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人魚姫の舞と光の少年
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松明の炎が海面を揺らし、夜の祭りは最高潮に達していた。
太鼓と歌に合わせて踊る人々の輪の中、エリザベスも島の女性たちに引っ張られ、舞の中心にいた。
「姫さま、もっと手を広げて!」
「そうそう! 人魚姫みたいだよ!」
子どもたちの声に笑い、エリザベスは袖を翻す。
その優雅な舞姿に、見守る人々の頬には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「エリザベス姫。今度は私と踊ろう」
ふいに差し出された手に、彼女は息をのむ。
エドワードの真摯な瞳がそこにあった。
「断るな。君はもう、この島の姫だ」
「っ、はい……。喜んで」
照れと歓声に押され、エリザベスは観念して彼の手を取る。
音楽が変わり、二人は月明かりの下で舞った。
島民は、言葉を失って見惚れていた。
手を取り合い、息を合わせる二人の舞は、ただの踊りではなく、人魚姫の伝承を思わせる気高さと甘やかさを帯びていた。
「……本当に人魚姫さまが舞ってるみたいだ」
「にんぎょ姫さまとりょうしゅさま、えほんのお姫さまと王子さまみたいだね! ね、おかあさんっ」
「ほんとねぇ」
子供も大人も、胸を打たれ、ただうっとりと見守った。
「……わたくし、王太子妃であった頃、誇りを守ることで精一杯でした。どこか意地になっていたのかもしれません」
舞の合間に彼女はふと打ち明ける。
その声音は弱さと悔恨を含んでいた。
「誇りが、四属性能力が……時に足かせのように重く感じられましたわ」
彼はすぐに答えた。
「ここでは違う。君の才能も誇りも、島を守る盾になる」
囁くような声。
その言葉に、彼女の瞳に涙がにじむ。
「……エドワード様」
頬を染めたまま見上げた瞬間、鼓動が乱れる。
胸の奥でずっと隠していた想いが、今も彼に揺さぶられていた。
(……あのときの、あの人と同じ……?)
ふと胸に蘇る幼い日の記憶。
傷を癒す薬をくれた、あの少年の姿。
だが答えを探す間もなく、祭りの熱気に包まれて彼女は舞を続けた。
そして最後に、海風が突如強く吹きつけ、小さな砂の城を崩した。
それは不穏な前触れだった。
◆
───エリザベスが幼き頃。
場所は王宮の広間。
燭台に火が灯り、煌びやかな衣装の貴族子女たちが次々とダンスの練習をしていた。
エリザベスはまだ幼く、慣れぬ靴で幾度も足を踏み外し、痛みに顔をしかめては堪えていた。
「……っ」
緞帳の陰に身を潜めるように腰を下ろし、足首を押さえた。
涙を見せるわけにはいかない。王太子妃の候補として育つ身として、弱さをさらすのは恥とされていたからだ。
――その時。
「大丈夫か?」
低く、まだ幼さの残る声がかけられた。
顔を上げると、銀の髪を揺らした少年が立っていた。
「エ、エドワード様……」
妾腹であるがゆえに、常に一歩引いた立場に置かれていた少年。
けれどその瞳は、どこまでもまっすぐにエリザベスを見ていた。
「足、痛いんだろう」
彼は膝をつき、そっと彼女の足首に手を添えた。
瞬間、眩い光が生まれた。
あたたかい、けれど決して熱くない。
柔らかな陽だまりに包まれるような感覚が足首を撫で、痛みがすうっと消えていく。
「……光、魔法……?」
呟いたエリザベスの声は震えていた。
火でも、水でも、風でも、土でもない。
どんなに緻密に組み合わせても再現できない、唯一無二の輝き。
光はただ、痛みを癒すだけでなく――胸の奥に張り付いていた孤独や不安までも溶かしていくようだった。
「これで、もう大丈夫だ」
エドワードはそう言って微笑んだ。
その笑みは、叱責も冷笑もなく、ただ「心配している」と伝える温もりそのものだった。
エリザベスはその時、悟った。
――自分がどれほど属性を操れても、この少年にしか持ち得ない力がある。
そして、だからこそ彼は“特別”なのだと。
