海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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光、海を抱く刻

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 鐘が鳴り響いた。
 澄み切った音が、リンドブルグの王都に幾重にもこだまする。
 朝の光が、王宮の尖塔を金に染め、白薔薇の花弁が風に舞った。
 街は祝福に沸き、民は笑い、道という道が紅白の布で飾られていた。

 ――この日。
 “聖女”エリカとウィリアム王子の婚姻の儀が執り行われる。

 だが、参列するリンドブルグ王国の貴族たちの話題を攫っていたのは“ルシエンテス王国の来賓者”であった。

「聞いたか? 今日、初めて公の場にあの名医“ヴァルメア侯爵”が顔を出すらしいぞ」

「ルシエンテス王国の代表として参列するんだろう? 周辺諸国がどれだけ招待状を送っても、拒否の一点張りだったと聞くが、やはり我が国に対しては立場を弁えているようだな」

「所詮は属国。立ち振る舞いを分かっている」

「とはいえ、ヴァルメア侯爵の医療団が卸す薬には正直助かっているのも事実。聖女様の祝福が無い今、病に伏せればおのおの御身のように……」

「どうやら王妃様がヴァルメア医療団へ打診をしたらしいぞ。結果は言うまでもないが」

「実は先日、娘が風邪を引きましたな。慌ててヴァルメア医療団の薬を購入しましたとも」

「おお、それは英断ですな。なにせ聖女様では……」

「聞きまして? 最近社交界で人気の美容品の数々、あの品全てがヴァルメア侯爵夫人の事業品なんですって」

「まあ! 注文茶葉は三年待ち。化粧品に至っては、予約でも購入出来ないとか」

「わたくし、知り合いに少しお借りしましたの。そうしたら、翌日には肌が若い頃に戻ったかのように艶やかになりましてよ!」

「欲しいですわぁ! 今日、侯爵夫人とお近づきになって、優遇して頂かなくてはなりませんわね!」

「あんっ、抜け駆けはいけませんわ!」

 リンドブルグ王国内でも、ヴァルメア侯爵の名は広がっている。
 ルシエンテス王国で医療団を設立し、自らが先頭に立ち、製薬業に励んでいる。世界に薬は存在するものの、どちらかと言えば“煎じて飲む薬茶”が主流であり、粉薬や塗り薬はヴァルメア医療団の独占販売であり、何百ものスパイが来ようとも、その製作方法は明かされていない。
 もしや光魔法の所持者ではないかとまで噂されているのだ。

 そして侯爵夫人が展開する事業では、取るに足らないと言われ続けてきたルシエンテス王国の小土島を“人魚姫の聖域”と称え、最高品質の野菜や果物を特産品とし、その材料を使用した“人魚姫亭”提供される数々の料理は聖域でしか味わえないと他国からわざわざ足を運ぶ貴族や王族までいるとか。
 そして年に一度の砂像祭は、聖域の名物となっている。リンドブルグからもお忍びで遊びに行く貴族も多い。
 そんなやり手の侯爵夫人とお近づきになりたい貴婦人は後を経たない。夫人にも多くの招待状が届いているようだが、丁寧に断られていた。

 そんな世界の話題の中心人物が、まさか初めて社交界に顔を出すとなれば、結婚式よりも話題になるのは当然だった。
 来賓として侯爵夫婦が参列すると耳にした周辺諸国もこぞって参列を希望したほどだ。

「おおっと、あまり名医の話をしすぎては、どこで誰が聞いているか分かりませんからな」

「ははっ、違いありません。ですが、交易打ち切りを宣言した周辺国が参列すると言うのは、なかなかですな」

「仕方ありませんよ。何せ諸国との繋がりは、殿下ではなくエリクセン公爵令嬢が紡いだ縁だったのですから」

「周辺諸国との駆け引き。こちらが好条件で成約できるよう、尽力されていたとのこと。さすがは宰相殿のご息女ですな。なぜ、王家は手放したのか」

「話題の土島がまだ弱者だった頃、領主嫡男が他界した時、彼女だけが復興金を送ったとか。しかも彼女の懐からだそうだ」

「なんと! 何故我々から彼女を奪ったのか。予定通り、今日の主役が彼女であれば我が国は安泰だったというのに」

 聖女が使い物にならないと分かった途端、エリクセン公爵令嬢を求め、数々の声が上がる。
 その光景はあまりにも滑稽だった。






 国を挙げての慶事はそれはとても華やかだ。
 だが、王城の門を潜った瞬間、エリザベスは息を詰まらせた。

 香の焚かれた空気は重く、壁に飾られた聖女の肖像は、どれも彼女とは似ても似つかぬ神々しさを誇張していた。
 そのどれもが、偽りで塗り固められた“硝子の幸福”の象徴のように見えた。

