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後夜祭に揺れる灯火* *Rシーン
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祭りの喧噪を背に、二人は屋敷へ戻っていた。
松明の光が遠ざかると、夜の静けさが濃くなる。
浜辺での騒動を乗り越えた後のせいか、エリザベスの胸はまだどこか高鳴っていた。
客間に灯りがともされ、二人きりになる。
エドワードは外套を外し、椅子にかけると、静かに言葉を落とした。
「君には、もう隠す必要もないな。私の元の名はエドワード・フォン・リンドブルグ。かつてリンドブルグ王国から追放された元第二王子だ。当時この力を“闇属性”として扱い、そこからは君と同じだ。唯一違うのは、殺害目的の流刑だつたことぐらいか」
エリザベスの瞳がわずかに揺れる。
彼は続けた。
「名を得たのは最近のことでね。ある人が私の力を見抜き、医療に乏しいルシエンテス王国の力になって欲しいと頼まれたのがきっかけだ。薬学と治癒学の研究を束ねる組織を立ち上げ、功績を残すと同時に名を与えられた。現在は王家付きの主治医をしている」
「……やはり、あの時の光の力は」
幼い頃に受けた癒しの温もりが脳裏をよぎる。
エリザベスは胸に手を当て、こみ上げる思いを押し殺した。
そこへ、ノックもなく扉が開き、二人の影が入ってきた。
「侯爵閣下」
「ご無事を確認いたしました」
黒衣に身を包んだ護衛二人。
一人は漆黒の髪を刈り込み、冷徹な瞳をした大柄の男、ジルベルト。
もう一人は、狐のように鋭い目をした金髪の青年、ライナー。
王家から派遣された精鋭であり、侯爵家の影として常に傍を守る存在だった。
「紹介しよう。私の護衛だ。……だが、この島では控えてもらっている」
ジルベルトとライナーは軽く頭を下げ、すぐに気配を薄めて姿を消した。
その気配の消し方に、エリザベスは思わず息を呑む。
エドワードはふと視線を伏せ、苦笑を浮かべた。
「……今日は、少々誤算だった」
「誤算……?」
「侯爵家の実態を人前で晒すつもりはなかった。三大公爵と王家にしか知らされていない秘密だ。だがあの場では、やむを得なかった」
困ったように眉を下げ、吐息をもらす。
その姿にエリザベスは一瞬、同情を覚えた。
――けれど。
彼の瞳の奥に、一瞬きらめいた光を見逃さなかった。
まるで計算通りに事が運んだ、と告げるような冷ややかな輝き。
(……やはり。すべて、初めから)
エリザベスの胸に、戦慄と同時に奇妙な安堵が広がる。彼は「誤算」と言いながら、本当に誤ったことなど一つもない。
彼の手のひらの上で、すべてが転がされているのだ。
その時、不意にエドワードは声を落とした。
「もっとも、幸運なことに叙爵式の日取りが決まった。侯爵位を正式に認められる式典に出席すれば、全ては公になる」
「叙爵式……」
エリザベスの胸がざわめく。
それはすなわち――大勢の貴族が集い、
これほどの美貌と地位、血筋を持つ人間だ。女性はおろか、貴族社会の中心人物となるのは明らか。
間違いなく、婚約者候補が群がることを意味していた。
「でしたら、わたくしは出ていかなくてはなりませんね。要らぬ誤解を招いては、侯爵様にご迷惑をおかけしてしまうわ」
口にした瞬間、自分でも気づいた。
声にわずかな嫉妬がにじんでいたのだ。
エドワードはわずかに口端を吊り上げる。
「ふ……君がそう思うのか」
「わ、私は……ただ、現実を申し上げただけです!」
