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未来を映す試練
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静まり返った応接室。
侯爵エドワードは深紅の椅子に腰掛け、ワインを軽く揺らしながら二人を鋭く見据えていた。
クラウディオとセシリアは背筋を伸ばし、緊張のあまり呼吸すら浅くなる。
その張り詰めた空気の中で、一歩前へ出たのはエリザベスだった。
彼女は軽やかにスカートを揺らし、侯爵の正面で優雅に一礼する。
「侯爵様。本日はお時間を頂き、心より感謝いたしますわ」
甘やかに返す笑みを見せる侯爵に、彼女は穏やかに言葉を重ねていった。
「先日から進めております“美容事業”について、まずは現状をご報告いたします。
基礎化粧品の第一段階、乳液の試作品が完成に近づきましたの。調合師たちも満足のいく仕上がりを見せ、実際に使用感も良好でございます」
エリザベスは机上に置かれた試作品の瓶へと手を差し伸べた。
琥珀色のガラスに封じられた液体が、柔らかな光を反射してきらめく。
「外側を整えるものは、こうしてようやく形を得ました。ですが、我らが目指すのはそれだけではございません」
侯爵の蒼い瞳がわずかに細められる。
エリザベスはその視線を受け止めながら、微笑を崩さぬまま続けた。
「次は“内側から美しくなる食品”を展開し、土島に美容を楽しむ新たな文化を築くことを目指しております。第一歩として焼き菓子を試作いたしましたが……そこに課題がございます」
侯爵の指がグラスを軽く弾いた。
カラン、と澄んだ音が響き、クラウディオとセシリアは同時に肩を震わせる。
「課題。ふむ」
「はい」
エリザベスは視線を横へと移し、クラウディオとセシリアを見遣った。
その眼差しはまるで“ここからが本番”と告げるかのように、静かで、しかし力強い。
「この件については、セシリア嬢が最も鋭い視点をお持ちでしたの。侯爵様、彼女の意見を直接お聞きいただけませんか?」
「……っ!」
突然名を呼ばれたセシリアは、はっと息を呑む。
緊張で背筋が固まるのを自覚しながらも、彼女は必死に姿勢を正した。
翡翠の瞳をエリザベスからエドワードへ移す――その瞬間、冷ややかで威厳に満ちた視線に射抜かれ、全身が凍り付いたように感じた。
(お、落ち着いて……)
胸の内で必死に言葉を紡ぐ。
そして両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、ようやく口を開いた。
「お、恐れながら……」
かすれる声を整え、彼女はまっすぐにエドワードを見据えた。
「わたくしたちの試みは、薬草を用いた焼き菓子でございます。ですが現状では、薬草特有の苦味が残り、美味として成立するにはまだ遠く……。その改善こそが、最大の課題と考えております」
淡々と述べたつもりが、言葉の端々に震えが混じる。それでも必死に耐え、視線を逸らさない。
クラウディオは隣で固唾を呑み、ただ彼女の背中を見守っていた。
エリザベスは静かに口角を上げ、満足げにその様子を眺めていた。
「ほう」
エドワードが低く呟いた。
その声音は淡々としていたが、確かに耳を傾けた証であった。
冷たい空気の中に、ほんのわずかな肯定の色が滲む。
セシリアは心臓が破裂しそうなほど高鳴るのを必死に押さえながら、さらに続けるべきか迷った。
その逡巡の先に、侯爵の眼が彼女を鋭く射抜いていた。
「――では、どうすべきか。ヴァンディール伯爵令嬢の意見を聞こう」
試される刹那。
エリザベスが促したのは、ただの発表ではなく、侯爵との真正面からの交渉だった。
重く張り詰めた沈黙の中、セシリアは拳を握りしめた。
エドワードの瞳が、冷たい刃のように突き刺さる。
(わ、わたくし……ここで退いてしまったら……!)
