海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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欠陥と呼ばれた盾と姫

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 翌日。
 青空の下、広大な浜辺に再び軍旗がはためいていた。
 だが昨日とは違う。今日の演習は、観覧者に誇示するだけのものではなく――実戦さながらの形式で行われるのだ。

 軍事演習の観覧席に腰かけていながらも、エリザベスの胸は晴れなかった。
 昨夜のこと――初めて真正面からエドワードと衝突した場面が、何度も脳裏に蘇る。

(……わたくしはいつも冷静で、誰よりも正しくあろうとしてきた。それなのに、あんなふうに感情をぶつけ合うなんて)

 自分の声の震えすら、いまだに耳に残っていた。

「エリザベス」

 隣に座るカルロスが、茶目っ気を含んだ微笑を向けてくる。

「君でも頭を悩ませることがあるんだね。昔から、完璧で弱点なんてないと思っていたよ」

「……殿下」

 軽く笑うつもりが、どうしても苦笑めいた表情しか作れない。

 すると、その隣から小さな声がかかった。

「エリザベス様……ご気分が優れませんか?」

 心配そうに覗き込んでくるアナスタシア姫。彼女も不安だろうに、こちらを気遣ってくれるなんて、心優しい子だ。

 エリザベスは小さく首を振り、二人へと視線を向ける。

「……大丈夫ですわ。お二人にご心配をかけるほど、わたくしは弱くはありません。――今は軍事演習に集中しなければ」

 自らに言い聞かせるように言葉を結ぶと、カルロスは「それでいい」と満足げに頷いた。







 演習が開始される。

 初めのうちは昨日の失敗を踏まえ、整然とした動きが見られた。
 兵たちの魔法の連携も改善されており、観覧席の貴族たちは口々に賞賛を囁く。

「なかなか見事ではないか」

「昨日の混乱が嘘のようだ」

 外からは華やかに見えても、その実は脆い綱渡りだった。

 カルロスは腕を組み、冷静に全体を見渡している。
 アナスタシアは唇を噛み、視線をある一点に固定していた。

(……ヴィクトール)

 エリザベスも同じ方向を見る。
 剣を手に歩兵として打ち合っている青年――彼は土魔法の資質を持ちながら、それを戦術に組み込まれぬまま放置されていた。

 盾となり壁となるべき彼が、ただ剣を振るう歩兵の一人に甘んじている。

(これでは意味がない。彼が何もできずに終われば、姫様の後ろに立つ騎士としての資格を失う)

 エリザベスは胸の奥でそっと呟いた。

 そして隣では、アナスタシアがか細く彼の名を呼んでいる。

「……ヴィクトール」

 その声音には叱責も苛立ちもなく、ただ信頼と祈りが込められていた。
 エリザベスは目を伏せる。

(……昨夜のわたくしたちとは、真逆ね)

 互いに感情をぶつけて傷つけ合った自分たち。
 対して、この二人は互いを思いやりながら支え合おうとしている。


 剣戟の音、土煙、火と水の魔法が交錯する。
 しかし――その動きは粗雑で、統制に乱れがあった。

「第一陣、下がれ! ……なぜ詰めすぎる!」

「隊列が崩れてるぞ!」

 罵声が飛び交い、隊は混乱に陥っていた。
 昨日の華やかさは消え失せ、むしろ弱さばかりが露呈していく。
 怒号が飛び交い、兵の動きは次第に乱れる。
 火の魔法が暴走しかけ、水の魔法がそれを消そうとして逆に視界を遮り、そこへ風の斬撃が味方を巻き込む。

 観覧席の空気は凍り付いた。

 轟と炎弾が逸れ、兵たちの列に炸裂した。
 悲鳴、動揺、無秩序。
 制御不能に陥った炎が、観覧席の貴族たちをも巻き込まんとする。

「きゃあ!」

 鋭い悲鳴が海辺の演習場を切り裂いた。
 アナスタシアの肩を覆うように、カルロスが即座に飛び込む。

「アナスタシア!」

 砂を蹴って抱き寄せ、盾のようにその身を差し出した。鋼が背で火花を散らし、衝撃が彼の体を震わせる。
 観客席から悲鳴とどよめきが広がる。

 だが次の瞬間――。

 乱戦の最中に舞った一振りの剣が、まるで運命に導かれるかのようにエリザベスへと飛来した。
 光を弾きながら弧を描く刃。避ける余地もない。
 反射的に目を瞑る。

(――来る)