頬を染めて言い訳をする彼女を見つめ、エドワードは一歩近づいた。
距離が縮まり、吐息が触れ合うほど。
「ならば、君が私の隣に立ってはくれないか?」
低く、真摯な声。
その響きは、冷酷な侯爵ではなく、ただ一人の男のものだった。
エリザベスは大きく目を見開き、言葉を失った。
祭りの熱気とは別の熱が、胸の奥で激しく打ち始める。
「ご、ご冗談を。わたくしは流刑された身です。ルシエンテス王国の侯爵様には到底見合いません」
必死に言い募る声が震えていた。
けれどその震えは恐怖ではなく、心のどこかで期待を拒もうとするためのもの。
エドワードは彼女の否定を静かに受け止め、柔らかく微笑んだ。
まるで、すでに勝ちを確信している者の余裕を纏いながら。
「君はまだ、自分を過小に扱いすぎている」
彼は手を伸ばし、エリザベスの頬へそっと触れた。
冷えた指先が、彼女の熱を帯びた肌に溶けていく。
「見合うかどうかを決めるのは――私だ」
「……っ」
その言葉に、胸が激しく脈打つ。
かつて愛を語りながら裏切った元婚約者の面影が脳裏を過ったが、同時に、エドワードの確信に満ちた声音がそれを打ち消していく。
「君を疑う者は、もう誰もいない。君を蔑む声も、すでに意味を失った。……ただ私だけが、君の価値を正しく知っている」
彼の吐息が耳をかすめる。
囁きは甘く、優しいのに――逃げ道を許さないほど濃密だった。
「だから恐れずに、私の隣にいればいい」
エリザベスは言葉を失った。
信じたい。けれど信じてはいけない。
その矛盾が、胸を掻き乱していく。
「それに、ここまで来て去るなんて冷たいじゃないか」
「それはどういう……」
「我が土島の“人魚姫”。島民に慕われ、我が領地を救った救世主。そんな君に相応しいのは私だと、皆が口を揃えて言っている」
「そんな、たまたまですわ。わたくしより先にこの地に来た者がいれば、その者が、っ」
彼の手が頬から顎へ、そして首筋へと優しく滑り落ちる。
熱が追いかけるように広がり、思考が霞んでいく。
「それは最早仮説にすぎない。現実を見ろ。この島に活気を与え、未来を見せたのは他ならぬ人魚姫だ」
───ほら、落ちてこい。
そう言われている気がして、エリザベスの思考が濁されていく。
「……島民にこれからも希望を与えてくれないか?」
なんとか理由を作り逃げようとするエリザベスをエドワードは彼女の背を優しく撫でた。
それが罠だと気付かせながらも、自ら進んで選ぶよう、ただ包み込むように。
「わ、わたくしなどに……その、務まるのでしょうか」
「務まるさ。むしろ、君以外務まらない」
そう告げて、彼の指が彼女の手を取り、胸元へ導いた。
厚い胸板の鼓動が伝わり、エリザベスは思わず息を呑む。
「貧困を救うことは容易い。資金は山ほどある。だからとて、地に落ちた島民の誇りを取り戻すことは困難を極める。何せここは地島だからな。どの病気よりも悩ませたよ。そんな中、君が現れた」
「ご謙遜を……。侯爵様ほどのお方なら、この島の復興など容易いはずですわ」
「無理さ。復興したとして、それは私の光属性が生んだ富。地島と言われる島で、蔑まれ続けてきた皆の心は癒せない。だがどうだ? 君はその才能を活かし、あくまで主は土魔法だと主張し、まるで他属性魔法を補佐として扱った。土魔法の価値を知らしめた。私には出来ぬことを君がやり遂げたんだ」
胸がぎゅっと掴まれるように熱くなった。
――違う、たまたまよ。偶然そうなっただけ。
そう言い訳しようとして、エリザベスは自分の胸中で立ち止まる。
(……もう、言い訳など必要ないじゃないか)
