海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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光を得た夜、牙を隠した獣の国

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 夜が静まり返り、月の光がカーテン越しに差し込む。
 ベッドの上、エドワードは眠るエリザベスの髪をそっと指で梳いた。
 その寝顔は、柔らかな光に包まれたようで、彼の胸の奥を静かに満たしていく。

───やりすぎた。
 あの痕、三回は彼女の中に精を注いだ。小さく限界を主張する彼女の声ですら心地良くて、腰を振ってしまった。
 彼女の身体中、赤痕が残っている。
 そして自分の背中にも、彼女とは違う痕が残っている。
 けれどそれは痛みではなく、互いの存在を確かめた証のように見えた。

 エドワードはそっとタオルを取り、汗ばんだ彼女の頬を拭った。
 さすがに侍女を呼ぶことはできない。
 この姿を他の誰かに見せるなど、エドワードには到底できるはずがなかった。

(ようやく手に入れた。これでもう、彼女は“俺”のものだ)

 けれどその独占の想いの奥にあるのは、愛というより“祈り”だった。
 華やかな世界から一転し、誰にも理解されずに追放された彼女。
 それでも気高く、決して折れなかった背筋。
 まるで――荒波に咲く一輪の百合のようだった。

 彼女を手折る資格があるとすれば、それはこの手だけ。
 そう、ずっと昔から決まっていた。

 彼の記憶は自然と、幼き日のあの日へと遡っていく。








 離宮で暮らしていた幼いエドワード。
 母を亡くし、誰からも顧みられず、ただ王族という名だけが鎖のように重くのしかかっていた。

 そんなある日、外の道を通る馬車に気づいた。
 馬車から降り立ったのは、若き宰相と、美しい女性――そして、その手に導かれた少女。

 ふわふわの髪に、花びらのような微笑。
 彼女が身にまとう青い、海を連想させるドレス。
 彼女が両親に向けて笑うその瞬間、少年の心臓が大きく跳ねた。

「……人魚がいる」

 その言葉が、思わず口をついて出た。

「?」

「!」

 見過ぎたせいか、人魚がこちらへ視線を向けた。ドキリと胸が鳴り、思わず逃げるように窓から身を隠した。

「あの子は誰?」

 侍女が言った。

「宰相様のご息女、エリザベス・エリクセン様ですよ」

 それが、すべての始まりだった。

「エリザベス……エリクセン……」

 その日から、世界が変わった。
 閉ざされていた彼の心に、再び鼓動が生まれた。
 思えば、母を失ってから止まっていた気がする。久々の感覚に胸が苦しいほどだった。

「人魚姫……。え」

 そして同時に――彼の中で眠っていた光魔法が覚醒した。
 ひとりぼっちの空間に、溢れ出る光の魔力。

「これって、もしかして……」

 王族だけが継承している属性“光”。何代も前から失われつつある力、現国王ですら所持していない王位継承権の現れ。

「ウィリアムだって、無い……」

 正妃の息子、腹違いの兄だって無い力。
 それが己にある。

「この力があれば、人魚姫と結婚できるかも……!」

 暗闇の中に差す、一筋の光と希望。生きる目的。
 それがエリザベスだった。

 それからエドワードの孤独な努力が始まった。

 素質があれど、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。
 妾の息子であるエドワードに、優しくする侍女や従者はここには居ない。
 正確にはいた。だが、彼ら彼女らはいつの間にか解雇されていたのだ。
 どうやら、正妃派の侍女が正妃に報告して、正妃が解雇していたらしい。
 正妃はエドワードを嫌っているからだ。

 つまり、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる侍女も、身の安全を守る護衛もエドワードにはいないのだから、これは逆に都合が良かった。

