私のパパは魔王様

第一章 放浪

13話 静寂

早朝よりももっと前の深夜2人の泊まる部屋で1人の少年が目を覚ました。
早寝した甲斐もあってか早起きに成功した彼は隣のベッドで眠るメアリーの姿を見てガッツポーズをする。
それは、決して彼がメアリーの寝顔を見れたからという訳ではない。なんなら、そんな物はもう見慣れている。
彼がガッツポーズをした理由はただ１つである。それは、メアリーよりも早く起きることでメアリーが毎朝何をしに行っているのか尾行して確かめに行くためだ。

彼は早速ベッドから出ると、ベッドが軋まないようにそーっと降りる。自分が寝ていた跡が残るベッドを見て、偽装くらいはしておこうと思ったシオンは、まず布団を端に退けておく。ベッドの側に置いてある鞄をベッドの上にゆっくり乗せると、先程退けた布団を雑に被せる。こういうものは綺麗に被せても違和感でしかないからだ。

完成した偽装を見て、こんな物で騙せるのか？とも思ったが、これまでの経験上寝起きのメアリーなら大丈夫だと結論つけた。かなり失礼なことである。

軽く準備を済ませた後、部屋を出たシオンは表の倉庫の影に隠れてメアリーが出て来るのを待つ。
30分ほど経った頃、正面の扉が軋む音を立てて開く。中から出てきたのはメアリーである。いつもと違ってシャツ1枚と短パンだけの軽い服装をしたメアリー。シオンは女性の聖域である太腿や腕に目をくれることもなく、彼女の握っている剣を見ていた。

（あれは一昨日貰った剣。あれを持ってどこに？）

そう思いつつもこっそりとメアリーの後を追う。
宿を出たメアリーは、沈みかけの月の明かりすら遮って薄暗い裏道へと歩いていく。その道は両方を湿った木に挟まれ不気味な雰囲気を纏っていた。そんな道を迷いなく進むメアリーを、少し遠くから道を外れた草木の間をくぐり抜けて追いかけるシオン。

数分歩いたところでメアリーは立ち止まる。そこは5人入るのが限界かというほどの大きさの小さな池を中心とした半径10メートルほどの開けただ場所だった。

メアリーは池へと歩み寄ってその水に手を浸す。
ポチャンと柔らかい音を鳴らして水へと侵入した手が透き通った液体越しに見える。

数秒の間、水面を見つめると、ゆっくりと瞼を閉じる。静寂な時間が1秒1秒刻まれていき、見ているだけな筈のシオンにも緊張感が伝わってくる。さらっとした汗を額から流すシオンとは裏腹に、メアリーはとても涼しい顔をしていた。

目を閉じたままゆっくり立ち上がると、左手に持つ鞘をぐっと握りして短く息を吸う。
それをゆっくりと吐き出すと、そのまま息を止めメアリーの鼓動を一時的に上げる。

次の瞬間、彼女の異常なまでの脚力によって身体が空へと投げ出される。
自由落下が始まる寸前、彼女が空に着地し体を捻らせる。

着地と同時に空を蹴って一段上へと昇ってゆく。
しだいに右肩が後方へと開いていき、右腕を引くような姿勢となる。
剣を持つ右手が弓を引くように動作する最中、左足から空を床の様にして着地する。
ほぼ真下を向く彼女は空の床の上で両脚を使って思いっきり踏ん張り、開ききった身体が一気に閉じる。


ズンッッッ


と音が聞こえた。

「シオン、何してんのよ」

そう彼女に言われるまで時が止まったかのように固まっていた。

彼女の右腕に引かれていた弓から放たれたのは矢ではなく''槍''だったというわけだ。
高速で飛んできたその''槍''がシオンの方向へ真っ直ぐ飛んでくると、そのままシオンを横切って真後ろの木に突き刺さった。剣がそのまま木を貫通して地面に突き刺さると、根本から断たれた木は大きな音を立てて転倒する。

その間ほぼ動けずにいたシオンの元に、既に地面へと着地してきていたメアリーが歩み寄る。

「シオン、何してんのよ」

そう言われてまずい、と思った彼は言い訳を咄嗟に考えるが何も浮かばない。

「見るならこそこそしないでくれる？」

「はい」

「もう気が逸れたし、今日は帰るわよ」

そう言って先程投擲した剣を地面から抜いて鞘にしまうと裏道の方へと歩いていく。
シオンは戸惑いつつもメアリーについて行こうとするが、メアリーが急に立ち止まる。

「待って」

そう言われてメアリーに止められたシオンは、一拍遅れてメアリーと同じ光景を目にした。