 隣を歩くエドワードは、淡い笑みを浮かべている。
 胸元の赤い薔薇は、ルシエンテス王国の特使を示す印。
 彼はその薔薇を弄ぶように指で回しながら、静かに囁いた。

「見事な茶番だな」

「……ええ。まるで硝子細工。触れたら壊れてしまいそうですわ」

 エリザベスはドレスの裾を静かに持ち上げる。
 その手にはかすかな震え――だが、それは恐れではなかった。

 この日こそ、真実を晒す日。

 聖職者が祈りの言葉を唱え、賛美歌が流れる。
 その中で、エリザベスの心は凪いでいた。
 ――あの日、断罪された自分が、再びこの場に立つとは。
 胸にあるのは恐怖ではなく、静かな誇り。

「ルシエンテス王国、ヴァルメア侯爵夫妻のご入場!」

 会場が主役よりも望む二人。
 この二人の入場に会場中の視線が集まった。
 聖堂の扉が、ゆっくりと開かれた。
 差し込む陽光が、まるで天からの祝福のように二人を照らし出す。

 人々のざわめきが止んだ。
 楽団の弦の音が、息を呑む沈黙に吸い込まれる。
 そこに立っていたのは――ヴァルメア侯爵夫妻。

 エドワード・ヴァルメア侯爵の姿は、まさに“深海の王”のごとく。
 深碧の軍装型ロングコートは光を受けて青にも緑にも輝き、背には黒竜の翼が銀糸の影として織り込まれていた。その一糸一糸が、彼が背負ってきた過去と、これから進む未来とを縫い合わせるかのように。
 胸元に輝く白金の砂時計章は、上にルシエンテスの紋章、下にリンドブルグの竜翼を抱く。ふたつの血と、ふたつの国の歴史を“調和”の象徴として掲げていた。

 黒のシャツに銀のタイピン、
 その中に閉じ込められた白砂は、彼らの島の浜辺から拾われたもの。彼が歩むたびに、その靴の踵に刻まれた金文字が微かに光る。
 ――闇より光を。
 まるでその言葉が、王都の大理石を照らし出しているかのようだった。

 そしてその隣に立つエリザベス・ヴァルメア侯爵夫人。
 白金と碧を幾重にも重ねたドレスが、まるで海に降り注ぐ陽光のように輝きを放つ。
 胸元から裾へ流れる金糸の波紋刺繍は、見る者に穏やかな潮騒を幻聴させるほど繊細で、荘厳だった。
 背に透ける黒竜のレースは、己の血を、決して恥じぬ強さの証。
 その姿はもはや“亡命の娘”ではなく、“新たな時代を切り拓く聖なる淑女”そのものであった。
 首にかかる銀細工の首飾りが、朝日の中でひときわ強く輝いた。
 カルロス王が婚姻の祝いとして贈った品――王家の紋章を刻んだ銀の台座に、星型カットを施された蒼玉(サファイア)。
 光を受けるたび、宝石の中心から光が星のように散り、その光が夫エドワードの碧衣に溶けてゆく。

 まるで天が、「この二人こそ真なる絆」と告げるようだった。


 女性たちは息を呑み、その麗しき侯爵に心を奪われる。
 男性たちは一瞬、嫉妬さえ忘れ、夫人のその神々しい姿に見惚れた。

 誰もが言葉を失い、ただ見上げた。
 その光景は“入場”ではなく――まるで降臨。

 二人が並び、ゆっくりと歩を進める。
 足音は静かに、けれど確かに、聖堂全体に響いた。

 その瞬間、誰かが息を呑んだ。
 いや、全員が息を呑んだ。

 深碧の衣が波となり、白金のドレスが光となる。
 海が光を抱き、光が海を照らす――まるで、世界そのものが二人の歩みに合わせて形を変えてゆくようだった。

 それは“ヴァルメア”の名の象徴。
 谷を抜け、海へ開き、そして光を迎え入れる者たち。
 闇を越えて、彼らは今ここに立っている。

 王宮の高窓から差し込む陽光が、砂時計のペンダントに反射し、無数の光粒が聖堂に散った。

 それはまるで、時さえも二人を祝福しているようだった。

 ――旧き王国の血と、新しき国の息吹がひとつになる瞬間。
 その姿はもはや“来賓”ではなく、“未来そのもの”。

 人々は悟る。
 今日この場に立つ二人こそ、
 リンドブルグ王国の「栄光の終幕」と「再生の夜明け」を告げる者たちなのだと。
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