海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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公爵家を縛る土の理

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 数日後、さらに重要な客人が島を訪れた。
 シルフリード公爵家の使者――若き嫡子と数名の従者である。

「公爵家の名において、この島の実りをこの目で確かめに参った」

 堂々と告げる嫡子に、エドワードは礼を取った。

 島民たちは緊張しながらも歓迎の意を示し、特別に試食会が開かれることになった。
 薬草を使った料理、島で育った野菜の煮込み、そして香り高い薬草茶。

 嫡子は最初こそ無表情だったが、匙を口に運んだ瞬間、表情が僅かに揺らぐ。

「……これは」

 驚きに目を見開き、茶を一口含む。

「清らかだ。薬草にありがちな雑味がない。まるで水そのものが浄化されているようだ」

 従者たちも次々に口に運び、同じように目を丸くする。

「野菜の甘さが……舌に残ります」

「これほど品質の高いものは、都の市場でも滅多にお目にかかれません」

 その様子に、島の子どもが勢いよく叫んだ。

「エリザベスさまが土の魔法でぜんぶ育ててくれたんだ! だからね、島は元気になったんだよ!」

「人魚姫さまの魔法はすごいんですよ! キラキラしてて、大好き!」

 場の空気がふっと和らぎ、嫡子の口元にも微かな笑みが浮かぶ。

「なるほど……噂以上だ。確かにこの地には未来がある」

 その一言に、島民たちは歓声を上げ、胸を張って畑を見せ合った。



 やがて夕刻となり、クラウディオをはじめとするシルフリード公爵家の使者たちは、ヴァルメア侯爵家の屋敷へと案内された。

 食堂の奥、磨かれた大きなテーブルの上には、収穫されたばかりの薬草や野菜が並べられている。
 エドワードとエリザベスは揃って席につき、クラウディオと向かい合った。

「改めてご挨拶いたします。クラウディオ・フォン・シルフリード。父より命を受け、この地の視察と、今後の交易についての協議を任されております」

 温和な笑みを浮かべながらも、その瞳には確かな威厳が宿っていた。
 軽やかな風のような気配を纏いながらも、彼が公爵家の嫡男であることを疑わせる者はいない。

「私はエドワード・ヴァルメア。そしてこちらが、私の婚約者エリザベスです」

 紹介を受け、エリザベスは優雅に一礼した。
 その姿を見たクラウディオは、一瞬だけ言葉を忘れたように見惚れた。
 だがすぐに息を整え、口元に苦笑を浮かべる。

「……なるほど、父がわざわざ“人魚姫”と呼んでいた理由がわかりました。大変失礼しました」

 場が和らぐように軽く冗談めかして言い添えると、彼は真剣な表情に戻る。

「さて――本題に入りましょう」

 クラウディオは卓上の薬草を一枝取り、指先で感触を確かめる。
 鼻に近づけ、深く息を吸い込むと、その香りに目を細めた。

「やはり……雑味がなく、清澄な香りです。この品質であれば、我が領で独占は難しそうですね。争奪戦が予想されます」

「ありがたいお言葉です」

 エドワードが応じると、クラウディオはゆるやかに頷いた。

「ですが、いくつか疑問があります。ご質問しても?」

「勿論」

「以前この島を収めていたアルベリヒ男爵も閣下同様魔法で土を耕し、島で農業をしていた。だが、品質は島民で食す程度だったと記憶しています。同じ土魔法でも、なぜこんなにも差が生じたのでしょうか?」

「それならば実際に見てもらった方が早いな」

「ええ、そうですわね」

 話の流れに従い、一行は屋敷を後にして畑へと向かった。
 夕暮れの光が斜めに差し込み、畝の間に伸びる影を赤く染めている。

「こちらが、今朝まで新たに耕した畑です」

 エドワードの案内に従って進むと、広がる土壌はすでに柔らかく、黒々とした艶を帯びていた。

 クラウディオは足を止め、しゃがみ込んで手のひらに土を掬う。
 さらさらと指の間から零れ落ちるそれは、湿り気を含みながらも重すぎず、驚くほど均一だった。

「……確かに、肥えている。けれど、なぜここまで……?」

 疑念と期待を入り混ぜた眼差しを受け、エリザベスは静かに前へ歩み出た。
 風に揺れる髪を押さえつつ、両の手を畝の端にかざす。

「では――お見せいたしますわ」

 次の瞬間、土魔法の光が彼女の指先から奔った。
 柔らかな震動が地面を走り、耕されたばかりの畝が、まるで呼吸を始めたかのように膨らみ、ほどけていく。
 固く荒れたはずの土は、瞬く間に粒子が細かく砕け、黒く豊かな色を増していった。