彼の言葉は、ただの慰めや誇張ではない。自分がやってきたことを、誰よりも正しく見てくれている。その事実が嬉しくて、怖くて、涙が出そうだった。
「この島には、私には、君が必要なんだ。傍にいてくれないか」
差し伸べられた言葉は、甘美な罠だと直感する。
だが――気づいた時には、もう抗う力は残っていなかった。
(……あぁ、私はもう……沼に足を取られてしまったのね)
抗いながら近づいて、必死に拒もうとして、結局は彼の言葉に救われたいと願ってしまう。
それが罠だと理解しながらも、抜け出す気持ちはもう微塵もなかった。
「わかり、ましたわ。謹んでお受けいたします」
その答えを耳にした瞬間、エドワードの表情が和らいだ。
冷徹な侯爵としての仮面は跡形もなく消え、ただ一人の男としての微笑みが浮かぶ。
それは、勝ち誇る笑みではない。長い時間をかけてようやく手に入れたものを、愛おしむような微笑。
「――ありがとう、エリザベス。君が選んでくれたことに、心から感謝する」
彼の低く温かな声が、胸の奥に染み渡っていく。
ゆっくりと伸ばされた指が、エリザベスの手をすくい上げる。
その仕草は騎士が姫に忠誠を誓うように厳かで、同時に恋人が恋人を慈しむように甘やかだった。
「っ、こちらこそ、ありがとうございます」
甲に触れた唇は、熱くも冷たくもない。ただ穏やかに、誠実に触れる。
心臓が跳ねる。
そのまま手を包み込むように握り、エドワードは静かに顔を上げた。
視線が絡む。
深い湖のような瞳に捕らえられ、逃げることはできなかった。
気づけば彼の顔が近づき、吐息が唇をかすめる。
「君を幸せにすることを、今ここに誓おう」
宣言と同時に、柔らかな唇がエリザベスのそれを覆った。
軽やかな触れ合いから始まる、優しい口づけ。
宣誓のように交わされた口づけは、最初こそ羽のように軽やかだった。
けれど、離れることなく重ねられるうちに、少しずつ熱を帯びていく。
唇を啄ばむたびに、エリザベスの胸は甘く締めつけられる。
理性が「これはいけない」と告げているのに、身体はもう彼を拒もうとしなかった。
「……エリザベス……」
名前を囁かれ、わずかに開いた唇の隙間へ、エドワードはためらいなく舌を差し入れる。
未知の感触に肩を震わせ、思わず両手で彼の胸を押した。
しかし彼は強引にではなく、あくまで優しく包み込むように背を支える。
「怖くない。ただ身を委ねればいい」
囁きとともに舌が絡め取ってくる。
戸惑いの中で口の中を侵されるような感覚に、頬が熱く染まっていく。
彼の舌に導かれるまま、無意識に応えてしまう自分に気づき、さらに羞恥で目を閉じた。
啄むだけだった口づけが、いつしか深く、濃厚なものへ変わっていく。
息が苦しくなっても離してくれず、けれど不思議と恐怖はなかった。
むしろ、その息苦しささえ甘い快楽のように感じられる。
「……ん、っ……ふ……」
漏れる声が止められない。
それを受け止めるように、彼の舌はさらに優しく、執拗に絡みついてきた。
頭の芯が痺れ、身体の力が抜けていく。
すべてを委ねたくなる――そんな誘惑に、抗う術を失っていた。
「……っ、ん……」
経験のないエリザベスは戸惑い、声が洩れる。
けれど逃げようとすればするほど、彼の唇が優しく追いかけて、すべてを受け止めてくる。
「これは契約の口づけだ」
「……契約?」
「伴侶の証。君だけに許されるものだ」
囁きが理性を蕩かし、エリザベスはそっと目を閉じた。
――エドワード様からの口付けは、私だけに許されたもの。
衣擦れの音とともに、彼の手が肩から胸元へ降りてゆく。
薄布越しに優しく撫でられるだけで、息が詰まる。
