海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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嫉妬と誇りの焼き菓子試作会

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 エリザベスは医療団から戻るとすぐに、膝を折って報告書をまとめ上げた。
 几帳面に整えられた文字、図解、効能別の分類。薬草を学んだばかりとは思えぬほどの正確さと緻密さだった。

「皆さま。本日は医療団で学んできたことを、きちんとまとめてまいりました。こちらをご覧くださいませ」

 そう言って差し出したのは、数十枚におよぶ綴りだった。白い紙には整った字で、薬草の効能や使用法、そして“菓子との組み合わせによる効果の考察”まで記されている。図解や表も添えられており、ひと目で内容が伝わるようになっていた。
 用意した資料をクラウディオとセシリアへ手渡すと、二人は思わず目を見開いた。

「これは……信じられないほど詳細だ」

 クラウディオの緑の瞳が、尊敬の色を帯びる。ページをめくる手つきも落ち着いていて、資料の隅々までを冷静に追っていった。

「エリザベス様が、これを……?」

 セシリアも声を震わせる。

 エリザベスはふわりと微笑んだ。

「当然のことをしたまでですわ。皆さまに役立つなら、それが一番ですもの」

 その成熟した余裕ある笑みが、少女らしいセシリアの胸をちくりと刺した。

(……私も頑張っているのに。なのにどうして、こんなに自然に、大人の女性のように振る舞えるの?)

 複雑な感情を胸の奥に押し隠し、セシリアは勢いよく立ち上がった。

「私は現在、王国内で流行している焼き菓子の調査と、貴族女性が好むスイーツの傾向を調べてまいりました」

 彼女の声は澄んでいて、堂々とした響きを持っていた。

「蜂蜜を使ったパウンドケーキ、砂糖菓子をあしらったタルト、街では庶民に人気なのは、保存が利いて持ち運びしやすいクッキー類でした。そして貴族のご婦人方は、香りや見映えを重んじ、柑橘を用いた上品な菓子を好む傾向にございました」

 最新の菓子店を巡り、貴族令嬢たちの好む味覚を探った調査結果。鮮やかにまとめられた言葉の端々に、彼女の情熱と努力がにじんでいた。

「なるほど、華やかな見た目と香りが重視されているのですわね」

 エリザベスが頷くと、セシリアの顔がぱっと輝いた。

「はい! 女性たちが集う茶会で映えるものほど人気があるのです」

 満足そうに微笑むエリザベスに、セシリアは心の奥で小さな安堵を覚えた。

(……認めてもらえた。エリザベス様に、ちゃんと褒めてもらえたんだ)

 続いて、クラウディオが静かに立ち上がった。
 その所作には若さと同時に、次期公爵としての矜持が漂っていた。

「セシリアの調査を基に、私は経費と利益率を算出しました」

 彼は資料を机に広げ、穏やかな声で説明を始める。
 蜂蜜や小麦粉、乳製品に至るまで材料ごとの単価を示し、販売価格との比較を行う。数字は整然としていて、聞く者に安心感を与えるものだった。

「例えばこちら、蜂蜜ケーキの場合、原価は一個あたり銀貨5枚。販売価格を35枚に設定すれば、利益率は――」

 堂々とした説明に、セシリアが感心の息を漏らした。
 かつての彼なら軽い冗談を交え、場を和ませようとするだけだった。だが今は違う。
 冗談を控え、数字と責任を背負う姿勢がそこにあった。

「以上です。誤りがないか、ご確認いただければ」

 頭を下げる彼の声は落ち着いていて、誠実さがにじんでいた。

 エリザベスは思わず頬を綻ばせる。

「……素晴らしいですわ、クラウディオ様。次期公爵としてのご自覚と誠実さが、数字のひとつひとつに表れております」

 称賛に、クラウディオは静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。公爵家の名に恥じぬよう、努めます」

 その落ち着きと誠実さに、セシリアの瞳が潤む。

(やっぱり……クラウディオ様は素敵。だからこそ、絶対に隣に立つのは私でなくちゃ)

