海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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掌の上の夜会劇

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 軍事演習の幕が下り、砂浜の熱気がまだ冷めやらぬ頃。
 本来ならば、兵と騎士による野外での打ち上げが予定されていた。
 だが、アナスタシア王女の正体が露見したことで情勢は一変する。

「観覧した貴族方には、今宵の夜会に必ずご列席を」

 ――それは、口外を防ぐための王家の采配だった。

 結果、騎士たちは予定通り外で杯を交わし、貴族たちは豪奢な王宮の大広間へと誘われることとなった。

 水晶のシャンデリアが煌めき、楽師たちの奏でる旋律が響き渡る。
 その中央には、つい先ほどまで「欠陥姫」と揶揄されていた少女の姿があった。

 アナスタシア・フォン・アウローラ。
 白銀の髪を結い上げ、氷の瞳を凛と掲げる彼女の周りには、すでに多くの貴族が群がっていた。

「なんと美しい……!」

「戦場での采配は見事だった。まさに未来の女王だ」

 言葉は称賛に満ち、彼女の一挙手一投足に熱を帯びる。

 中央に立つアナスタシアの姿は、淡い光をまとったかのように凛としている。
 たおやかな笑みは人々の視線を惹きつけ、まるで彼女自身が場を支配しているかのようだった。

 彼女の傍らに立つのは、ヴィクトール。

「従者どころか……もう護衛騎士の風格だな」

「姫を守り抜いた盾か。あれほどの土魔法、久方ぶりに見た」

 騎士たちに囲まれ、肩を叩かれ、称えられる彼。
 かつては冷笑の的だった二人が、今や誇らしく讃えられている。

 互いに視線を交わし、アナスタシアとヴィクトールはそっと微笑んだ。
 安堵と誇りを分かち合うように――心から、ほっとした顔で。

 その光景を、大広間の片隅から見つめる影があった。
 エリザベスとエドワードだ。

「……昨日とはまるで別人だな」

 低く呟くエドワードの声音は、驚きと感心を混ぜていた。

「ええ。ですが、あれこそが本来の姿なのでしょう」

 エリザベスは静かに微笑む。
 ちらりと横顔を見やれば、先ほどまで外套に隠されていた彼の身体は、今や傷一つ残っていなかった。
 己の魔法で治癒を施したとはいえ、血と汗にまみれた姿を知る彼女には、その変化がいっそう際立って見えた。

「ところで――なぜアウローラの姫君が、ここに?」

 エドワードが問いかける。
 その瞳には探るような色が宿っていた。

 一拍の沈黙。
 エリザベスは視線を落とし、唇に柔らかな笑みを浮かべるだけで、言葉を返さない。

「……黙るのか」

 彼が眉をひそめた、その瞬間だった。
 その沈黙を破ったのは、背後から響いた快活な声だった。

「答えはすぐに分かるさ」

 カルロスだ。
 軽やかに歩み寄ると、彼はエドワードの肩を軽く叩き、そのままアナスタシアのもとへ進んでいく。

「アナスタシア姫」

 差し伸べられたその手に、周囲の貴族たちがざわめきながらも道を開ける。
 カルロスが姫をエスコートするように進み出た、そのとき――王宮の扉が大きく開かれた。

 高らかなファンファーレ。
 続いて、国王と王妃が荘厳な姿で入場する。
 大広間の空気は一瞬にして張りつめ、誰もが息を呑んだ。

「本日、王家より発表がある」

 国王の重々しい声が、石造りの天井に低く響く。
 その言葉だけで人々の鼓動が跳ね上がる。

「我が国は、アウローラ王国との縁を新たに結ぶ。――第一王女アナスタシア殿下と、我が子カルロスとの婚約を、ここに正式に発表する!」

 大広間に歓声と驚嘆が爆ぜた。
 祝福と驚嘆が入り混じり、波のように押し寄せる。
 人々の視線はすべてアナスタシアとカルロスに注がれ、ふたりは光の渦の中心に立つ。

「……」

 エドワードは、しばし言葉を失った。
 カルロスに嫉妬していた己が、途端に浅ましく思える。
 思わず隣を見やれば――エリザベスが穏やかに微笑んでいた。

「君は、初めから知っていたのか」

 低く問うと、彼女は静かに頷いた。

「……お茶会の折に」

 その答えに、彼の表情が僅かに揺れる。
 耳まで赤く染めながら視線を逸らす彼を見て、エリザベスの胸はきゅんと締め付けられた。
 煌めく夜会の喧騒の中――ふたりの距離は、ひそやかに近づいていた。