「……そんなところ……」
「ここも、大切にしたい。……君がどれほど美しいか、知ってほしいんだ」
乳房を覆う布の上から円を描くように撫でられ、ついには親指で固くなりかけた頂を摘まれる。
甘い衝撃が走り、思わず声を押し殺した。
「声を我慢しなくていい。君の吐息すら、私にとっては宝物だ」
さらに布の下へと忍び込んだ指が、直接柔らかな膨らみを弄ぶ。
舌を重ねた口づけの中で、耐えきれず泣き声に似た吐息が洩れる。
やがて彼の手は、胸から下腹部へ。
ためらいなく腿の内側を撫で、熱のこもる場所を探る。
「……っ、そこは……!」
「大丈夫だ。これは君の務めであり、私にとっては永遠の誓いだ」
その言葉に縋るように、エリザベスは目を閉じる。
布の上から撫でられるだけで、全身が敏感に反応してしまう。
そして――指が布を押し分け、直接触れた瞬間。
「……あぁっ……!」
熱く濡れたそこを優しく撫でられる。
未知の快感に翻弄され、身体が小刻みに跳ねた。
「恥じなくていい。君の身体が、私を伴侶と認めている証だ」
「……責務……責務ですわよね……」
「そうだ。だが私は、責務以上に……君を愛している」
その囁きに、抗い続けてきた心の壁が静かに崩れ落ちる。
指が柔らかく花芯を探り、円を描く。
胸への愛撫と相まって、甘い痺れが全身を駆け巡る。
「……だめ……もう……何か……」
「来ればいい。私の腕の中で」
最後の一押しとともに、指が的確に秘所を擦り上げた。
快感の奔流に呑まれ、エリザベスは声を押し殺しきれずに震える。
「……あぁぁっ……!」
全身が甘い痙攣に包まれ、彼の胸に縋ったまま達した。
荒い呼吸の中、涙混じりの顔を上げると、エドワードが静かに微笑み、額へ口づけを落とす。
「……これで、君はもう私のものだ。誰が何を言おうと」
その甘い囁きに、エリザベスは抗えぬまま――彼の腕の中で震え続けた。
松明の光が遠ざかると、夜の静けさが濃くなる。
浜辺での騒動を乗り越えた後のせいか、エリザベスの胸はまだどこか高鳴っていた。
客間に灯りがともされ、二人きりになる。
エドワードは外套を外し、椅子にかけると、静かに言葉を落とした。
「君には、もう隠す必要もないな。私の元の名はエドワード・フォン・リンドブルグ。かつてリンドブルグ王国から追放された元第二王子だ。当時この力を“闇属性”として扱い、そこからは君と同じだ。唯一違うのは、殺害目的の流刑だつたことぐらいか」
エリザベスの瞳がわずかに揺れる。
彼は続けた。
「名を得たのは最近のことでね。ある人が私の力を見抜き、医療に乏しいルシエンテス王国の力になって欲しいと頼まれたのがきっかけだ。薬学と治癒学の研究を束ねる組織を立ち上げ、功績を残すと同時に名を与えられた。現在は王家付きの主治医をしている」
「……やはり、あの時の光の力は」
幼い頃に受けた癒しの温もりが脳裏をよぎる。
エリザベスは胸に手を当て、こみ上げる思いを押し殺した。
そこへ、ノックもなく扉が開き、二人の影が入ってきた。
「侯爵閣下」
「ご無事を確認いたしました」
黒衣に身を包んだ護衛二人。
一人は漆黒の髪を刈り込み、冷徹な瞳をした大柄の男、ジルベルト。
もう一人は、狐のように鋭い目をした金髪の青年、ライナー。
王家から派遣された精鋭であり、侯爵家の影として常に傍を守る存在だった。
「紹介しよう。私の護衛だ。……だが、この島では控えてもらっている」
ジルベルトとライナーは軽く頭を下げ、すぐに気配を薄めて姿を消した。
その気配の消し方に、エリザベスは思わず息を呑む。