翡翠の瞳を震わせながらも、セシリアは唇を噛み、意を決して前を向いた。
そして、小さな声を確かな意志を込めて響かせる。
「図々しいとは思いますが……侯爵様の医療団に、ご協力いただくことは……叶わないでしょうか? 薬草を“薬”として扱っておられる方々であれば、食品への応用も、何かお知恵を授けてくださるのではないかと……!」
その言葉が落ちた瞬間、クラウディオの胸が大きく震えた。
隣で必死に声を張るセシリアの姿は、あまりにも勇敢で、そして愛おしかった。
だが――
「却下だ」
エドワードの声は低く、容赦なく切り捨てた。
「……!」
セシリアの身体が震え、声を失う。
侯爵は淡々と、だが冷酷な響きを帯びて続けた。
「医療団は治癒行為を目的とした王家直轄の団体。民の命を守るために存在している。
お前たちの“美しくなりたい”などという道楽に付き合わせる余裕など、一刻たりともない」
突き放すようなその言葉に、セシリアの心は大きく揺さぶられた。
唇を噛み、瞳が潤む。
せっかく勇気を振り絞った提案は、あまりにも無惨に踏みにじられてしまったのだ。
(わ、わたくし……何も……できなかった……)
悔しさと情けなさが胸を締めつける。
滲んだ涙が頬を伝うのを、必死に袖口で押さえた。
――その時。
「……お待ちください」
クラウディオが椅子を押し退け、前へと踏み出した。
緑瞳には、強い決意が宿っている。
「侯爵様のお言葉、もっともにございます。医療団が王家直轄であり、国の礎を守る存在であること、私も理解しております。ですが、だからこそ!」
その声は震えていた。だが、それ以上に真摯であった。
「薬草を食品として用いる道を探ることは、無駄ではございません! 人々が病を防ぎ、健康を保つことができれば、結果的に治癒にかかる負担を減らし、医療団そのものの役割を補うことにも繋がるのです!」
セシリアが涙に濡れた瞳を上げ、クラウディオを見つめた。
彼の背は、彼女のために真っ直ぐに伸びている。
「これは決して“道楽”ではない。人々の暮らしを支え、美と健康を繋ぐ――未来のための挑戦なのです」
その声が、部屋の空気を震わせる。
エドワードはグラスを揺らし、音もなく赤い液体を口に含んだ。
「……ほう」
淡い笑みが浮かんだが、その瞳はなお鋭く、若き二人の覚悟を測っていた。
クラウディオは一歩も退かず、声を強める。
「侯爵様。どうか、セシリアの言葉に耳を傾けていただきたい。彼女の発想は、確かに新しく、そして価値のあるものです。どうか、未来を切り拓く一助として、医療団との橋渡しをお許しいただけませんか!」
涙に濡れたセシリアの横顔を守るように、クラウディオは立ち続けた。
その姿は、ただの青年貴族ではなく――大切な人を守ろうとする、一人の騎士そのものだった。
そしてエリザベスは、その光景を静かに見つめながら、心の中で微笑む。
(……あら。やっと、らしくなってきましたわね)
クラウディオの声が、会議室に凛として響いた。涙を堪える婚約者を守るように、彼は真っ直ぐに立っている。
その姿を、エリザベスはじっと見つめていた。
(まあ……ようやく、“騎士”らしい顔を見せてくれましたわね。やっぱり男の子は女の子の涙で強くなる)
彼の必死な言葉は、青臭さを伴いながらも確かな熱を持っていた。
その熱に触発されるように、セシリアも拳を握りしめて小さく頷いている。か細い肩に宿った光は、先ほどまでの涙ぐむ少女のものではなかった。
――可愛い弟分と妹分。
成長の芽がこうして芽吹いていく様を見届けるのは、なんと心地よいものだろう。
エリザベスは唇に笑みを浮かべ、隣の侯爵へと視線を送った。
(エドワード様。貴方も、楽しんでくださっていますでしょう?)