 その様子に、クラウディオは目を見張った。
 従者たちも息を呑み、誰もが言葉を失って見つめる。

「ご覧の通り、私の魔力は土に力を与えます。
 ただ畝を作るのではなく、土そのものを活性化し、根が深く広がれるようにするのです」

 エリザベスの声に合わせるように、畑の端から小さな芽が顔を覗かせた。
 生まれたばかりの若葉は淡く光を帯び、みるみるうちに伸びる。

「な……」

 クラウディオの息が詰まる。
 彼は慌てて前へ出て、思わず土に手を触れた。

「温かい……。生きているようだ……!」

 従者の一人が思わず囁く。

「これほどの土魔法……伝承でしか聞いたことがない……」

「いや、そもそも魔力量が桁違いだ」

 小声で交わされる驚嘆の言葉に、クラウディオの胸はさらに高鳴った。
 瞳を輝かせながら、興奮したようにエリザベスを仰ぐ。

「た、例えば! 干ばつのときはどうなるのですか? 雨がなければ畑は枯れてしまう」

 エリザベスは微笑み、そっと土に手を触れた。

「この畝には、土中に水分を留める魔法をかけています。乾きにくいので、干ばつでも一定期間は作物を守れます」

 すると、隣の畝に移って光を放つ。

「こちらは逆に、余分な水を流すようにしてあります。大雨でも根腐れしにくい仕組みですわ」

「まさかこれは土だけでなく、他の属性を含めた四属性の調和!? 水と風を補いながら、土で支える……! あ、貴女は四属性もの魔法を扱えるのか!?」

 クラウディオは思わず前に出て、畝に目を凝らした。
 芽吹いたばかりの若葉は淡い光をまとい、まるで小さな宝石のように輝いている。

「四属性……すべてを用いるだと……!」

 唇を震わせ、彼は低く呟いた。
 その胸に、ひとつの考えがよぎる。

(もし、この魔法を我が領にも取り入れることができれば……!)

 一瞬、その瞳には野心の炎が宿った。

 その仕草を見逃さず、従者の一人が小声で問う。

「……坊ちゃま?」

 クラウディオは片手を軽く振って制した。
 そして改めて、エリザベスを見据える。

「父からも聞いています。この島はかつて“土島”と蔑まれていた。しかし、今や薬草と野菜で豊かな実りを見せ、領民の笑顔が絶えない。……その力の多くが、貴女の魔法によるものなのですね」

 名を呼ばれたエリザベスは一瞬驚き、しかし静かに答えた。

「魔法はきっかけに過ぎませんわ。畑を守り、育てているのは島の人々です。私はその手助けをしているにすぎません」

 謙虚な答えに、クラウディオは目を細めて笑った。

「なるほど……風は土を運び、水を呼ぶ。だが大地を支えるのは、いつだって土そのものだと思い知らされました」

 彼の比喩に、エドワードは思わず唇を緩めた。
 ――この男は温厚でありながら、言葉で場を和ませ、相手を認めさせる才を持っている。確かに「風の嫡男」と呼ぶにふさわしい。