エドワードはふと視線を伏せ、苦笑を浮かべた。
「……今日は、少々誤算だった」
「誤算……?」
「侯爵家の実態を人前で晒すつもりはなかった。三大公爵と王家にしか知らされていない秘密だ。だがあの場では、やむを得なかった」
困ったように眉を下げ、吐息をもらす。
その姿にエリザベスは一瞬、同情を覚えた。
――けれど。
彼の瞳の奥に、一瞬きらめいた光を見逃さなかった。
まるで計算通りに事が運んだ、と告げるような冷ややかな輝き。
(……やはり。すべて、初めから)
エリザベスの胸に、戦慄と同時に奇妙な安堵が広がる。彼は「誤算」と言いながら、本当に誤ったことなど一つもない。
彼の手のひらの上で、すべてが転がされているのだ。
その時、不意にエドワードは声を落とした。
「もっとも、幸運なことに叙爵式の日取りが決まった。侯爵位を正式に認められる式典に出席すれば、全ては公になる」
「叙爵式……」
エリザベスの胸がざわめく。
それはすなわち――大勢の貴族が集い、
これほどの美貌と地位、血筋を持つ人間だ。女性はおろか、貴族社会の中心人物となるのは明らか。
間違いなく、婚約者候補が群がることを意味していた。
「でしたら、わたくしは出ていかなくてはなりませんね。要らぬ誤解を招いては、侯爵様にご迷惑をおかけしてしまうわ」
口にした瞬間、自分でも気づいた。
声にわずかな嫉妬がにじんでいたのだ。
エドワードはわずかに口端を吊り上げる。
「ふ……君がそう思うのか」
「わ、私は……ただ、現実を申し上げただけです!」
頬を染めて言い訳をする彼女を見つめ、エドワードは一歩近づいた。
距離が縮まり、吐息が触れ合うほど。
「ならば、君が私の隣に立ってはくれないか?」
低く、真摯な声。
その響きは、冷酷な侯爵ではなく、ただ一人の男のものだった。
エリザベスは大きく目を見開き、言葉を失った。
祭りの熱気とは別の熱が、胸の奥で激しく打ち始める。
「ご、ご冗談を。わたくしは流刑された身です。ルシエンテス王国の侯爵様には到底見合いません」
必死に言い募る声が震えていた。
けれどその震えは恐怖ではなく、心のどこかで期待を拒もうとするためのもの。
エドワードは彼女の否定を静かに受け止め、柔らかく微笑んだ。
まるで、すでに勝ちを確信している者の余裕を纏いながら。
「君はまだ、自分を過小に扱いすぎている」
彼は手を伸ばし、エリザベスの頬へそっと触れた。
冷えた指先が、彼女の熱を帯びた肌に溶けていく。
「見合うかどうかを決めるのは――私だ」
「……っ」
その言葉に、胸が激しく脈打つ。
かつて愛を語りながら裏切った元婚約者の面影が脳裏を過ったが、同時に、エドワードの確信に満ちた声音がそれを打ち消していく。
「君を疑う者は、もう誰もいない。君を蔑む声も、すでに意味を失った。……ただ私だけが、君の価値を正しく知っている」
彼の吐息が耳をかすめる。
囁きは甘く、優しいのに――逃げ道を許さないほど濃密だった。
「だから恐れずに、私の隣にいればいい」
エリザベスは言葉を失った。
信じたい。けれど信じてはいけない。
その矛盾が、胸を掻き乱していく。
「それに、ここまで来て去るなんて冷たいじゃないか」
「それはどういう……」
「我が土島の“人魚姫”。島民に慕われ、我が領地を救った救世主。そんな君に相応しいのは私だと、皆が口を揃えて言っている」
「そんな、たまたまですわ。わたくしより先にこの地に来た者がいれば、その者が、っ」
彼の手が頬から顎へ、そして首筋へと優しく滑り落ちる。
熱が追いかけるように広がり、思考が霞んでいく。