その問いかけに答えるかのように、侯爵はグラスを置き、ゆるやかに息を吐いた。
「……なるほどな」
その声音は重く、それでいてどこか愉悦を含んでいた。
碧眼がクラウディオを射抜き、次いでセシリアをも捉える。
「王家直轄の医療団を“娯楽”に使うことはできぬ。だが――お前たちの言葉の中に、道楽ではなく“未来”を見た」
「……!」
クラウディオの胸が大きく跳ねた。
セシリアも驚きに瞳を瞬かせ、思わず彼の袖を掴む。
エドワードは続けた。
「医療団に直接命じることはせぬ。だが、エリザベスを通じて“協力を仰ぐ余地”を与えるくらいなら、構わぬだろう」
さらりと告げたその言葉は、実質的な承認に等しかった。
だが彼の真意を読み取れるのは、エリザベスだけだ。
(ふふっ、本当は二つ返事で許す気でいらしたのに。わたくしの遊び心に合わせて、わざわざ試練を仕立ててくださったのね)
彼女は内心で微笑み、視線を落とす。
クラウディオとセシリア、二人が互いを支え合う姿を見せることで、幼き憧れを“恋”ではなく“敬愛”へと導く。
その巧みな配慮を、彼女は理解していた。
(本当に……油断ならない方ですこと)
横目で見やれば、侯爵の横顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。
それは、婚約者を安心させるためのものでもあり、二人の若き貴族を未来へ押し出すためのものでもあった。
「……! エリザベス様……!」
セシリアが涙を拭い、勢いよく頭を下げた。
その隣でクラウディオもまた、強い決意を込めて言葉を発する。
「必ずや、未来を切り拓ける成果をお見せいたします!」
その姿は、数刻前よりも遥かに大きく見えた。
手を取り合う二人の背には、確かな絆が生まれている。
――政略結婚の名の下に結ばれた縁は、いま確かに“恋”へと繋がる可能性を帯び始めていた。
エリザベスはその様子を見届け、穏やかにグラスを傾ける。
(……まあ、これで王妃様への手土産もできましたわね。
若き貴族の奮闘と、新たな文化事業。きっとお喜びくださるでしょう)
彼女は小さく息を吐き、侯爵の隣で目を細めた。
(そして……弟分と妹分の成長。わたくしには、これほど楽しい贈り物はありませんわ)
甘やかな雰囲気の中、会議室の空気は次第に温かなものへと変わっていった。
侯爵エドワードは深紅の椅子に腰掛け、ワインを軽く揺らしながら二人を鋭く見据えていた。
クラウディオとセシリアは背筋を伸ばし、緊張のあまり呼吸すら浅くなる。
その張り詰めた空気の中で、一歩前へ出たのはエリザベスだった。
彼女は軽やかにスカートを揺らし、侯爵の正面で優雅に一礼する。
「侯爵様。本日はお時間を頂き、心より感謝いたしますわ」
甘やかに返す笑みを見せる侯爵に、彼女は穏やかに言葉を重ねていった。
「先日から進めております“美容事業”について、まずは現状をご報告いたします。
基礎化粧品の第一段階、乳液の試作品が完成に近づきましたの。調合師たちも満足のいく仕上がりを見せ、実際に使用感も良好でございます」
エリザベスは机上に置かれた試作品の瓶へと手を差し伸べた。
琥珀色のガラスに封じられた液体が、柔らかな光を反射してきらめく。
「外側を整えるものは、こうしてようやく形を得ました。ですが、我らが目指すのはそれだけではございません」
侯爵の蒼い瞳がわずかに細められる。
エリザベスはその視線を受け止めながら、微笑を崩さぬまま続けた。
「次は“内側から美しくなる食品”を展開し、土島に美容を楽しむ新たな文化を築くことを目指しております。第一歩として焼き菓子を試作いたしましたが……そこに課題がございます」
侯爵の指がグラスを軽く弾いた。
カラン、と澄んだ音が響き、クラウディオとセシリアは同時に肩を震わせる。
「課題。ふむ」
「はい」
エリザベスは視線を横へと移し、クラウディオとセシリアを見遣った。
その眼差しはまるで“ここからが本番”と告げるかのように、静かで、しかし力強い。
