海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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陽だまりの誓い 、聖堂の審判

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 衛兵たちが左右に跪いた。
 聖堂の空気が、一瞬にして凍りつく。

 祭壇奥の大扉がゆっくりと開かれ――そこに現れたのは、威厳に満ちた老王の姿であった。

「……父上……」

「こ、国王様……!」

 誰かの小さな声が漏れ、参列していたリンドブルグの民が一斉に膝を折る。荘厳な静寂の中、王の一歩ごとに赤い絨毯が沈み、空気そのものが震えた。

 エリザベスも思わず跪こうとしたが、隣の男にそっと制される。

「君は、不要だろ?」

「……そうでしたわ。」

 微笑みながら背筋を伸ばす彼女の姿に、わずかな誇りと気高さが宿る。

「な、なぜ……お目覚めに……?」

 怯えた王妃の声に、国王は静かに答えた。

「とうの昔に目覚めておった。――息子と、彼のおかげでな」

 その隣から、柔らかな声が響く。

「ご無沙汰しております。リンドブルグの皆々様。」

 声の主を見て、エリザベスが息を呑む。

「……殿下!」

 カルロスは穏やかに手を振った。
 その笑顔には、王族の風格とどこか親しみのある温かさが滲んでいる。

 王妃は、なおも不信の色を隠さなかった。

「ルシエンテスの王太子のおかげ? 何を言っておられるのです。「彼が見舞いに来国した折、エドワードも同行しておった。その場で、我と宰相を即座に癒してくれたのだ。」

 国王は冷ややかに目を細める。

「……本当にお主は無知だな。とはいえ、この件で初めて知ったのは我も同じだ」

 カルロスが軽く笑った。

「私は、友の成すことに、ほんの少し手を貸しただけのことです。」

「……手を、貸した?」

と王妃が問い返す。

「ええ。このように」

 その言葉と同時に、突風が聖堂を駆け抜けた。絹の垂れ幕が舞い、燭台の炎が大きく揺らめく。
 見上げた先――カルロスの足は、静かに床から離れていた。

 「まぁ……! 殿下は、空を飛べるのですか!?」

 「飛べるようになったのは、エドワードと出会ってからだよ」

 エドワードが海の上を歩いていたあの日、その光景に閃きを得たのだという。

 国王が静かに語り出す。

「彼が見舞いに来国した折、エドワードも同行しておった。その場で、我と宰相を即座に癒してくれたのだ」

 驚きに息を呑んだエリザベスが、隣の夫を見つめる。

「だが、伏せていてほしいと言われてな。皆には黙っていた。……皆の者、心配をかけてすまなかった。」

 その言葉に、貴族たちが一斉に安堵の声を上げた。

「治癒したとはいえ、すぐに体は戻らぬと聞かされておった。エドワードが調合した薬を、カルロス王子が直々に届けてくれていたのだ」

「いい運動になりましたよ」

 カルロスが軽やかに笑い、場の緊張をひととき和らげる。
 エドワードは静かに続けた。

「君が知らないのも無理はない。殿下が“空を駆ける力”を持つことを知るのは、ルシエンテスの国王夫妻と俺だけだ。――君と同じくな」

 エリザベスの目が、わずかに見開かれた。

 国王が再び声を放つ。

 「疑問には思わなかったか? 何故ルシエンテスの交易がここまで盛んなのか。何故、交渉の場には常にカルロス王子が在籍しているのか。何故、あの多くの島々を統治できているのか。――全て、カルロス王子の力あってこそだ」