 彼女の嫉妬と憧れ、そして恋慕が入り混じる視線を、エリザベスは柔らかな笑みで受け止めた。

「ではこれを基に、実際に調理してみましょう」

 彼女の合図とともに、補佐役のラウルとマーシャが前へ進み出る。
 さらに、今回の実践のために選抜された二人の調理人も控えていた。

 風島から来た若き料理人、ジル・アルノー。
 土島出身の熟練職人、マティアス・クレイグ。

 二人が恭しく一礼すると、場の空気は一気に調理実践へと切り替わっていった。







 広間に設けられた調理台には、粉や蜂蜜、香草や果実が整然と並べられていた。
 ジルとマティアスが下ごしらえを進める一方で、クラウディオとセシリア、そしてエリザベスはその様子を真剣な眼差しで見守っていた。

「それでは、試作を始めましょう」

 エリザベスの合図に、空気が一層張り詰める。

 まずは生地作り。小麦粉に卵と蜂蜜を加え、練っていく。
 だが――。

「なかなか生地がまとまらないな。時間もかかる」

 マティアスが額の汗を拭った、その時。

「では、私が助けましょう」

 クラウディオが一歩進み出た。

 彼の手元に風が集い、柔らかな旋風となってボウルを包み込む。
 風の力が均一に混ぜ合わせ、生地は驚くほど滑らかに仕上がった。


「すごい……!」

 セシリアが瞳を輝かせる。

「風は熱を運びもする。焼き加減を整えるのにも使える」

 クラウディオは涼やかに言い、青年らしい自信を滲ませた。

 その姿に、エリザベスも微笑む。

「ならば、わたくしもお手伝いを」

 言葉と共に、彼女の周囲に四つの気配が生まれた。
 風が舞い、火が灯り、水が煌めき、大地の香りが漂う。

「――っ!」

 セシリアが目を丸くする。

「よ、四属性……!? そんな、ありえない……!」

 誰もが信じがたい光景に息を呑む中、エリザベスは唇に人差し指を添え、楽しげに囁いた。

「内緒、ですわ」

 その笑顔に、セシリアはただ呆然と見惚れるしかなかった。

 クラウディオだけは、苦笑を浮かべる。

(クラウディオ様は知っていたのね。わたくしだけが知らなかった……)

 驚きと同時に、胸の奥に小さな棘のような感情が芽生える。

(ううん、違うわセシリア。今、教えてもらったじゃない。それは、わたくしも秘密を共有できる存在だと認めてもらえたってこと)

 己を奮い立たせ、セシリアは真っ直ぐ前を向いた。

「エリザベス様、火加減はお任せを。私は熱を均一に運びます」

「では、水分量はわたくしが調整いたしますわ」

 彼女が水を馴染ませ、土の力で甘草を砕く。火の魔力が香りを引き立て、風が全体を優しく包む。

 ――四属性が一つの目的のために調和する。

 セシリアはその光景を見つめながら、胸をぎゅっと掴まれる思いがした。

(……やっぱり、わたしじゃ敵わない。でもクラウディオ様の隣にいるのは私。だから、負けない!)

 その輝きに心が震えたけれど、胸の奥で小さな炎が灯る

 試作品は次々と焼き上げられていった。
 焦げたり、甘さが足りなかったり、食感が重すぎたり。何度も失敗が続く。

 だが、諦めることはなかった。
 クラウディオは経費の観点から分量を修正し、セシリアは「この香りなら茶会で映えるはずですわ!」と女性視点の意見を出す。
 エリザベスは全体をまとめ、ジルとマティアスは確かな腕で形を整えた。

 試行錯誤の末――。

「……これだ」

 最後に焼き上げられた菓子を口に含み、クラウディオが小さく息を吐いた。

 ほろりと崩れる食感、蜂蜜の優しい甘み、薬草の香りが後味を爽やかにする。

「茶会にぴったりですわ!」

 セシリアが両手を打ち合わせ、目を輝かせる。

 ジルとマティアスも深く頷いた。

「これなら成功間違いなしです」

「材料のコストも抑えられますし、量産も可能です」

 そして、エリザベスが最後に小さく微笑んだ。

「ええ。皆で力を合わせた成果ですもの。必ず、人々に喜んでいただけますわ」

 その言葉に、全員の胸が温かく満たされていった。
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