海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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団員の熱気と最愛の学び

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 会議室から場所を移し、薬草園と呼ばれる中庭へと足を運ぶ。
 そこは王都の真ん中とは思えないほど緑豊かで、整然と植えられた薬草たちが風に揺れていた。
 ローズマリーの清々しい香り、ラベンダーの甘やかな芳香、ミントの涼やかな匂い。一歩足を踏み入れるだけで、心が洗われるようだった。

「素敵……!」

 エリザベスが感嘆の声を上げると、団員たちはどっと笑みを浮かべた。
 中には赤面しながら、案内役を申し出る者まで現れる。

「こちらはラベンダーです。安眠に効果がありまして……」

「これはカモミール。お茶にすると心を落ち着かせる効能が……」

「こちらは……」

 団員たちが我先にと説明を始める。
 普段は冷徹に任務をこなす彼らが、少年のような瞳で張り切っているのだから、どれほど彼女が人気なのか一目瞭然だった。

 エリザベスは一人ひとりの言葉に耳を傾け、微笑みを浮かべる。
 時に小さく頷き、時に感嘆の声を洩らし、その度に説明役の団員の頬が紅潮していく。

「エリザベス様が笑ってくださった……!」

「……やっぱり“加護”というのは本当かもしれん」

「いや、それ以前にお美しい……」


 ひそひそと囁き合う声は止まらない。

 その光景を、少し離れた場所から眺めていたエドワードは――。

「……調子に乗りすぎだな」

 低く呟いた。
 ノエルが苦笑しながら隣で肩を竦める。

「団長。独占欲が漏れていますよ」

「仕方ないだろう。我が婚約者が人気すぎる」

 即答するその声音に、ノエルは「やれやれ」と首を振った。
 だが、確かにそう言いたくもなる光景だった。

 エリザベスの周囲には常に団員の輪ができ、まるで光に群がる蝶のように男たちが次々と集まってくる。
 その一人ひとりに、彼女は分け隔てなく微笑みを返すのだから。

「侯爵様!」

 ひとりの団員が薬草を手に駆け寄ってきた。

「このハーブを、エリザベス様に直接お見せしてもよろしいでしょうか!」

「……残念だが、それは許可できないな」

 エドワードの低い声に、団員はびくりと立ち止まった。
 だが先ほどまでの冷酷な響きではなく、どこか呆れを含んだ声音だった。

「彼女に教えるのは、ノエルと私だ。……他意はないが、君たち全員が競って差し出せば収拾がつかん」

 言葉は淡々としているのに、どこか柔らかさが混じっている。
 団員たちは顔を見合わせ、気まずそうに笑った。

「そ、そうですね……!」

「団長のおっしゃるとおりだ」

 場に小さな笑いが広がり、張り詰めていた空気がほどけていく。

「侯爵様……そんなに強くおっしゃらなくても……」

 エリザベスは小さく袖を引いた。

「皆さま、親切に教えてくださろうとしただけですのに」

「親切かもしれんが、私の婚約者を巡って順番待ちなど笑い話にもならん」

 くすっとノエルが吹き出す。

「団長、今の言い方では余計に団員の心に火をつけますよ」

 確かに、と数人の団員が「やっぱり羨ましい……」とこそこそ囁く声も。

 エドワードは一瞬目を細めたが、すぐに視線をエリザベスへ向けると、手を取り軽く口づけた。
 けれどそれは、誇示するというよりも自然体で、見ている側も頬を緩めてしまうほどの穏やかな仕草だった。

「……彼女は、私にとってかけがえのない人だ。だからこそ、私が責任を持って学びの機会を整える」

 その真摯な声音に、団員たちは静まり返る。
 やがて、誰からともなく拍手が起こった。

「素晴らしいお言葉です、団長」

「やっぱり侯爵様は格好いいな……」

「エリザベス様が羨ましい……」

 ざわめきは羨望と感嘆で満ちていた。

 エリザベスは顔を真っ赤に染め、恥ずかしさに俯きながらも、胸の奥はほんのり甘く、温かな光で満たされていた。

 その後、一行は薬草庭園から医療団の室内講義室へと移った。
 大きな窓から陽光が差し込み、壁際には乾燥中の薬草が整然と吊るされている。空気は清浄で、かすかにハーブの香りが漂っていた。

 エドワードは真っ先に椅子を引き、エリザベスに腰掛けを促した。

「どうぞ」

「ありがとうございます。エドワード様」

 にこりと微笑みかけながら、エリザベスは裾を整えて腰を下ろす。
 わざと名前を口にしたのは、少し拗ね気味だった彼の機嫌を取るためだ。案の定、エドワードの瞳がわずかに和らぎ、胸の奥に甘い安堵が広がる。