「そこで提案です」

 クラウディオは背筋を正し、声を改めた。

「シルフリード公爵領は、今後この島からの薬草を優先的に買い取りたい。長期的な契約を結び、公爵家の名において品質を保証しよう」

 その言葉が落ちた瞬間、空気が張り詰める。
 対面に座るエドワードの青い瞳が、静かに光を帯びた。

「……薬草を“わざわざ”?」

 彼はわざと小さく笑い、杯を揺らす。

「それはまた奇妙なことを。公爵家は“風”を掲げる名門。だが、領地経営の尻拭いを我ら“土”に求めるとは」

 クラウディオの眉がわずかに動く。
 エドワードは間髪入れず、言葉を畳みかけた。

「そもそも薬草は、我がヴァルメア家のタウンハウスでも栽培している。そこから供給される薬草で、医療機関は十分に回っている」

 杯を揺らしながら、エドワードは淡々と告げる。

「いや、正確に言えば、医療機関そのものが私の管轄下だ。薬の流通も、価格も、すべてヴァルメア家の手の中にある」

 その声音は冷ややかで、逃げ道を与えない。

「だから、私にとって新たな卸先など不要だ。必要としているのは、むしろ貴殿らの方だろう。公爵家が守るべき顔を立てるために」

 鋭い圧に、クラウディオの喉が小さく鳴った。
 従者たちも言葉を失い、沈黙が流れる。

 さらに追い討ちのように、エドワードは杯を机に置く音を響かせた。

「かつて島に持ち込んでいた食糧は、もはや不要だ。この地は自給自足が可能になった。つまり貴殿らは一切から手を引ける、ということになる」

「……っ」

 クラウディオは息を呑む。
 それは事実だ。従来の取引は完全に崩れ、彼らが欲しいのは“薬草”一択。
 追い詰められた彼は、必死に声を絞り出した。

「で、ですが……! それ以外の取引もご検討いただけませんか。例えば、我が領で育てている香辛料や、風を用いた交易路の優先使用権など――」

 次々に案を挙げるその姿は、もはや余裕ある風の嫡男ではなく、交渉の場に縛られた一介の商人のようだった。
 エドワードはその様子を静かに見下ろし、決して頷かない。

「……確かに、薬草そのものは不要かもしれません。しかし!」

 クラウディオは慌てて声を上げ、背筋を正した。

「薬草の加工品、あるいは新たな品種の共同研究という形ならば――我がシルフリード公爵家からも多大な支援をお約束できます!」

 従者たちが頷き、次々に案を口にする。

「交易路の確保を代行いたします」

「保存技術や加工施設をこちらで担えば、島の負担も減ります」

「流通を一手に引き受け、都への供給を保証いたします」

 矢継ぎ早に提示される提案の数々。
 だが、エドワードは微動だにせず杯を傾け、静かに言葉を返す。

「……ふむ。聞こえは悪くない」

 彼は視線を落とし、わざと間を置く。

「ただし、それらを請け負う代わりに、条件を下げてもらおう。輸入品の価格は三割減。そして保存施設の設置費用は、そちらの負担で」

 クラウディオは絶句した。

「さ、三割……!? それでは……!」

「無理なら無理でいい。我らは輸入に頼らずともやっていける」

エドワードは淡々と告げ、薬草に目をやる。

「だが――“風の家”が民に示す顔はどうかな?」

 その言葉は刃のように鋭く、クラウディオの胸に突き刺さる。
 しばし沈黙ののち、彼は拳を握りしめ、低く答えた。

「……承知しました。その条件で」

 従者たちがざわめく中、クラウディオは深く頭を下げた。
 彼にとっては痛手であっても、ここで手を引けば公爵領の顔に泥を塗る。
 選択の余地など残されていなかった。


(……ああ。これは、エドワード様の狙いなのね)

 彼がわざわざ島を見せ、薬草の品質を示した理由。
 そして、貴族社会で最も体面を重んじる“風の家”を、わざと窮地に追い込んでいる理由。

 ――公爵家に“欲しい”と言わせ、こちらの条件で安く取引させるため。

 エリザベスは膝の上でそっと指を絡め、隣に座る彼を盗み見た。
 悠然と笑みを浮かべるその横顔は、どこまでも自信に満ちていた。
 島の未来を守るために、時に甘く、時に鋭く――すべてを計算して動いている。

(……罠にかけられているのは、きっと公爵家だけではないわ。私もまた、この人の掌の上で……)

 そう気づいた瞬間、胸の奥に甘やかな熱が広がった。
 恐ろしくも頼もしい彼の策略家としての顔に、知らず心が震える。
 冷静で冷徹に見えるその姿の奥に、島を豊かにしようとする確かな思惑がある。
 そのことを思うと、自然と頬が緩み、温かい気持ちが胸いっぱいに広がった。





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