「それは最早仮説にすぎない。現実を見ろ。この島に活気を与え、未来を見せたのは他ならぬ人魚姫だ」
───ほら、落ちてこい。
そう言われている気がして、エリザベスの思考が濁されていく。
「……島民にこれからも希望を与えてくれないか?」
なんとか理由を作り逃げようとするエリザベスをエドワードは彼女の背を優しく撫でた。
それが罠だと気付かせながらも、自ら進んで選ぶよう、ただ包み込むように。
「わ、わたくしなどに……その、務まるのでしょうか」
「務まるさ。むしろ、君以外務まらない」
そう告げて、彼の指が彼女の手を取り、胸元へ導いた。
厚い胸板の鼓動が伝わり、エリザベスは思わず息を呑む。
「貧困を救うことは容易い。資金は山ほどある。だからとて、地に落ちた島民の誇りを取り戻すことは困難を極める。何せここは地島だからな。どの病気よりも悩ませたよ。そんな中、君が現れた」
「ご謙遜を……。侯爵様ほどのお方なら、この島の復興など容易いはずですわ」
「無理さ。復興したとして、それは私の光属性が生んだ富。地島と言われる島で、蔑まれ続けてきた皆の心は癒せない。だがどうだ? 君はその才能を活かし、あくまで主は土魔法だと主張し、まるで他属性魔法を補佐として扱った。土魔法の価値を知らしめた。私には出来ぬことを君がやり遂げたんだ」
胸がぎゅっと掴まれるように熱くなった。
――違う、たまたまよ。偶然そうなっただけ。
そう言い訳しようとして、エリザベスは自分の胸中で立ち止まる。
(……もう、言い訳など必要ないじゃないか)
彼の言葉は、ただの慰めや誇張ではない。自分がやってきたことを、誰よりも正しく見てくれている。その事実が嬉しくて、怖くて、涙が出そうだった。
「この島には、私には、君が必要なんだ。傍にいてくれないか」
差し伸べられた言葉は、甘美な罠だと直感する。
だが――気づいた時には、もう抗う力は残っていなかった。
(……あぁ、私はもう……沼に足を取られてしまったのね)
抗いながら近づいて、必死に拒もうとして、結局は彼の言葉に救われたいと願ってしまう。
それが罠だと理解しながらも、抜け出す気持ちはもう微塵もなかった。
「わかり、ましたわ。謹んでお受けいたします」
その答えを耳にした瞬間、エドワードの表情が和らいだ。
冷徹な侯爵としての仮面は跡形もなく消え、ただ一人の男としての微笑みが浮かぶ。
それは、勝ち誇る笑みではない。長い時間をかけてようやく手に入れたものを、愛おしむような微笑。
「――ありがとう、エリザベス。君が選んでくれたことに、心から感謝する」
彼の低く温かな声が、胸の奥に染み渡っていく。
ゆっくりと伸ばされた指が、エリザベスの手をすくい上げる。
その仕草は騎士が姫に忠誠を誓うように厳かで、同時に恋人が恋人を慈しむように甘やかだった。
「っ、こちらこそ、ありがとうございます」
甲に触れた唇は、熱くも冷たくもない。ただ穏やかに、誠実に触れる。
心臓が跳ねる。
そのまま手を包み込むように握り、エドワードは静かに顔を上げた。
視線が絡む。
深い湖のような瞳に捕らえられ、逃げることはできなかった。
気づけば彼の顔が近づき、吐息が唇をかすめる。
「君を幸せにすることを、今ここに誓おう」
宣言と同時に、柔らかな唇がエリザベスのそれを覆った。
軽やかな触れ合いから始まる、優しい口づけ。
宣誓のように交わされた口づけは、最初こそ羽のように軽やかだった。
けれど、離れることなく重ねられるうちに、少しずつ熱を帯びていく。
唇を啄ばむたびに、エリザベスの胸は甘く締めつけられる。
理性が「これはいけない」と告げているのに、身体はもう彼を拒もうとしなかった。