 恐怖と覚悟が胸を締め付ける。

 その時。

 不意に、強く抱き寄せられる温もりを感じたと同時に、耳元に低い唸り声が走った。

「ぐっ……」

 鼻先をかすめる、冷たい薬草と鉄の匂い。
 この感触、この声――。

「エドワード様!」

 彼の背から溢れる鮮血が指先を染め、震えが彼女の腕を伝う。
 震えながら、彼女は問いを絞り出した。

「どうして……」

 蒼の瞳が、苦痛に歪みながらも彼女を映す。

「……昨日も……こうして守りたかった」

「っ……!」

 その言葉が、胸の奥を鋭く突き刺した。
 喉の奥が熱くなり、声が出ない。

 力が抜けたように、エドワードの身体が重く沈む。
 必死に抱きとめるエリザベスの白い腕に、彼の血がにじんで広がる。

「しっかりしてください……! お願いです、目を閉じないで……!」

 涙をこらえて叫ぶ彼女に、砂塵を蹴ってカルロスとアナスタシアが駆け寄った。

「侯爵、無茶をする……!」

カルロスが低く声をかける。

「……弾く暇が、なかった……」

 荒い息を吐きながら答えるエドワード。

 だがカルロスは目を細める。
 その声に嘘を嗅ぎ取った。

(……そんなはずがない。君の剣技は、いや)

 胸に広がるのは、呆れと苦笑。

「……全く、命懸けで仲直りとは。徹底したエリザベス馬鹿だな」

 視線を横に移せば、必死に涙を堪えてエドワードを抱きしめるエリザベスの姿。
 そして、その横で不安げに唇を噛むアナスタシア。

 彼女の小さな拳が震えている。
 その様子を見て、カルロスの胸には別の確信が芽生えた。

(……この国の未来は、案外彼女の手で切り拓かれるのかもしれない)

 天地を揺るがす咆哮と共に、火球が次々と制御を離れ、砂浜を焦がし、兵の列を飲み込んでいく。

「隊列を立て直せ!」

「無理だ、炎が強すぎる!」

 怒号と悲鳴が飛び交い、整っていた陣形は瞬く間に崩壊した。
 騎士たちの顔には焦燥が広がり、観客席には恐怖が伝播していく。

「もうだめだ……!」

「陣が崩れたら、全滅するぞ!」

 誰もが絶望に染まる中、一つの影が静かに立ち上がった。

 すっ、とフードが外される。
 潮風に揺れる白銀の髪、氷を思わせる蒼の瞳。
 その姿に、群衆のざわめきが一斉に止んだ。

「……アウローラ王国第一王女、アナスタシア・フォン・アウローラ」

 澄んだ声が戦場を貫く。
 その名乗りは、震えも迷いもなく、王女としての威厳そのものだった。

「ここより、指揮を執ります!」

 一瞬の沈黙。
 だが次に続いたのは、ためらいなき号令だった。

「第二部隊、左翼を下げよ! 第一部隊は間隔を広げ、防御線を立て直す!
 ――騎兵は遊撃に回れ、このままでは中央が崩壊します!」

 矢継ぎ早に放たれる的確な指示。
 誰もが呆気に取られた。だが、その声音と眼差しには、不思議な説得力が宿っていた。

 兵が動き始める。
 乱れていた陣形が、みるみる整いを取り戻す。
 炎の奔流が押し返され、戦場が秩序を取り戻していく。

「おお……!」

「姫君が、ここまで……!」

 観客席に驚愕の声が広がる。
 かつて“欠陥姫”と呼ばれた少女の姿はそこになかった。
 立ち上がったのは――軍略に通じ、一国を導く器を備えた王女。

 氷のような瞳に宿るのは、冷徹な判断力と強靭な意志。
 その姿に、騎士たちもまた鼓舞されていく。

 歓声、賞賛。
 視線のすべてがアナスタシアに注がれる。

 だが――その刹那。

 空を裂くような咆哮と共に、ひときわ巨大な火球が天から舞い落ちる。
 狙いはただ一人、指揮を執るアナスタシア。

「――姫様ッ!」

 従者ヴィクトールの瞳が絶望に染まる。
 走り出す。しかし、間に合わない。

 その刹那。
 脳裏に、昨日のエリザベスの言葉が甦った。

『土は、守りに徹してこそ真価を発揮しますのよ』

「……守るんだ、俺は!」

 ヴィクトールの両手が地を叩いた。
 大地が唸りを上げ、瞬く間に堅牢な土壁が隆起する。

 轟、と火球が直撃。
 炎と衝撃が砂浜を震わせたが――壁はびくともせず、アナスタシアを完全に守り切った。

「……やった、守れた……!」

 膝をつく彼を、アナスタシアが駆け寄って抱きしめる。

「ヴィクトール! あなた……!」

 観衆の間から歓声が湧き上がる。

「土魔法で……あそこまで防げるのか!」

「守りを極めれば、あれほどの堅牢さに……!」

 嘲笑から一転、驚嘆と敬意の視線がヴィクトールへと注がれた。
 その胸に誇らしげな光を宿し、彼は呟く。

「……俺は、姫様の盾だ」

 その言葉に、アナスタシアは涙を滲ませ、しかし力強く微笑んだ。

 ――かつて欠陥とされた二人が、確かに戦場を救ったのだった。
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