 その声は雷鳴のように響き渡り、誰一人として言葉を発することができなかった。
 ただ、聖堂には王の威光と真実だけが静かに満ちていった。

 ――そして。

 「……エリザベス。」

 懐かしい声がした。
 振り向いた先に立っていたのは、父だった。

 「お父様……!」

 その背後から、少し痩せた母と、立派に成長した弟・ヘンリーが現れる。

 「お母様……ヘンリー……」

 胸の奥に溢れ出すものを、エリザベスは必死に堪えた。
 エドワードはそっと彼女の手を取る。

 「今は、誰も君を卑下しない。」

 その一言で、堰が切れた。

 「お父様っ……! お母様、ヘンリー!」

 「エリザベス!」

 「姉上!」

 一歩、二歩――次の瞬間、彼女は駆け出していた。

 涙を流すことも、走ることも許されなかった王太子妃の時代。
 あの日以来、初めて走った。

 父の腕の中へ飛び込み、母とヘンリーもまた、その背に抱きしめるように身を寄せる。

 「話は閣下からすべて聞いた。本当にすまなかった。私が伏せていなければ……こんな辛い思いをさせずに済んだものを!」

 「エリザベス……止められなかった母を許してとは言わないわ。」

 「そんなっ、お母様は何も――」

 「いいえ。娘を守れぬ母など失格よ。……けれど、侯爵がずっとあなたの様子を知らせてくださったの」

 驚いたようにエリザベスがエドワードを見る。
 彼はただ、穏やかに微笑んだ。

 「安心したわ。貴女にはずっと我慢させていたもの。向こうでのびのびと過ごしていると聞いて、会いたい気持ちをヘンリーと我慢していたのよ。ね、ヘンリー」

 「姉上……あの時の僕は無力でした。魔法を上手く扱えていれば、姉上を守れたはずなのに……」

「ああ、ヘンリー! あんなに小さくて可愛いヘンリーが、こんなにも素敵な紳士に成長しているだなんて、驚いたわ……っ。顔を、よく見せて」

「ふふ、姉上は相変わらず僕に甘いんだから」

 震える手で弟の頬を包み、互いの温もりを確かめ合う。

「お父様、お身体はもう……?」

「ああ。陛下が仰られたように、彼が治癒を施してくれたおかげでな。正直、彼がいなければ、私も陛下も今ここにはおらぬだろう。」

 その言葉に、場の貴族たちはどよめいた。
 視線が一斉に王妃へと向かう。

「な、何故わたくしを見るのです! わたくしが愛する夫に毒を盛ったとでも!?」

 周囲の非難の声が高まる。

「リンドブルグの国政が傾いたのは、王妃、貴女の采配が原因では?」

と、来賓のひとりが口を開く。

「関税の暴挙、短納期の強要……何カ国が手を引いたと思っておるのか!」

 その中で、国王が一歩前に出た。

「皆の衆、本当に申し訳なかった。」

 ――リンドブルグ王が、頭を下げた。

 その光景に、来賓の誰もが息を呑む。

「貴方はこの国の王なのですよ! なぜ頭を――!」

「黙れ、愚か者!」

 雷鳴のような怒声が響く。

「我が伏せている間、散々な真似をしてくれたな。……この落とし前、どうつけるつもりだ。」

 王妃の顔が蒼白になる。

「わ、わたくしは王妃です! 貴方の妻なのですよ! 落とし前だなんて、そんな……ね、ねぇウィリアム!」

 縋るような声。だが、ウィリアムはただ呆然と父を見上げていた。

「……父上……」

 震える声で絞り出すが、返るのは静寂だけ。
 救いを求めるように、母と王を見つめた。

「父上……! 聞いてください! この者が、私を――私たちを貶めようと虚言を弄して……!」

「黙れ。」

 その一言で、聖堂が震えた。

「見苦しいぞ、ウィリアム。お前が“王”を名乗るなど、烏滸がましいにも程がある。」

「な、なにを仰るのですか! 私は聖女を召喚したこの国の英雄で――!」

「その“召喚”が偽りであることは、すでに明らかだ。」

 宰相が羊皮紙を広げる。
 神殿印章の封蝋――それを見た瞬間、王妃の顔から血の気が引いた。

「大神官より報告があった。召喚の儀に用いられた式は、神殿の正統召喚陣と一致せぬ――と。」

「そ、そんな……!」

「さらに調査の結果、エドワードの手による正統式が、先に刻まれていたことも確認された。」

 淡々と告げる王の声が、何よりも恐ろしかった。

「父上! それは誤解です! 私が本物を描いたのです! エドワードが、私の陣を盗み――!」

「――ウィリアム。」

 静かに呼ばれた名。
 その瞬間、ウィリアムの全身から力が抜けた。

「お前が召喚した聖女に魔力がないことを、なぜ知らぬ? 何故、仕事が常に弟の采配で滞りなく進んだのか。」

