海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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土島の新たな門出

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 砂像祭は、最後の灯火が夜空に消えるまで笑いと歓声に包まれ、結果的に大成功で幕を閉じた。
 祭りを支えた島民たちは誇らしげに汗を拭い、子どもたちは名残惜しそうに砂像へ触れては歓声をあげていた。

 そんな後片付けの最中、エドワードは人々の前に立った。
 侯爵家の護衛たちがさりげなく周囲を固める中、彼は傍らに立つエリザベスの手を取る。

「この地で共に未来を築くと誓う者がいる。……彼女、エリザベス・エリクセンだ。
 本日をもって、私の婚約者とする」

 一瞬、ざわめきが走った。
 だが次の瞬間、拍手と歓声が爆発する。

「人魚姫が侯爵夫人になるってことか? そりゃあめでたい!」

「人魚ひめさま、ずっとここにいてくれるってこと? やったー!」

 島はたちまち祝福の熱気に包まれた。
 老若男女が笑顔を向け、子どもたちは花を手に走り寄り、即席の祝宴が始まっていく。

 エリザベスは頬を染め、そんな人々を前に立ち尽くした。
 けれどエドワードは迷いなくその手を強く握り、続けて宣言する。

「そして改めて告げよう。私はこの島の領主として立つ。
 この島はヴァルメア領として、新たな門出を迎える。侯爵家の事業である薬学研究の要である薬草の栽培を、この地で始めてほしい。これは仕事として報酬を支払う。皆の力を借りたい」

 真摯な声が夜気に響き、人々は次々に「お任せください!」「我らの島を、我らの手で!」と声をあげる。
 未来へ向けた熱が、波のように広がっていった。

 やがて、島の一角に広大な畑が拓かれることとなった。
 その先頭に立つのは、他ならぬエリザベスだった。

「では、始めますわ」

 彼女が両の手を地へかざすと、土魔法の光が奔り、大地を柔らかに揺らす。
 ごつごつとした荒れ地は瞬く間に豊かな土壌へと変わり、規則正しい畝が長く長く広がっていく。
 島民たちは目を見張り、子どもたちが歓声をあげて走り回った。

「すごい……! 本当に土が生き返った!」

「これなら薬草も立派に育つぞ!」

 やがて蒔かれた種からは、淡い緑の芽が次々と顔を出した。
 その葉は驚くほど瑞々しく、薬草特有の香りをすでに放っている。
 その出来栄えにエドワードは驚き、目を見開いた。

「これは凄いな。品質が良い。土の力が草を支えている」

 エリザベスは胸に手を当て、微笑んだ。
 蔑まれてきた土魔法が、人々を支え、未来を育んでいる。
 その実感が、胸いっぱいに広がっていく。

「ねえ人魚ひめさま。この畑にお野菜はうえないの?」

 幼い子どもの無邪気な声に、島民たちが顔を見合わせて笑った。

「そうだなあ、薬草だけでなく、島の食卓を潤す作物もあったら……」

「確かに。これだけ肥えた土なら、野菜も美味しく育つに違いない」

 いつしか真剣な議論へと変わり、あっという間に畑の一角が試験用に耕されることとなった。
 エリザベスが魔法で畝を作り直し、人々が持ち寄った野菜の種を蒔く。

 数日後――。
 土から芽吹いた若菜は、薬草の時と同じく青々と力強く伸びていた。
 葉は厚く、茎はしっかりと太く、どれも見事な生育ぶりを見せている。

「見ろ! もうこんなに大きくなってる!」

「葉っぱの色が違う……。これは良い作物になるぞ!」

 やがて実った野菜は驚くほど甘く、瑞々しく、品質の高さは一目でわかった。
 収穫されたばかりのそれを口にした島民たちは、歓声を上げて互いに顔を見合わせる。

「これなら……もう他の島から輸入せずとも、十分やっていける!」

「いや、それどころか輸出だって可能かもしれないぞ!」

 未来の可能性に胸を膨らませる声があちこちで湧き上がる。
 荒れ果てた地島と呼ばれたこの島が、自給自足どころか豊かな交易の要地へと変わるかもしれない。

 その光景を眺めながら、エリザベスは胸に熱いものを感じていた。
 土魔法を蔑まれてきた過去が、今や人々の誇りと希望へと変わっている。

 隣に立つエドワードはそんな彼女を誇らしげに見つめ、静かに囁いた。

「見ただろう? やはり君こそが、この地の希望なんだ」

 エリザベスはその声に頬を染め、けれど誇らしげに大地を見渡した。
 島と共に、彼と共に。
 新たな未来が、確かにここから始まろうとしていた。


 薬草と野菜の栽培が始まってから、島の風景は目に見えて変わっていった。
 荒れ果てた土地は日に日に青さを増し、子どもたちの笑い声が畑の間を駆け抜ける。島民たちは皆、働くことに誇りを見出し、顔に疲労の代わりに笑顔を浮かべていた。