 やがて会合が始まると、エリザベスの本領が発揮された。
 彼女は真剣な眼差しで薬草の束を手に取り、団員へ次々と質問を投げかける。

「この葉は煎じ薬に用いられるのでしたよね。ですが乾燥させる場合、効能は弱まらないのですか?」

「収穫時期によって、効果に差が出ることはありますか?」

「服用する際、子供と大人では量を分けるべきなのでしょうか?」

 その一つ一つが的確で礼儀正しく、しかし核心を突くものだった。

 団員たちは目を見張りながらも懇切に答え、いつしか彼女の周囲には自然と人だかりができていた。

「……侯爵様の婚約者は、どうしてあんなに知識欲が強いんだ?」

「先ほどの説明を一度聞いただけで、すぐに理解して質問までしてくるとは……」

「さっきから皆、彼女に夢中じゃないか」

 呆れと感嘆が入り混じった囁きが、そこかしこで交わされる。

 だが当のエリザベスは、大人気になっていることなど露ほども知らず、薬草を手にしては楽しそうに質問を続けていた。
 その姿を見守るエドワードの瞳は、普段の冷徹さを失い、驚くほど柔らかな光を宿している。

(……君がこうして輝いている。それだけで、ここへ来た甲斐がある)

 団員が一人、棘を持つ植物の鉢を差し出した。

「婚約者様、こちらをご覧ください。これは傷薬の原料として重宝されるものですが……」

 エリザベスが無邪気に手を伸ばそうとした瞬間――。

「危ない。棘がある」

 誰よりも早く、エドワードの手が伸びた。
 彼は彼女の手を包み込み、自らの指先で鉢を受け取る。涼しい顔で棘を避けてみせると、さらりと告げた。

「君は触れなくていい。説明だけ聞いていれば十分だ」

「侯爵様、そこまでなさらずとも……」

「君に傷がつくくらいなら、私が触れれば済む話だ」

 あまりにも当然のように言い切られ、エリザベスの心臓が跳ね上がる。
 耳の奥まで熱くなりながらも、彼女は唇を結び、言葉を探すことしかできなかった。

 会議室の空気が微妙にざわつく中、エドワードは一切気にすることなく彼女の髪を撫でつけた。


 数時間に及んだ会合ののち、団員たちはすっかり彼女の虜になっていた。
 薬草の知識を吸収する姿勢と、真っ直ぐな笑顔。侯爵の婚約者であることを差し引いても、彼女自身の魅力が人々の心を掴んでいた。

「本日は大変勉強になりました。……皆さまのご厚意に、心より感謝申し上げますわ」

 深々と頭を下げるエリザベスに、団員たちは口々に応じる。

「とんでもない! こちらこそ、あれほど熱心に聞かれる方は珍しい」

「次にいらした時もぜひ、質問を――!」

「ええ、ぜひまた!」

 歓待の熱が収まらぬ中、エドワードは満足げに彼女を見やった。
 彼の蒼の瞳には、団員の心を自然と惹きつけてしまう婚約者への誇らしさが、隠しきれずににじんでいる。

「……エリザベス」

「はい?」

「君はやはり、吸収が早いな。たった数時間で、団員たちと同じ目線で語れるほどになるとは」

「まあ……それほどでは」

 頬を染めて微笑む彼女の視線は、まだ机の上に残された薬草の束へ向けられていた。
 手に取ったのは、淡い香りを放つ黄色い花。

「これは……気分を和らげ、眠りを助ける作用があるのですよね」

 団員の一人がうなずく。

「ええ。茶にすれば香りも良く、ほんの少量で安らぎを得られます」

「お茶に……」

 エリザベスはその言葉を繰り返し、小さく首をかしげる。
 その唇に、ふと閃きを含んだ笑みが浮かんだ。

「お茶にするのなら……焼き菓子に混ぜても良いかもしれませんわ」

「焼き菓子に、ですか?」

 驚きの声が団員の間に広がる。
 エリザベスは瞳を輝かせ、胸の前で両手を組んだ。

「お茶請けの菓子に薬草を練り込めば、美味しく召し上がりながら癒しの効果も得られます。たとえば、日々の疲れを抱える方や、眠れぬ夜に悩む方にも……甘やかな香りとともに、安らぎをお届けできるのではないかと」

 室内が一瞬静まり返った。
 だが次の瞬間、ざわざわとした熱気が再び膨れ上がる。

「……それは、確かに素晴らしい発想だ!」

「今まで薬草を“薬”としてしか扱ってこなかったが、菓子と組み合わせるとは……!」

「もし実現できれば、子供たちも抵抗なく薬効を得られるかもしれん!」

 団員たちの瞳が一斉に輝いた。

 そんな熱気の中で、ただひとり――エドワードだけは、彼女を穏やかに見つめていた。
 誇らしさと愛しさをないまぜにした眼差しで。

「……君の発想には、いつも驚かされる」

 低く囁くその声は、周囲のざわめきに紛れて、彼女だけに届いた。

エリザベスは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「わたくし、ただ思いついただけですわ」

「その“思いつき”が、世界を変える種になる」

 エドワードは椅子に背を預け、ゆるりと唇を歪める。

「やはり、私の最愛は特別だな」

 真っ赤になって俯くエリザベスを、団員たちの熱気と香草の香りが優しく包み込んだ。
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