海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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育て甲斐ある娘と試される令息

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 会議室には、完成に近づいた試作品の瓶が並んでいた。
 クラウディオは緊張を隠せぬ面持ちで、セシリアをそっと見やる。

「それでは、先日のセシリア嬢のご提案を元に調整したものです」

 調合師が一歩前へ出て説明する。
 蓋を開けると、淡い香りが室内に広がった。華やかすぎず、それでいて清潔感を伴う爽やかさ。

 エリザベスは指先で乳液をすくい、手の甲に伸ばす。
 肌へすっと馴染む軽やかな感触に、彼女は目を細めた。

「……まあ、これは素晴らしいわ。べたつきがなく、それでいて潤いが残る。香りも日常に馴染む優しさがあるわね」

 その評価に、クラウディオは大きく息を吐き、安堵の色を見せた。
 そして、翡翠の瞳を輝かせていたのは、セシリアであった。

「……セシリア嬢の発想が、この結果を生んだのですわね」

 エリザベスがにこやかに告げると、セシリアはぴたりと硬直した。

「い、いえ! わ、わたくしはほんの思いつきを……!」

 耳まで赤くなりながら俯く姿は、誇らしさと戸惑いがないまぜになった愛らしさを帯びていた。
 クラウディオは、そんな彼女を不思議そうに見つめている。
 ――自分に対しては強気で気丈な彼女が、まるで別人のように照れているからだ。

 だが当のセシリアは、胸の奥で煮え立つものを感じていた。

(……でも、これもエリザベス様に導かれたから。わたくしが一人で気づけたわけではないのよね……!)

 誇らしさの影に、嫉妬の痛みが刺さる。
 エリザベスに向けられるクラウディオの眼差し、彼女の余裕ある笑み――全てが胸をかき乱した。

 思わず、エリザベスを鋭く見据える。
 けれど、エリザベスはその視線を受け止め、まるで子犬の鳴き声でも聞くかのように穏やかに微笑んだ。

(……やっぱり、可愛らしい娘ですわ)

 心の中でそう呟くと、エリザベスはセシリアへと優しく声をかけた。

「どうか自信を持ってくださいな。貴女の感性は、これからの事業に必要不可欠ですわ」

「……っ」

 セシリアは言葉を失い、翡翠の瞳を潤ませた。
 嫉妬と誇り、憧れと対抗心が入り混じる感情の中で、ただ胸を強く締めつけられる。

 その様子を見守りながら、エリザベスは静かにグラスを揺らした。
 ――育て甲斐のある娘を得た、と確信しながら。

 基礎化粧品がひと段落したところで、会議室の机に試作品の瓶が片付けられると、次に木箱が運び込まれた。
 蓋を開ければ、薬草の乾いた香りと甘い小麦の匂いが混ざり合い、ほのかに漂う。

「――さて。外側を整えるものは完成に近づきました。次は“内側から美しくなれる食品”ですわ」

 エリザベスの声に、場の空気が引き締まった。
 並んで座るクラウディオとセシリアも自然と背筋を正す。

「今回ご用意したのは、土島で栽培している薬草を使った焼き菓子。滋養強壮だけでなく、美肌効果を期待できる成分を含ませておりますの」

 焼き菓子を切り分け、銀の皿に盛って配られる。
 一口含めば、薬草特有の苦味が後味にふっと広がった。

「……少し、青いですね」

 クラウディオが眉をひそめる。

 セシリアも頷きつつ、手を胸に置いた。

「美味しく召し上がっていただくには、まだ工夫が必要かと思いますわ」

 エリザベスは頷き、にこやかに二人へと視線を向ける。

「そう。だからこそ、次に必要なのは味を整える役割を担える者。風島の料理人でも構いませんし、ヴァンディール伯爵家の伝手でも結構です。お二人のお考えを伺いたいのです」

