あなたへの恋心を消し去りました

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 ※ジニア視点に戻ります



 

「魔女はね、破滅するような恋をしたとき、この魔法を使うの。きっと生きることが楽になるわ」

 深淵の魔女は、そう言って私の恋心を消し去ってくれました。

 恋心を封印すると、魔女の言うとおりに世界が変わっていました。古びてしまったように、少し色褪せて見える世界。

 私の心は安定し、感情を揺さぶられるようなことはもうありません。

 恋心が消え去ってしまうと、私はどうしてあんなにサミュエル様に尽くそうとしていたのかが理解出来ませんでした。
 恋は盲目と言いますが……恐ろしいものです。
 
 私は恋心に翻弄された以前の自分を憐れだと思うのです。けれど……愚かしいことは分かっていても……彼女も私。

 彼女はサミュエル様が自分以外の誰かと恋愛しても傷付かないように自らの恋心を封印しました。つまり自分の感情を犠牲にしてでも、サミュエル様を自由にさせてあげることを願っていたのです。
 
 私は彼女ーー以前の私の願いを叶えてあげるため、サミュエル様とはお互いに干渉しないことを約束しました。

 今の私はサミュエル様が他の女性と夜を過ごしたとしても、全く気になりません。興味がないのです。

 結婚後は義務的な交わりを経て、ランディーが産まれました。性交渉は目を閉じていれば終わるので、辛くはありません。
 父親に恋愛感情が無くても我が子は可愛い。
 その母性に変わりはなく、惜しみない愛情をランディーに注ぎました。ですが、一般的な母親とは違いどこか冷めた自分もいて、子供の悲しみを我が事のように背負ったり、心配し過ぎて理性を失ったりすることはありません。
 
 サミュエル様はあんなに自由な恋愛を望んでいたのに、真っ直ぐに家に帰ってきます。一般的に言えばとても良い夫で、良い父親でした。



 
 そう言えば、彼は私とキマイラ皇太子殿下との関係を誤解したままです。実は殿下は同性愛者で、私にヴァイオリンを教えてくれていたオスニエルと恋仲にありました。オスニエルがヴァイオリンの修行のため留学していた時に、皇太子殿下と知り合ったそうです。
 もちろん皇太子殿下が同性愛者であることは秘密。ですから、私は隠れ蓑となるよう頼まれていたのです。

「皆の目を欺くため、利用してすまない。君なら噂が立っても大丈夫だと聞いたんだ」

「はい。私は殿下の愛人だと噂になっても構いませんわ。夫とは何も言わない約束ですから」

 愛人を作ることはお互いに容認しています。
 私の婚外恋愛は自由なのですから、サミュエル様には何も説明する必要はありません。もしかして嫉妬心を抱くかもしれませんが、勝手に苦しめばいいのです。

 
 夜会の日も、サミュエル様はいつも私を目で追っています。自分は浮気をしていたのに、私の事を束縛したいのでしょうか?
 どこまでも自分本位な人……。

「先日の夜会で男とずいぶん楽しげに話をしていたが?あの男が君の愛人か?」

「さあ?どなたの事かしら?」

 私は知らないふりをします。
 夜会で他の男性に口説かれていると、心配そうに此方を伺っています。干渉しない約束ですから、何も文句は言いませんが、捨てられた仔犬のように私を見るので少し鬱陶しく感じます。

 ランディーが学園に入学して私の手を離れると、サミュエル様は頻繁に私を旅行に誘いました。

 彼の連れて行ってくれる旅先は景色の美しい場所ばかり。どんなに努力しても、私はかつてのように感動することはありません。
 彼は「私の笑顔を取り戻したい」そう話していましたがもう手遅れです。

 

 そしてランディーが成人を迎えた後、私は病気になり郊外の別荘に移り住みました。

 遺された時間はもう僅か。私は好きなように過ごすことにしました。

 もう円満な夫婦を演じる必要もないでしょう。サミュエル様に気を遣うことは止めにして、彼の面会は断りました。気楽に過ごしたいのです。

 私は彼に日記と手紙だけを遺します。

 彼が後妻を迎えやすいよう、私の私物は全て処分しました。プレゼントも姿絵もランディーに遺すもの以外は燃やすように使用人に頼みました。

 日記の言葉だけは最期までサミュエル様を気遣って書きます。

「私の事は忘れて、自由な恋をしてください」

 サミュエル様の手紙には私の本心。
 ですが意味とは逆に作用するでしょう。 

 痣のように……、ずっと彼の心の中に遺っていたい。

 それは私では無く彼女の願いです。憐れで愚かだとは思いますが、それでも彼女は私。まだ幼く未熟だった彼女は全身全霊でサミュエル様に恋をしてました。私はそんな彼女を愛おしく思うのです。

 結局のところ、私が生涯で恋した人は、サミュエル様一人。
 可哀想な彼女の恋心。

 私は全く苦しむ事はありませんでした。死への恐怖も不安も何も感じません。

 ランディーが私の手を握ってくれます。
 私は泣いている彼に向かって微笑みました。

 握り返す手に力が入りません。私はもう死ぬのでしょう。

 良い気分です。何も恨みません。


 ただ、かつての私が昔の姿のまま、サミュエル様の心の中にずっと残るといいな、そう願うのです。

 




 
ーー(完)ーー









※このようなお話にお付き合いいただきありがとうございました。本当にこんな結末ですみません。
※追加でランディー視点でサミュエルさんのその後を書いています。
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