「この件については、セシリア嬢が最も鋭い視点をお持ちでしたの。侯爵様、彼女の意見を直接お聞きいただけませんか?」
「……っ!」
突然名を呼ばれたセシリアは、はっと息を呑む。
緊張で背筋が固まるのを自覚しながらも、彼女は必死に姿勢を正した。
翡翠の瞳をエリザベスからエドワードへ移す――その瞬間、冷ややかで威厳に満ちた視線に射抜かれ、全身が凍り付いたように感じた。
(お、落ち着いて……)
胸の内で必死に言葉を紡ぐ。
そして両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、ようやく口を開いた。
「お、恐れながら……」
かすれる声を整え、彼女はまっすぐにエドワードを見据えた。
「わたくしたちの試みは、薬草を用いた焼き菓子でございます。ですが現状では、薬草特有の苦味が残り、美味として成立するにはまだ遠く……。その改善こそが、最大の課題と考えております」
淡々と述べたつもりが、言葉の端々に震えが混じる。それでも必死に耐え、視線を逸らさない。
クラウディオは隣で固唾を呑み、ただ彼女の背中を見守っていた。
エリザベスは静かに口角を上げ、満足げにその様子を眺めていた。
「ほう」
エドワードが低く呟いた。
その声音は淡々としていたが、確かに耳を傾けた証であった。
冷たい空気の中に、ほんのわずかな肯定の色が滲む。
セシリアは心臓が破裂しそうなほど高鳴るのを必死に押さえながら、さらに続けるべきか迷った。
その逡巡の先に、侯爵の眼が彼女を鋭く射抜いていた。
「――では、どうすべきか。ヴァンディール伯爵令嬢の意見を聞こう」
試される刹那。
エリザベスが促したのは、ただの発表ではなく、侯爵との真正面からの交渉だった。
重く張り詰めた沈黙の中、セシリアは拳を握りしめた。
エドワードの瞳が、冷たい刃のように突き刺さる。
(わ、わたくし……ここで退いてしまったら……!)
翡翠の瞳を震わせながらも、セシリアは唇を噛み、意を決して前を向いた。
そして、小さな声を確かな意志を込めて響かせる。
「図々しいとは思いますが……侯爵様の医療団に、ご協力いただくことは……叶わないでしょうか? 薬草を“薬”として扱っておられる方々であれば、食品への応用も、何かお知恵を授けてくださるのではないかと……!」
その言葉が落ちた瞬間、クラウディオの胸が大きく震えた。
隣で必死に声を張るセシリアの姿は、あまりにも勇敢で、そして愛おしかった。
だが――
「却下だ」
エドワードの声は低く、容赦なく切り捨てた。
「……!」
セシリアの身体が震え、声を失う。
侯爵は淡々と、だが冷酷な響きを帯びて続けた。
「医療団は治癒行為を目的とした王家直轄の団体。民の命を守るために存在している。
お前たちの“美しくなりたい”などという道楽に付き合わせる余裕など、一刻たりともない」
突き放すようなその言葉に、セシリアの心は大きく揺さぶられた。
唇を噛み、瞳が潤む。
せっかく勇気を振り絞った提案は、あまりにも無惨に踏みにじられてしまったのだ。
(わ、わたくし……何も……できなかった……)
悔しさと情けなさが胸を締めつける。
滲んだ涙が頬を伝うのを、必死に袖口で押さえた。
――その時。
「……お待ちください」
クラウディオが椅子を押し退け、前へと踏み出した。
緑瞳には、強い決意が宿っている。
「侯爵様のお言葉、もっともにございます。医療団が王家直轄であり、国の礎を守る存在であること、私も理解しております。ですが、だからこそ!」
その声は震えていた。だが、それ以上に真摯であった。
「薬草を食品として用いる道を探ることは、無駄ではございません! 人々が病を防ぎ、健康を保つことができれば、結果的に治癒にかかる負担を減らし、医療団そのものの役割を補うことにも繋がるのです!」
セシリアが涙に濡れた瞳を上げ、クラウディオを見つめた。
彼の背は、彼女のために真っ直ぐに伸びている。