 ある日、港に数隻の商船が到着した。侯爵家の声を聞きつけた商人たちが、直接この島を視察に来たのだ。

「ほう。ここが“地島”か。名ばかりの荒野と聞いていたが、これは……」

 船から降り立った商人の一人が、畑を目にして言葉を失った。広がる畝には薬草と野菜が青々と育ち、潮風に混じって爽やかな香りを漂わせている。

「ようこそ、ヴァルメア島へ」

 エリザベスが一礼すると、商人の一人が目を丸くして言った。

「貴女はもしや、噂の“人魚姫”ではありませんか?」

 不意の呼び名に、エリザベスは頬を染めた。その表情に商人たちが見惚れてしまうのも無理はない。噂通り、美しい人魚姫が目の前で微笑むのだ。

 エリザベスにとって、その響きは照れくさくもあったが、島の人々が大切に呼んでくれる愛称だ。

「ええ。そう呼んでいただいております」

 凛とした声に、商人たちは互いに顔を見合わせ、感嘆の息を漏らした。
 商人たちは、彼女が多くを語らずとも、この島の源であることと察した。

 エリザベスは人々の先頭に立ち、彼らを案内する。

「こちらは薬草畑でございます。島の土に土魔法を加えることで、品質の良い芽が育ちました」

 商人はしゃがみ込み、若葉を手に取って鼻に近づける。

「……香りが濃い。しかも青臭さが少ない。これは相場の二倍の値でも売れるぞ」

 その場にいた島民たちが誇らしげに胸を張る。

「人魚姫さまのおかげなんだぜ!」

「土を柔らかくして、草が根をしっかり張れるようにしてくださったんだよ!」

 子どもが自慢げに説明すると、商人たちは驚きの目を向けた。

「なるほど、土魔法といってもただ耕すだけではないのだな」

 別の商人が感心し、さらに問いかける。

 その熱気に島民たちも沸き、子どもが「それにね、土で育てると野菜があまくなるんだよ!」と胸を張った。

 商人たちは思わず吹き出し、「それは確かめてみねば」と笑いながら野菜の試食を求めた。

 ――そしてその日、即席の小さな市場が島の広場で開かれた。

 採れたての野菜と薬草茶が振る舞われ、商人たちはこぞって驚きの声をあげる。

「なんという甘さだ……!」

「薬草茶に渋みがない。香りが澄んでいる!」

 彼らの反応を見て、島民たちの顔には自然と誇りが宿った。かつて「地島」と蔑まれていた過去は、もう影も形もなかった。


 そんな折、屋敷へ一通の書状が届けられた。
 紋章は四翼の鷲。シルフリード公爵家からのものだった。

 エドワードは封を切り、すぐさま文面を読み進める。
 エリザベスは緊張しながら、その様子を隣で見守った。

「……ようやく動いたか」

 彼が小さく呟き、書状を差し出す。

 そこには簡潔に、しかし重みのある文言が綴られていた。


 ヴェント男爵を断罪し、爵位を剥奪。
 今後、地島にて生産される薬草はシルフリード領が優先的に買い取る。
 侯爵家と公爵家の友好の証として、長期的な取引を望む。

 そして、貿易条約にシルフリード公爵の訪問を許可を求めた一文があった。



 エリザベスは思わず息を呑んだ。

「ヴェント男爵は……ついに」

「ああ。遅かれ早かれだった。王家も黙認していたしな。公爵家自ら断を下した以上、二度と頭をもたげることはあるまい」

 エドワードは淡々と答えるが、その声音にはわずかな安堵がにじんでいた。

「それにしても、この条件。島の薬草が、正式に公爵領の取引に組み込まれるなんて」

 エリザベスの胸は高鳴った。
 それはすなわち、島の未来が約束されたも同じこと。

「だが、油断はできない」

 エドワードは視線を落とし、手紙の端を軽く指先で叩いた。

「全ては視察時に決まる」

 その言葉に、エリザベスは真剣な面持ちで頷く。

「ええ。だからこそ……この畑を守り、育て続けなければなりませんわ。人々と共に」

 彼女の横顔を見つめ、エドワードの瞳が静かに細められた。
 誇りと決意に満ちたその姿は、侯爵夫人としてだけでなく、一人の指導者としても確かに成長していた。

「君がそう言ってくれるなら、私は何も心配は要らない」

 エドワードは微笑み、彼女の手をそっと取った。

「共に進もう。この島の未来のために」

 屋敷の窓からは、畑一面に広がる若緑が風に揺れて見えた。
 その光景は、かつての荒れ果てた「地島」の姿を、誰も思い出せないほどに変えていた。
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