 国王と王妃の発表が終わると、拍手と歓声が広間を満たした。
 その中、カルロスが前へ進み出て、堂々と声を張り上げる。

「本日この場にて、アウローラ王国の第一王女アナスタシア殿下との婚約を発表できることを、心より誇りに思います。
 彼女はただ美しいだけではない。戦場で示された知略と胆力こそ、この国に新たな風をもたらすと、私は確信しているのです」

 力強い言葉に、会場から賛同の拍手が響く。

 続いてアナスタシアが前に進み出る。
 白銀の髪が揺れ、氷のごとき瞳に凛とした光が宿る。

「……このたびは、温かく迎えていただきありがとうございます。
 けれども、わたくしがここに立てるのは、わたくし一人の力ではございません」

 彼女は胸に手を当て、静かに続ける。

「すべては――『人魚姫の加護』がもたらした結果ですわ」

 一瞬にして空気が変わった。
 “人魚姫”と呼ばれる存在はただ一人。
 視線が一斉に――エリザベスへと注がれる。

 頬を染めた彼女は困惑を隠せぬまま、それでも微笑んだ。
 その微笑みを目にし、ざわめきが広がる。

「まさか本当に……?」

「やはり……人魚姫の微笑みだ」

「まるで光に照らされるようだ……」

 感嘆が広間を駆け抜ける。

 アナスタシアは続ける。

「実は先日、エリザベス様から激励をいただきましたの。
 “欠陥”と呼ばれてもなお、努力を重ねるべきだと……あの言葉に背中を押されたからこそ、わたくしはあの戦場で立ち上がることができました」

 その告白に、再び場が揺れる。
 貴族たちが感心の声を漏らし、エリザベスを称える視線が注がれる。

 そして話題は、アナスタシアを守り抜いた従者――ヴィクトールへと移った。

「そして……ヴィクトール。あなたの土魔法がなければ、今ここに立ってはおりません」

 アナスタシアがそう告げると、視線は自然と彼へ集まる。
 称賛を受けながらも、ヴィクトールは顔を上げず、ただ真っ直ぐ一人に向かって歩み出る。

 ――エリザベスの前へ。

 人々が息を呑む中、彼はエリザベスの前に立ち、片膝をついた。
 甲冑が石床に触れる音が、広間に重く響く。

「私の剣も、騎士の誓いも……すでに姫様に捧げた身。ゆえに、改めて忠誠を誓うことは叶いません」

 その声は揺るぎなく、けれど真摯だった。
 ゆっくりと顔を上げ、彼の瞳がエリザベスを映す。

「ですが――同じ土属性を扱う者として。
 敬愛と尊敬の証を、ここに」

 そう告げて、彼は騎士としての誇りを示す、最も重い礼として、彼女の足先に唇を落とした。

 ――ざわめきが広間を走る。

「姫への忠誠を誓っているのに……!」

「それほどの敬意を、エリザベス様に……?」

 驚愕と戸惑いが入り混じる。
 エリザベスは思わず瞠目し、頬を紅潮させながらも身を引けなかった。

 ヴィクトールの行動は、決して軽いものではない。
 土を操る者として、唯一無二の敬意を示す行為だった。

 静まり返った空間に、彼の声だけが鮮烈に響き渡る。

「……我ら土の魔法使いは、守護の者。
 その信念を教えてくださったあなたに――心からの感謝を」

 大広間は息を潜めた。
 人々はただ、その騎士の誓いにも等しい敬意の姿に圧倒されていた。

 エドワードもまた、強く胸を揺さぶられていた。
 だが、ふと感じる視線に気づく。

 カルロスだ。
 祝福の渦の中に立ちながらも、一瞬だけこちらに視線を寄越す。
 その眼差しには挑発めいた色と、どこか愉快げな笑みがあった。

 エドワードは小さく鼻を鳴らし、肩を竦める。

「……やられたな。全て、あいつの掌の上か」

 皮肉を込めたはずの言葉。
 だが、次に浮かんだのは苦笑だった。

「……敵わないな、カルロスには」

 策を弄し、場を支配するカルロス。
 さすがは、我が盟友であり好敵手。

 煌びやかな夜会のただ中。
 エドワードの胸には、友への称賛と闘志が芽生えていた。
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