人。
二人は別れたはずだったのに……。
「母上……」
え?ザッカリーは今彼女の事を母と呼んだ?
何故……?
「カサンドラ様、どういうこと?」
私は我慢出来ずに彼女の前に姿を見せた。
「イーリス様……っ!」
彼女は口元に手を当て、明らかに動揺していた。
「何故、ザッカリーが貴女を『母上』と呼ぶの?」
私がカサンドラ様に強い口調で詰め寄ると、ザッカリーは彼女を庇うように前に立ち、私を睨んだ。
「あんたが俺を産んだ母親か……?」
息子が私を見る目は、久しぶりに会えた母に向けるものでは無い。そしてカサンドラ様を私の視界から隠すようにその背へと庇った。
「近づくなっ!あんたの悪行は父上に聞いているよ。カサンドラ様を毒殺しようとした事も……。父上から王太子妃という立場を良いことに横暴な振る舞いを続けるあんたを離宮に軟禁したと聞いている。」
「違うわ。私は……流行り病で……」
「それは表向きさ。あんたの実家は公爵家だったから配慮せざる得なかったんだろ!」
「私はカサンドラ様を毒殺しようとしたことなんて……。」
「はっ。しらばっくれるのか?俺を育ててくれたのは、母と呼ぶのは、カサンドラ様だけだ。王宮侍女たちに暴力を振るい次々に辞めさせたお前は最低の人間。お前の血が俺に流れてると思うと反吐がでる。お前なんかを母親とは認めない!!二度と俺の前に姿を表すな!」
カサンドラ様は息子の背後でまるで私に怯えるかのように震えている。
「ザッカリー……どうして……私は流行り病に罹って貴方を育てることが出来なかったの。ごめんなさい。」」
「白々しい。俺が将来国王になるからって近づいてくるアースウェル公爵と同じだ。『公爵もお前の母親は流行り病で仕方なくお前を育てられなかった。しかし、優しい母親の事を覚えておいてくれって。お前には紛れもなく公爵家の血が流れてる』って言ってきた。恥知らずはお前も公爵も同じだ!カサンドラ様はお前を庇ったんだぞ!」
「私を庇った?」
「お前がカサンドラ様に毒を盛ったことだ。カサンドラ様は慈悲深いからあんたを助けてって父上に頭を下げたそうだ!俺が何も知らないと思っているのか?」
「そんなっ。何かの間違いだわっ!」
全て初めて聞く内容で……私は混乱していた。取り乱しザッカリーに縋ろうとする私を駆け付けて来た騎士たちが制止した。
「イーリス様、ザッカリー殿下にこれ以上近づかないでください」
王太子宮の騎士たちは私の両脇に立った。そして目の前を剣で塞がれ行く手を阻む。
騎士たちの言葉遣いは丁寧だが、私はまるで罪人のように離宮へと連行された。
どうして?
いつの間に、こんな事になっていたのだろう。
まるで憎い相手を見るような鋭い視線。私を「あんた」と呼ぶその態度。
カサンドラ様は私の生んだ息子を育て、彼に自分の母親は悪女だと信じ込ませたの?
ヒューバート殿下は?
どうしてザッカリーにそんな事を言ったのだろう。
彼に宛てた手紙は?返事は?
私が失意で呆然とする中、騎士たちは私を元の部屋へと連れて行った。ドンっと背中を押されよろけて部屋に入ると、背後からカチャリと鍵が掛けられる。
「本当に監禁されてるみたい……」
今までは離宮内なら自由に出歩くことが出来た。なのに……。
頭の中が混乱してぐるぐるする。いつからカサンドラ様は王太子宮に……?
私は本当に病気なの?
でも離宮に来てからずっと身体は怠くて眠ってばかりいた。
いまもふわふわしていてまるで悪夢の中にいるみたい。
私は部屋の窓を開け、バルコニーに出た。ここは離宮の最上階だから、星空が近くに見える。
もう、ここから出たい。自由に外で歩きたい。
誰も信用出来ない。殿下も、侍医も、侍女たちも……。
私には希望が見えない……。
何より、息子に言われた言葉に胸を抉られた。
「私が居ない方があの子も楽になるのかしら?」
真実はどうであれ、ザッカリーが私の血を恥じている以上、私は必要ない存在だ。
バルコニーの手摺は低くて……足を掛ければ私でも飛び降りることは可能だろう。
「お父様、お母様、お兄様、ごめんなさい」
私は思いきって空中に身を投げ出した。
「……うぅ……」
全身に激しい空気の抵抗を感じながら衝撃に心を備えた。
ん?
落ちるまでこんなに何秒も掛かる?
いつまで経っても落下の衝撃は訪れず……すると、突然温かい空気に包まれ……ふわりとした浮遊感に私は目を開いた。
「……ぁ」
ずっと掛けていた一つ石のネックレスは公爵家の秘宝。その石が淡く光り私を引き上げるように宙に浮かんでいた。
そして突然……
「きゃあっ!!」
目の前が白く発光し……同時に私は意識を失った。
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