「ねえ、光魔法が使えれば、父上も母上も僕のことを認めてくれるかな?」

「……はっ、エドワード様が光魔法を? 天と地がひっくり返ろうともそれはあり得ません」

「そんなの、やってみなくては分からないよ。光魔法に関する本を持ってきてよ」

「……それで大人しくなるのなら」

 敢えて、無能が親に認められようと努力する無様な様を見せる。そうすれば、どれだけ資料を求めても違和感はないだろう。

 夜、侍女たちが居なくなった頃、エドワードは光魔法の練習を始めた。

 だが、それだけでは人魚姫を娶るのに足りない。

 剣の訓練も始めた。

「私も騎士になったら、王城へ行けるだろうか」

「さあ? 無理じゃないですか。だって貴方様は」

 王妃陛下に嫌われてますから。
 皆まで言わなくても理解している。

「やってみなくてはわからないだろ」

 そう言って、騎士達に剣を振わせた。

 この全ては人魚姫を娶るため。
 光魔法が覚醒したことは、誰にも知られてはならない秘密。
 バレれば、明日がどうなるか分からなかったからだ。

「どうせ、殺されるか利用されるかのどちらかだろうけどね」

 この頃には、エドワードの心に“憎悪”の種が撒かれていた。


 そうして月日が流れ、光魔法を我が力として駆使出来るようになった頃、エドワードの耳に最悪の情報が流れ込んできた。

 第一王子ウィリアムとエリクセン公爵令嬢の婚約が成立した。と。

 絶望で目の前が真っ暗になった。それと同時に、足踏みしていた自分に腹が立った。

「くそ、遅すぎたか」

 ならば仕方がない。
 この力を見せつけて、王位継承権を手に入れ、正式に彼女を伴侶として迎え入れよう。

「おい」

「“おい”? 生意気、っひ!?」

「国王陛下へ謁見の取次をしろ。大至急だ」

 その時の侍女の表情たるや、腹を抱えてしまった。いつも偉そうに踏ん反り返っていた女が、魔力放出をした瞬間、足を震わせ、尻尾を巻いて逃げたのだから。

「初めからこうすれば良かったのか。───あれは」

 この偶然は神の悪戯か、それとも魔神の采配か。王庭で足首を痛めた人魚姫が涙を滲ませていた。

 きっとダンスの特訓をしたのだろう。
 ひどく腫れた足首を摩っては、涙を流しては王太子妃失格だと、唇が動いている。

「……行こう」

 王庭の片隅で、涙を滲ませたエリザベスの姿を見つけた瞬間、エドワードは迷わず駆け寄った。

「……大丈夫か?」

「エ、エドワード様……?」

 エリザベスは驚いたように顔を上げた。
 その足首は腫れ上がり、靴を脱ぐことすら辛そうだった。
 周囲には誰もいない。王太子妃としての立場がある彼女に、誰も軽々しく手を貸すことができないのだ。

「足、痛いんだろう?」

 エドワードは手を翳した。
 掌の上に、柔らかな光が生まれる。
 温もりが空気に溶けるように広がり、彼女の足を包み込んだ。

「……これは、光魔法?」

 返事は笑顔を返すだけにした。否定にも肯定にも取れるその返事に、聡明な彼女は唇を噛み、静かに頷いた。
 その瞳が――あの頃と同じ優しい色をしていた。

 彼はそれだけで満たされてしまった。
 だが、それが最後の安らぎになるとは思いもしなかった。





 謁見の申し出は、すぐに王妃の耳へ届いた。
 光魔法を使ったこと、王庭で“彼女”を癒したこと、そしてその力が正妃の息子ウィリアムに脅威をもたらす可能性。
 それらが誇張され、歪められ、王妃の怒りを燃え上がらせた。

「……あの子を、拘束なさい」

 それは命令だった。
 その夜、エドワードは兵に囲まれ、反逆罪の容疑で連行された。

「俺が、反逆だと? ……笑わせるな」

 牢の中。
 手足を縛られたまま、彼は暗い天井を見上げた。
 国王の署名入りの処刑命令書が読み上げられる。

 その裏にあるのが王妃の指示であることなど、わざわざ説明されるまでもない。
 それでも、王妃の冷たい瞳は彼の脳裏に焼きついて離れなかった。

「光を“呪い”と呼ぶのか……。なら、俺はその呪いでこの国を照らしてやる」

 縄が焦げる音がした。
 光の魔力が静かに迸り、鎖を焼き切る。

 手が自由になると同時に、彼の中に積もっていた何かが――音を立てて崩れた。
 代わりに芽吹いたのは、憎悪と執着。

「ウィリアム、王妃……そして、すべてを奪ったこの国も」

 牢の扉が光に焼かれ、夜風が吹き込む。
 彼は一歩、また一歩と歩き出した。
 もう、戻る場所などどこにもない。



 小舟で荒れた海を越えながら、エドワードは考え続けた。
 ――この国の“光”とは何なのか。
 王族が代々失い続けた光魔法。代わりに召喚に頼り続けた“聖女”。

 かつて語られた伝説が脳裏をよぎる。
 祖母が聖女として召喚され、この地に降り立った。
 その血が自分に受け継がれているのだとしたら――
 光の継承者は、もはや王ではなく、自分なのかもしれない。

「……皮肉だな。呪い扱いされる力が、この国の唯一の救いだとは」

 やがて、彼の口元に笑みが浮かぶ。
 冷たく、静かな、決意の笑みだった。

「王妃はまた聖女召喚を行うだろう。今度こそ成功させたいと血眼になって……」

 ならば――そこに、手を貸してやればいい。
 自分の光魔力を注げば、召喚は必ず成功する。
 そして、聖女が現れた時、王妃は邪魔者を排除するはずだ。
 “エリザベス”――あの人魚姫という完璧な標的を。


「そうなれば……あの人魚姫は、俺の元へ堕ちてくる」

 その声にはもはや、哀しみも迷いもなかった。
 光と闇が入り混じる瞳が、水平線を見据える。

「小国ルシエンテス……か。牙を隠した獣の国。そこから全てを始めよう」

 夜の海に、ひとすじの光が走った。
 それはかつて聖なる力と呼ばれた輝き。
 今や、ひとりの男の復讐の灯であった。
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