 問いかけに、クラウディオは少し考え込み、腕を組んだ。

「風島には保存や流通に長けた職人はいますが……味覚や香りの工夫となると、あまり得意ではありません」

 その横で、セシリアは意外そうに小さく首を傾げた。

「でしたら、土島に滞在している料理人を探しては? 薬草を日常的に使う文化があるのですから、活かせる知識が多いはずですわ」

 セシリアの翡翠の瞳がきらめき、凛とした声が会議室に響いた。
 クラウディオも目を輝かせる。

「なるほど、それは一理あるな――」

 だが、そこでエリザベスが静かに首を振った。

「……いいえ。確かに土島で薬草を栽培していますが、あれは高級品。風島や王都、特に侯爵様の医療団への出荷が優先され、島民が日常的に食す習慣はございませんの」

「……っ!」

 セシリアの頬が一瞬で赤く染まり、翡翠の瞳が揺らぐ。

「そ、そう……でしたのね。わたくし、的外れなことを……」

 しゅんと肩を落とし、指先をぎゅっと握りしめる。
 だが、エリザベスは柔らかな微笑みを崩さなかった。

「いいえ。むしろ“文化に着目する発想”は、とても大切ですわ。貴女が今おっしゃったのは、決して無駄ではございませんのよ」

「……エリザベス様……」

 褒められても、納得できぬ気持ちが胸を締めつける。
 けれど、その温かさに背を押されるように、セシリアは息を吸い込み――再び口を開いた。

「図々しいとは思いますが……!」

 真っ直ぐな瞳で、彼女は勇気を振り絞る。

「ヴァルメア侯爵の医療団の方々で、新事業に協力してくださる方はいないのでしょうか? 薬草を薬としてだけでなく、食品としても活かす方法をご存じかもしれませんわ!」

 クラウディオが目を見張る。
 会議室に一瞬の沈黙が落ちた。

 やがてエリザベスは、ゆるやかに口元へ手を添え、微笑を深めた。

「それは確かに興味深い提案ですわね。では侯爵様の医療団へ、ご助力頂けるか、侯爵様へ相談してみましょう」

 その宣言に、クラウディオは息を呑み、セシリアは胸を押さえた。
 自分の言葉が、次なる展開の扉を開いたのだ。

 エリザベスはそんな二人を見つめ、心の奥でひそやかに思う。

(……本当に、育て甲斐のある娘ですわね)


 エリザベスは、使用人から耳にした言葉を思い返していた。
 たしか、本日はいつもより早く侯爵様がお戻りになる日。

 その瞬間、彼女の中でひとつの絵図が完成する。緊張を抱えたクラウディオとセシリアに視線を向け、柔らかく微笑んだ。

「ちょうど良い機会ですわ。エドワード様にお時間を頂けるよう整えますから、三人で交渉してみましょう」

「えっ……!」

 クラウディオの碧眼が大きく見開かれる。
 隣のセシリアも、真っ赤に染まった頬を両手で押さえた。

「ヴ、ヴァルメア侯爵閣下と……わ、わたくしたちが……!?」

「そうですわ。あの方と正面から交渉する経験は、必ず将来の糧になりますもの」

 エリザベスはあくまで穏やかに告げる。
 だが、二人の鼓動は激しく跳ね上がり、背筋には冷たい汗が流れていた。









 やがて、重厚な扉が開かれる音が廊下に響いた。
 青い瞳を輝かせ、堂々たる姿でエドワード・ヴァルメア侯爵が帰還する。

「……!」

 クラウディオは無意識に背筋を正し、セシリアは息を呑んだ。
 圧倒的な気配。王都でも一目置かれる大貴族の帰宅は、ただそれだけで場を支配する。

 だが、次の瞬間。

「おかえりなさいませ、エドワード様」

 エリザベスが一歩前に進み出て微笑んだ途端、その威圧感はふっと解ける。
 エドワードはゆるやかな笑みを浮かべ、彼女の頬へと自然に口づけた。

「ただいま、我が最愛の婚約者よ」

「……!?」

 クラウディオとセシリアの瞳が、同時に見開かれる。
 いつもの冷徹で威厳に満ちた侯爵が、まるで恋に溺れる青年のように甘やかだったからだ。

(こ、こんな……!)

(嘘でしょう……!? これがあのヴァルメア侯爵……?)

 二人は揃って愕然とし、言葉を失う。

 そんな彼らの反応を知ってか知らずか、エリザベスは頬をわずかに染めながらも微笑を絶やさず、柔らかく口を開いた。

「エドワード様。本日は少しだけお時間を頂きたく存じますの。新事業の件で、シルフリード公爵令息と婚約者のセシリア嬢が直接お話したいとのことですわ。もちろん、わたくしも含めて」

 侯爵は一瞬、瞳を細め、ちらりと二人に視線を送った。
 その眼差しは甘さを含んでいた直後だからこそ、余計に鋭さを増して感じられる。

 クラウディオは息を詰め、セシリアは足先まで凍り付く思いがした。

 だが、やがてエドワードは椅子へと腰を下ろし、静かに笑んだ。

「――いいだろう。君の頼みならば、耳を貸そう」

 彼はワインを手に取り、さらりと注いだ。
 そして悠然とした態度のまま、二人を手招きする。

「――さあ、若き風の令息と令嬢よ。己の力で語ってみせよ」

 重く、鋭い空気が会議室を支配する。
 クラウディオとセシリアの胸は高鳴り、まるで全身を試されるように緊張が頂点へ達していく。

 ――エリザベスの用意した舞台にて、交渉の幕がいま上がろうとしていた。
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