舞踏会のきらめきよりも眩しかったその光景は、今もなお、心に焼き付いて離れなかった。
太鼓と歌に合わせて踊る人々の輪の中、エリザベスも島の女性たちに引っ張られ、舞の中心にいた。
「姫さま、もっと手を広げて!」
「そうそう! 人魚姫みたいだよ!」
子どもたちの声に笑い、エリザベスは袖を翻す。
その優雅な舞姿に、見守る人々の頬には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「エリザベス姫。今度は私と踊ろう」
ふいに差し出された手に、彼女は息をのむ。
エドワードの真摯な瞳がそこにあった。
「断るな。君はもう、この島の姫だ」
「っ、はい……。喜んで」
照れと歓声に押され、エリザベスは観念して彼の手を取る。
音楽が変わり、二人は月明かりの下で舞った。
島民は、言葉を失って見惚れていた。
手を取り合い、息を合わせる二人の舞は、ただの踊りではなく、人魚姫の伝承を思わせる気高さと甘やかさを帯びていた。
「……本当に人魚姫さまが舞ってるみたいだ」
「にんぎょ姫さまとりょうしゅさま、えほんのお姫さまと王子さまみたいだね! ね、おかあさんっ」
「ほんとねぇ」
子供も大人も、胸を打たれ、ただうっとりと見守った。
「……わたくし、王太子妃であった頃、誇りを守ることで精一杯でした。どこか意地になっていたのかもしれません」
舞の合間に彼女はふと打ち明ける。
その声音は弱さと悔恨を含んでいた。
「誇りが、四属性能力が……時に足かせのように重く感じられましたわ」
彼はすぐに答えた。
「ここでは違う。君の才能も誇りも、島を守る盾になる」
囁くような声。
その言葉に、彼女の瞳に涙がにじむ。
「……エドワード様」
頬を染めたまま見上げた瞬間、鼓動が乱れる。
胸の奥でずっと隠していた想いが、今も彼に揺さぶられていた。
(……あのときの、あの人と同じ……?)
ふと胸に蘇る幼い日の記憶。
傷を癒す薬をくれた、あの少年の姿。
だが答えを探す間もなく、祭りの熱気に包まれて彼女は舞を続けた。
そして最後に、海風が突如強く吹きつけ、小さな砂の城を崩した。
それは不穏な前触れだった。
◆
───エリザベスが幼き頃。
場所は王宮の広間。
燭台に火が灯り、煌びやかな衣装の貴族子女たちが次々とダンスの練習をしていた。
エリザベスはまだ幼く、慣れぬ靴で幾度も足を踏み外し、痛みに顔をしかめては堪えていた。
「……っ」
緞帳の陰に身を潜めるように腰を下ろし、足首を押さえた。
涙を見せるわけにはいかない。王太子妃の候補として育つ身として、弱さをさらすのは恥とされていたからだ。
――その時。
「大丈夫か?」
低く、まだ幼さの残る声がかけられた。
顔を上げると、銀の髪を揺らした少年が立っていた。
「エ、エドワード様……」
妾腹であるがゆえに、常に一歩引いた立場に置かれていた少年。
けれどその瞳は、どこまでもまっすぐにエリザベスを見ていた。
「足、痛いんだろう」
彼は膝をつき、そっと彼女の足首に手を添えた。
瞬間、眩い光が生まれた。
あたたかい、けれど決して熱くない。
柔らかな陽だまりに包まれるような感覚が足首を撫で、痛みがすうっと消えていく。
「……光、魔法……?」
呟いたエリザベスの声は震えていた。
火でも、水でも、風でも、土でもない。
どんなに緻密に組み合わせても再現できない、唯一無二の輝き。
光はただ、痛みを癒すだけでなく――胸の奥に張り付いていた孤独や不安までも溶かしていくようだった。
「これで、もう大丈夫だ」
エドワードはそう言って微笑んだ。
その笑みは、叱責も冷笑もなく、ただ「心配している」と伝える温もりそのものだった。
エリザベスはその時、悟った。
――自分がどれほど属性を操れても、この少年にしか持ち得ない力がある。
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舞踏会のきらめきよりも眩しかったその光景は、今もなお、心に焼き付いて離れなかった。
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