「これは決して“道楽”ではない。人々の暮らしを支え、美と健康を繋ぐ――未来のための挑戦なのです」
その声が、部屋の空気を震わせる。
エドワードはグラスを揺らし、音もなく赤い液体を口に含んだ。
「……ほう」
淡い笑みが浮かんだが、その瞳はなお鋭く、若き二人の覚悟を測っていた。
クラウディオは一歩も退かず、声を強める。
「侯爵様。どうか、セシリアの言葉に耳を傾けていただきたい。彼女の発想は、確かに新しく、そして価値のあるものです。どうか、未来を切り拓く一助として、医療団との橋渡しをお許しいただけませんか!」
涙に濡れたセシリアの横顔を守るように、クラウディオは立ち続けた。
その姿は、ただの青年貴族ではなく――大切な人を守ろうとする、一人の騎士そのものだった。
そしてエリザベスは、その光景を静かに見つめながら、心の中で微笑む。
(……あら。やっと、らしくなってきましたわね)
クラウディオの声が、会議室に凛として響いた。涙を堪える婚約者を守るように、彼は真っ直ぐに立っている。
その姿を、エリザベスはじっと見つめていた。
(まあ……ようやく、“騎士”らしい顔を見せてくれましたわね。やっぱり男の子は女の子の涙で強くなる)
彼の必死な言葉は、青臭さを伴いながらも確かな熱を持っていた。
その熱に触発されるように、セシリアも拳を握りしめて小さく頷いている。か細い肩に宿った光は、先ほどまでの涙ぐむ少女のものではなかった。
――可愛い弟分と妹分。
成長の芽がこうして芽吹いていく様を見届けるのは、なんと心地よいものだろう。
エリザベスは唇に笑みを浮かべ、隣の侯爵へと視線を送った。
(エドワード様。貴方も、楽しんでくださっていますでしょう?)
その問いかけに答えるかのように、侯爵はグラスを置き、ゆるやかに息を吐いた。
「……なるほどな」
その声音は重く、それでいてどこか愉悦を含んでいた。
碧眼がクラウディオを射抜き、次いでセシリアをも捉える。
「王家直轄の医療団を“娯楽”に使うことはできぬ。だが――お前たちの言葉の中に、道楽ではなく“未来”を見た」
「……!」
クラウディオの胸が大きく跳ねた。
セシリアも驚きに瞳を瞬かせ、思わず彼の袖を掴む。
エドワードは続けた。
「医療団に直接命じることはせぬ。だが、エリザベスを通じて“協力を仰ぐ余地”を与えるくらいなら、構わぬだろう」
さらりと告げたその言葉は、実質的な承認に等しかった。
だが彼の真意を読み取れるのは、エリザベスだけだ。
(ふふっ、本当は二つ返事で許す気でいらしたのに。わたくしの遊び心に合わせて、わざわざ試練を仕立ててくださったのね)
彼女は内心で微笑み、視線を落とす。
クラウディオとセシリア、二人が互いを支え合う姿を見せることで、幼き憧れを“恋”ではなく“敬愛”へと導く。
その巧みな配慮を、彼女は理解していた。
(本当に……油断ならない方ですこと)
横目で見やれば、侯爵の横顔にはわずかな笑みが浮かんでいた。
それは、婚約者を安心させるためのものでもあり、二人の若き貴族を未来へ押し出すためのものでもあった。
「……! エリザベス様……!」
セシリアが涙を拭い、勢いよく頭を下げた。
その隣でクラウディオもまた、強い決意を込めて言葉を発する。
「必ずや、未来を切り拓ける成果をお見せいたします!」
その姿は、数刻前よりも遥かに大きく見えた。
手を取り合う二人の背には、確かな絆が生まれている。
――政略結婚の名の下に結ばれた縁は、いま確かに“恋”へと繋がる可能性を帯び始めていた。
エリザベスはその様子を見届け、穏やかにグラスを傾ける。
(……まあ、これで王妃様への手土産もできましたわね。
若き貴族の奮闘と、新たな文化事業。きっとお喜びくださるでしょう)
彼女は小さく息を吐き、侯爵の隣で目を細めた。
(そして……弟分と妹分の成長。わたくしには、これほど楽しい贈り物はありませんわ)
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