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じゅういち
しおりを挟む私は離婚して、アースウェル公爵家の屋敷に戻っていた。
クリフと過ごす毎日は幸せ。顔を見るたび愛しさで胸の奥がギュッとなる。ふっくらピンクのつるつるほっぺを見ながら、毎日毎日何回も「あー、可愛い」って言っちゃう。
私は乳母に任せること無くほとんど全ての世話を自分でしていた。だってクリフと一緒に居られることが幸せなんだもの。
時間が巻き戻る前、ザッカリーに沢山手編みの帽子や靴下を編んだ。離宮の部屋で『ザッカリーはどれくらい大きくなったのかしら』なんて想像しながら、色んな大きさの靴下を編んでみたりした。
けれど、とうとうそれを身に着けたザッカリーを見ることはできなくて……。
だから今はクリフが着る物を作ることが楽しい。
私の手編みの帽子を被ったクリフはその大きなくりくりした目を輝かせてにっこりと微笑む。
「うん。赤色も似合っていたけど、青色も悪くないわね」
「クリフ坊っちゃんは何色でもお似合いですわ」
「ふふ。そう思う?親の欲目かと思ったわ」
今は寒い季節に向けて防寒着を編んでいた。クリフにとって初めての冬。雪を見たらきっと目を丸くして驚くだろう。
「イーリス様。レガンド様がお見えです」
「有難う」
アースウェル公爵邸に戻ってから、レガンド様はよく非番の日に我が家に訪ねてきていた。
私の軟禁に関わった人は全員捕まったけれど、家が没落して逆恨みしている人がいたら危険だって、心配してくれている。
お父様も彼の生真面目さは評価しているみたい。
彼はあれからレークス騎士団の一員として王宮の警備を担当している。お父様の話では、レガンド様は元々能力が高かったのに、真面目で正義感の強い性格のせいでヒューバート殿下に冷遇されてきたらしい。彼が正当に評価されて良かったと思う。
「クリフ様、また少し重くなりましたね」
入ってきたレガンド様はクリフを高く抱き上げた。クリフは高い景色が嬉しいのかきゃっきゃっと楽しそうに笑う。
「イーリス様、また来てしまい申し訳ありません。お邪魔ではありませんか?」
「いいえ、レガンド様とお話するのは楽しいですもの。クリフも懐いてますし……」
彼は自分の気持ちを隠さない。だからこうやってじっと見つめられると顔が赤くなってしまう。
だけど、彼は名誉あるレークス騎士団の一員。
背も高くて格好いいから縁談は沢山あると思う。私より初婚で適齢の相応しい令嬢がいるだろう。
ジュディは、
「レガンド様はイーリス様に夢中ですね。イーリス様を見つめる瞳の甘いこと甘いこと。お砂糖吐いちゃいそうです」なんて揶揄ってくるからよけいに意識しちゃう。
「今日は非番なのですか?毎日お忙しいのでしょう?」
「ええまあ。レオンハルト殿下が本格的に即位に向けて動き出したので、その準備で慌ただしくはなりましたね」
「そんなお忙しい中……ありがとうございます」
「いえ、俺がイーリス様とクリフ様に会いたくて来ているだけですから……」
彼の真っ直ぐな言葉は本当に嬉しい。
だけど、彼とはこのまま良い友人でいた方がいいと思う気持ちもあった。
レガンド様は夫に裏切られ可哀想だった私への同情を恋と勘違いしているのかも……。
「レガンド様、クリフと遊んでくださるのは嬉しいのですが、噂になってしまいますわ」
「イーリス様はご迷惑でしたか?」
「い、いえ。迷惑というわけでは……ですがレガンド様にも縁談があるのでは?」
こんなに休みの度にここに来ていたら、彼の縁談にも影響が出るだろう。彼はレガンド伯爵家の跡継ぎ。きっとご両親もそろそろ結婚を望んでいるはずだ。
レガンド様に惹かれる気持ちもあるけれど、新しい恋をするのは怖かった。このまま実家でのんびり暮らす方が心が波立たなくて済む。
そんな私の気持ちを見透かしたのか、レガンド様は緊張した表情で背筋をピンと伸ばした。
そしてーー大きく息を吸うと
「俺はーーーー
イーリス様が好きですっっ!!
大好きです!!
良かったら結婚前提にお付き合いしてくださいっ!!」
レガンド様は胸を反らし、私というよりは天に向かって大きな声で叫んだ。
雲一つない青空に乾いた空気。彼の告白は宣誓のように公爵邸の敷地内に響きわたった。
庭師やランドリーメイドたちが何事かというように庭園に集まってくる。
「わ、私は美人でもないですし、出戻りで……クリフだって……」
「俺は、全力でクリフ様とイーリス様、お二人を幸せにしてみせますっ!!」
彼らしい真っ直ぐで清々しい告白。
色々悩んでいたのに……
彼の告白の勢いで、全て吹き飛んだような気がした。
彼と人生を歩むのは素敵かもしれない。
だからーー
「よろしくお願いします」
彼に向かって頭を下げると、彼は拳を高く突き上げた。
「やったーーーーっ!!」
恥ずかしいのに笑ってしまう。
私達は『これからよろしくお願いします』と言って少し照れながら握手を交した。
周囲の使用人たちが拍手で祝福してくれる。
まだ、恋人同士の距離感にはなれないけれど、これから少しずつ二人の距離が縮まれば良いと思う。
彼の大声での告白は屋敷中に働く者が知るところとなり……、当然お父様の耳にも入ったようだ。
「聞いたよ。告白されたんだって?」
お父様は苦笑いしながら、悪戯っぽく私を見つめた。
「正式にレガンド伯爵家から婚約の申し込みがきてるよ。イーリスはどうするつもりだい?」
お父様は分かっているクセに揶揄うみたいに私に聞いてくる
「……お受けしようかと」
「私も彼はいいと思うよ。自分の正義感に逆らえず不器用なところもあるが、そこはイーリス、君がフォローしてあげなさい」
「はい」
お父様はふと真剣な顔になると私に頭を下げた。
「今まで我々の思惑のせいで苦労させてすまなかった」
「お父様……」
お父様が頭を下げるのを見るのは初めてだった。お父様は私を全力で助けてくれたけれど、そもそも殿下と私を婚約させたことを後悔していた。
「私も陛下もヒューバート殿下があれほど愚かだとは思って無かったんだ」
「お父様のせいではありませんわ」
私だって騙されていた。
ヒューバート殿下はいつも優しくて……、あんな事が出来る人だなんて思わなかった。婚約中のカサンドラ様との浮気だって、火遊びだと思ってそんなに追求しなかった。
「今度こそ、幸せになって欲しい」
「はい。けれど、お父様、まだ嫁ぐと決まったわけでは……」
「受けるのだろう?」
「はい」
「じゃあ、彼の行動は早いだろうな。ああいう男は決めたら一直線だから……な」
何も準備せずに勢いで突然告白してしまった事をレガンド様はちょぴり悔やんでいた。
「本当は花束を準備する予定だったのですが、こんな勢いで大切な告白を、すみません」なんて謝っていた。そんな所も彼らしい。
そして告白の翌日、屋敷には大きな花束が届いた。
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