私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

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 私はアウァールス男爵家の長女として生まれた。
 アウァールス男爵家は宝石加工の事業を手広く手掛けていて、そこそこ裕福な家柄。

 けれど、私は亡くなった先妻の遺した娘ということもあり、新しい母親からは冷遇されてきた。

 母親は、夜中にこっそりと来て、私に折檻をする。

 父が浮気した日。
 パーティーで恥ずかしい思いをした日。
 妹や弟が自分に反抗した日。

 私は長い間、母のストレスの捌け口だった。
 だけど、他の家族はそのことを知らない。
 私は暴力を振るわれてることは誰にも言わなかった。
 だって母親の機嫌を損ねたら、痛い思いをするのは結局私だと知っていたから。

 家族の前では私は妹や弟と平等に扱われた。家族で仲良く過ごし、旅行に行くこともあった。

 だけど、私はふとした会話の途中に睨まれることあったから……。その目が怖くて、家族で和気あいあいとした会話をしている最中もほとんど喋らずにいた。
 楽しい思い出なんて何も無い。
 この家族団欒の雰囲気すら嫌いだった。

「家庭教師は私だけ?レオナお姉さまはダンスを習わないの?」 

「この子はダンスの先生も家庭教師の先生も追い返したのよ。気に入らないんですって。先生たちにも申し訳ないし、困ったわー」

 そんな事実はない。

 母親は私を人付き合いの嫌いな偏屈な娘として扱った。私を冷遇していることに気付いて、母親に止めるよう意見した使用人は全てクビに。そして、それは私が我儘で辞めさせたのだと家族に説明していた。

 社交界デビューももちろん駄目で。
 
「貴女のドレスは無駄だし、買わないわ。欲しいなんて言わないでよ」
「……はい」
「まあ、もしドレスを着ても、そのボサボサの髪じゃ似合わないでしょ?肌もガサガサだし。年頃の令嬢としてみっともないわね」

 私は化粧品も買わせて貰えなかった。

 ある日、リリィから
「お姉ちゃん、仮にも男爵令嬢なんだから、身だしなみぐらい整えたら?お母さんが心配してたよ」
 なんて言われた。

「うん、でも……」 

「でも?」

「化粧品……ない……」

「ええーっ!?信じられないっ!私の化粧品貸して上げるから同じもの買って使いなよ。面倒くさがっちゃ駄目だよ?」

 そう言ってリリィは私に使いかけの化粧品や香油を幾つか分けてくれた。
 リリィに悪気は無い。
 彼女は知らないのだ。
 私には自由に使えるお金なんて無いことを
 姉妹は平等に育てられていると信じている、そんなリリィが私は羨ましかった。
 
 何もすることが無くて、屋敷の奥の部屋で過ごす毎日。

 母親は人前では良き母を演じるから、誰も私の味方は居なかった。

 だけど、そんな私の境遇に気がついたのは、当主の座を退いて別邸に住む父方の祖父母。

「エライザさん、お願いがあるんだけど……」

「はい」

「私達ね、そろそろ年でしょ?だからこの屋敷に引っ越して来ようかな、って思ってるの。そろそろ、身の回りの世話をしてくれる身内にそばに居て欲しいし、いつまでも年寄り二人じゃ寂しいでしょ?私達の屋敷も古くなってあちこち直さなきゃいけないし大変なのよ……。この屋敷で私達も一緒に住んで良いかしら?」

「え?お義母様たちは……長年住んでいる慣れた屋敷が良いと思いますわ。ここは空気も悪いし……」

「でも、身内が離れて住んでいるって、年寄りには心細いものよ。それに、いざと言う時、使用人だけじゃ……ねぇ?」

「そ、そ、そうですわね。じ、じゃあ、レオナがそちらに行きますわ。身の回りの世話もあの子なら出来ますから」

「ええ?レオナちゃんが?だって、あの子適齢期じゃない。今は結婚相手を探さなきゃいけない大切な時期よ?」

「レオナは人付き合いが苦手で、昔からほとんど喋らない子です。社交界だなんてとても……。家の中でお義母様たちのお世話をする方が、あの子も幸せだと思いますわ」

「そうなのね。じゃあ、レオナちゃんに私達の世話をお願いしようかしら。でもレオナちゃん、あんなに古い屋敷でも来てくれる?」

「ええ、レオナなら大丈夫です。きっと喜んでそちらに行きますわ」

 こうして、私は実家を出ることが出来た。
 実際、祖父母は元気で何も困ってなんかいない。屋敷は古いけれど、使いやすいように修繕されていた。

 私の手首の痣に気がついた祖母は、波風を立てないように私をあの家から連れ出してくれたのだ。

 祖母の家に来た当初、私は人と話すのが苦手だった。

 何か気に入らないことを話せばお母さんのように暴力を振るうかもしれない。そんなことを考えると、喉の所で詰まったようになって言葉が出ない。

 そして何より暴力を振るわれた時間帯ーー夜が怖かった。

 祖父母はそんな私に沢山の本を買ってくれた。

「すまんなぁ、レオナには辛い思いをさせて……。当主の座を退いた儂らにはこんなことぐらいしかしてやれん。せめて、お金だけは遺してやるからなぁ」

 そして私は祖父母の紹介で、王立図書館に司書として務めることになり、小さな家で独り暮らしを始めた。

 もう怯えなくていい生活の中で、私は徐々に普通に会話出来るようになっていった。

 祖父母は母親には秘密で、沢山の縁談を用意してくれたけれど、全て断った。
 家族なんて……。
   
 私はこの古くて寂れた図書館で働きながらひっそりと静かに暮らしていくことを望んだ。




 

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