「……エリザベス……」
名前を囁かれ、わずかに開いた唇の隙間へ、エドワードはためらいなく舌を差し入れる。
未知の感触に肩を震わせ、思わず両手で彼の胸を押した。
しかし彼は強引にではなく、あくまで優しく包み込むように背を支える。
「怖くない。ただ身を委ねればいい」
囁きとともに舌が絡め取ってくる。
戸惑いの中で口の中を侵されるような感覚に、頬が熱く染まっていく。
彼の舌に導かれるまま、無意識に応えてしまう自分に気づき、さらに羞恥で目を閉じた。
啄むだけだった口づけが、いつしか深く、濃厚なものへ変わっていく。
息が苦しくなっても離してくれず、けれど不思議と恐怖はなかった。
むしろ、その息苦しささえ甘い快楽のように感じられる。
「……ん、っ……ふ……」
漏れる声が止められない。
それを受け止めるように、彼の舌はさらに優しく、執拗に絡みついてきた。
頭の芯が痺れ、身体の力が抜けていく。
すべてを委ねたくなる――そんな誘惑に、抗う術を失っていた。
「……っ、ん……」
経験のないエリザベスは戸惑い、声が洩れる。
けれど逃げようとすればするほど、彼の唇が優しく追いかけて、すべてを受け止めてくる。
「これは契約の口づけだ」
「……契約?」
「伴侶の証。君だけに許されるものだ」
囁きが理性を蕩かし、エリザベスはそっと目を閉じた。
――エドワード様からの口付けは、私だけに許されたもの。
衣擦れの音とともに、彼の手が肩から胸元へ降りてゆく。
薄布越しに優しく撫でられるだけで、息が詰まる。
「……そんなところ……」
「ここも、大切にしたい。……君がどれほど美しいか、知ってほしいんだ」
乳房を覆う布の上から円を描くように撫でられ、ついには親指で固くなりかけた頂を摘まれる。
甘い衝撃が走り、思わず声を押し殺した。
「声を我慢しなくていい。君の吐息すら、私にとっては宝物だ」
さらに布の下へと忍び込んだ指が、直接柔らかな膨らみを弄ぶ。
舌を重ねた口づけの中で、耐えきれず泣き声に似た吐息が洩れる。
やがて彼の手は、胸から下腹部へ。
ためらいなく腿の内側を撫で、熱のこもる場所を探る。
「……っ、そこは……!」
「大丈夫だ。これは君の務めであり、私にとっては永遠の誓いだ」
その言葉に縋るように、エリザベスは目を閉じる。
布の上から撫でられるだけで、全身が敏感に反応してしまう。
そして――指が布を押し分け、直接触れた瞬間。
「……あぁっ……!」
熱く濡れたそこを優しく撫でられる。
未知の快感に翻弄され、身体が小刻みに跳ねた。
「恥じなくていい。君の身体が、私を伴侶と認めている証だ」
「……責務……責務ですわよね……」
「そうだ。だが私は、責務以上に……君を愛している」
その囁きに、抗い続けてきた心の壁が静かに崩れ落ちる。
指が柔らかく花芯を探り、円を描く。
胸への愛撫と相まって、甘い痺れが全身を駆け巡る。
「……だめ……もう……何か……」
「来ればいい。私の腕の中で」
最後の一押しとともに、指が的確に秘所を擦り上げた。
快感の奔流に呑まれ、エリザベスは声を押し殺しきれずに震える。
「……あぁぁっ……!」
全身が甘い痙攣に包まれ、彼の胸に縋ったまま達した。
荒い呼吸の中、涙混じりの顔を上げると、エドワードが静かに微笑み、額へ口づけを落とす。
「……これで、君はもう私のものだ。誰が何を言おうと」
その甘い囁きに、エリザベスは抗えぬまま――彼の腕の中で震え続けた。
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