「そ、それは……」

「お前たちはエリクセン、いや――ヴァルメア侯爵夫人に全てを押し付け、聖女エリカの声も聞かず、光魔法を強いた。」

「国のためを思って私は――!」

「なら、なぜ国を救った彼女を処刑した! しかも島流しとは……ふざけるな!」

 怒声にウィリアムは腰を抜かす。

「彼女は我が婚約を願い出た娘だ。四属性の魔力を他国に渡すわけにはいかぬと、そう言ってな。それをお前は!」

「だって、教えてくれなかったではありませんか!」

「心を砕き、耳を傾けていれば理解できたはずだ! 王たる者、己の瞳で真実を見抜け!」

「ひ……っ!」

「この事態、どう責任を取るつもりだ。」

 ウィリアムが周囲を見渡す。
 エリザベス、エドワード、聖女エリカ、そして王妃さえも――誰も寄り添わなかった。

 ただ一人、カルロスが静かに歩み寄る。

「気持ちは分かるよ、ウィリアム王子。……辛いよね。欲しかった才は弟に、頭脳と信頼は婚約者に。全部持っていかれたんだ。」

 その優しい声に、ウィリアムは縋るように微笑む。

 「分かって……くれるのか……」

 「分かるさ。――けれど、私はここまで落ちぶれてはいない。」

 静かに放たれたその一言が、ウィリアムの心を粉々に砕いた。
 カルロスは顔を上げ、朗々と宣言する。

「リンドブルグ国王陛下、並びに王妃陛下。そして、皆々様。私、カルロス・ルシエンテスは、海の上を彷徨うリンドブルグ第二王子を保護し、彼を実の弟のように接し、家族のような、かけがえのない盟友として、ここまで歩んできた。彼は知っていたのです。いずれ、エリクセン公爵令嬢が覚えのない罪を被せられ、己と同じように処されてしまうと。彼は身を誇示し、彼女を救おうと必死に力を磨いた。それが皆も周知であるヴァルメア医療団です。医療団設立にあたり、私は出来るだけのことをした。兄として、彼の真っ直ぐな気持ちを支えたかった」

 カルロスはウィリアムに対し、わざと“兄“を強調した。

「そして彼の予想は悲しいことに当たってしまった。海に流され、溺れ、流れ着いたのが、あの“土島”です。幸いにも、その島は彼の、侯爵の管轄領。同じ境遇の二人、二人は寄り添い、助け合った。その結果が今話題の“人魚姫の聖域”なのです!」

「おお!」

「やはり、あの詩は実話だったのね!」

「素敵」

 もはやカルロスの独壇場である。
周囲が、まるで舞台を見ているかのような錯覚に陥り、流れるような語りに、誰もが息を呑んだ。

「そして人魚姫は私の妻、アナスタシアにも祝福を与えてくれた。皆様も知っているように、我妻には悲しい二つ名がありました。けれど彼女が、その二つ名を改名してくれたのです。今や、妻は我が国にかけがえのない軍師です」

「……いよいよだな」

「……ええ」

 エドワードがエリザベスの傍へ寄ると、肩に手を回した。二人は話のように寄り添った姿を周囲に見せた。

「妻は人魚姫を姉のように慕っております。面白いですよね。夫婦で、侯爵夫妻に対し逆転しているのですから」

 カルロスは笑いをとるようにヴァルメア侯爵夫妻にウィンクしてみせると、声高らかに宣言する。

「我がルシエンテス王国は、リンドブルグ王国に対し、我が臣下への誠意を求める!」

 カルロスの宣言に、リンドブルグ他、来賓者がざわついた。

 「ふざけるな! 属国風情が!」

と王妃が叫ぶと、すかさず 国王の怒声が轟く。

 「黙れと言っておるのが、まだわからんのか! ルシエンテスの王太子よ。……私の首一つというわけにもいかない話ですな?」

「私は陛下の首など求めておりません。何せ貴方は弟の、友の父上ですから」

カルロスが微笑む。

「ち、父上……何故、そんなことを……」

 その言葉に、老王の瞳が静かに揺れる。

「……私は、間違っていたのだな。」

「心中、お察しします」

 と、エリザベスの父が深く頭を下げた。

 アナスタシアの母国・軍国アウローラもこの件において全面的に協力している。
 ルシエンテスとアウローラ――ふたつの強国が、ヴァルメア侯爵夫妻の恩義に報いるために。

 国王はゆっくりと立ち上がり、宣言した。

 「……属国を、撤廃する。」

 「そんな……馬鹿な……! 我が国が、負けるだなんて……!」

と、ウィリアムがうめくが、その口はすぐさま閉じることになる。

 「勝敗は、始まる前から決していたのだ。――愚か者め」

 国王から父親へと瞳を変えた一人の男が、肩の力を落とし項垂れたのだった。

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