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「勇者モリガン。此度の活躍、誠に大義であった」

「有り難きお言葉、感謝申し上げます」


ようやくこの時がやってきた。
私は高鳴る気持ちを抑えて、この国で一番偉い国王陛下の前に膝をついている。

異世界転移、召喚されて早二年。
苦労の連続だった。
足元が突然光ったと思えば、ゲームでよく見る世界が目の前に広がっていたのである。

この偉そうな宰相とイケオジ国王陛下に「この世界を救ってくれ」と言われたときには夢かと思ったほどだ。

ウィンドウを開けば【女勇者】の称号。
剣なんて振った事ないのに、何故か身体が自然に動く。
まるで、ソー○アート□ンライン の主人公ヒロインのようだった。
私は細剣を使い、腰には細剣を2本携えているから、表現としては正しいでしょう?

私の日本名は森河 香モリガ カオリ
この世界ではモリガンと名乗っている。
自分で決めたわけではない。
森河と名乗ったら、モリガンって聞こえたのかそう呼ばれたから、もうそれでいいやってなっただけ。


「あの忌まわしき魔王はひとつの国を滅ぼしてしまったな。なぁ?宰相」

「仰る通りでございます。隣国のブルゴー王国がまさか壊滅するなどとは…」

「ブルゴーの奴までもが命奪われるとはな」

「全くでございます」


隣国に位置し、豊かな自然と広大な土地を有するブルゴー王国

多様な姿をした魔物を取り巻きにし、王城を襲撃したのが長である魔王が現れたのは五年前のこと。
多くの命を奪われたブルゴー王国はもはや魔物の住処と化していた。

隣国であるハプスブル王国は侵略されることを恐れ、騎士団と魔術師団を派遣。
だが、初めて相対する未知の生物に臆し、全滅寸前。

世界を救うべく、召喚されたのが私らしい。


「勇者よ、そなたに褒美を与えたい。何が欲するものはあるか?」

「では故郷に帰りたいのですが」

「あら、勇者様は寂しいことを仰るのね」

「よせヨハンナ。
勇者よ。すまないが帰還方法はないのだ」

「は……?」

いやいや陛下よ。
貴方、宰相と言いましたよね?
「魔王を倒した暁には望む全てを用意しよう」って。
だから私は死に物狂いでレベル上げして魔王を倒したんですけと?


「申し訳ありません。
貴女を召喚した魔術師に聞いた所、帰還術式は古代魔術書にも無く、いわば一方通行らしいのです」

おいこら宰相、それなら初めからそう言ってもらえます?
帰還できないと初めから知っていれば、正義のヒーローごっこなんてしませんでしたよ。


「というわけだ。
他に欲するものはないか?」


まぁ……薄々気付いてはいたんだけどね。
私だって馬鹿じゃない。
自分自身で帰還する術がないか、異世界人女勇者の立場を利用して、多くの古代魔術書を読んできたもん。

召喚術式は確かにあった。
けれど、帰還術式は見当たらなかった。

認めなくないがために気付かないフリをしていたのも事実。
24歳。高卒就職し、社会の荒波に飲まれてきただけあって、諦めも大事だと知っている。
今はまだ。


「……では陛下。生き残っているブルゴー国民の保護を」

「ほう?」

「流石は勇者と呼ばれる方だ。苦しむ元他国民を想うなど」

「今までこのような褒美を申した者はいませんでしたね。兄上」

第一王子、第二王子、
それ、嫌味ですか?

「ブルゴー王国は既に滅びた。我が国ハプスブル王国が導く事を約束した今、ブルゴー領へと変わったのだ。
とすれば、ブルゴー領の民は我が国民だ。
保護は既に約束されておる」

それなら良かった。
ハプスブル王国の新領地となり、復興が約束されたのだから懸命に生き残ったブルゴー元国民も安心でしょう。
言質、頂きましたよ?
これで私が日本に帰っても後味は悪くない。


「陛下、よき褒美がございます」

「なんだ宰相」

「慈悲深き勇者様の願いはブルゴー元国民の保護。
領地の復興でございます。
ですがそれだけでは国を救った英雄に相応しい褒美とは言い難い。
でしたら、勇者モリガンに爵位と土地を与えてはいかがかと」

え、まじですか?
今すぐ日本に帰れないなら住む所と就職先?を与えてもらえるのはありがたいことだけど、私が貴族で領主?

宰相の発言に周りが湧いたということは、もしやこれで決まりということ?
私の額に冷や汗が浮かんでるんですが。


「勇者モリガンへの褒美が決まった。
そなたには伯爵位と土地を与えよう。
その土地とは、ブルゴー元王国である!
領民の保護を願うそなた自身が民を導け」

この時、一人の異世界人が爵位を得た。
そして、まさかの魔物の住処まで授けられてしまった。


って、困ります。
あの宰相とかいう人、意地悪い顔してるし。
初めからこれを狙ってたとか?
押し付けられたのでは?

日本人でただの会社員だった私が人の上に立つ貴族様なんて、無理。
政治のせの字も知らないし。

けれど私もこの世界に来て二年。
異世界人とはいえ、国王陛下に逆らえば不敬罪なのは確実。
下に敷かれることに慣れてる平社員の私からしたら、苦ではないのだよ!
順応性バッチリ!



「遅くなりました。父上…いえ、陛下」


綺麗な声が辺りに響いて、私は思わず声の主を目で追った。
宙に白い羽が舞う幻覚さえ見えて、目を擦ったが、羽は無い。


「おぉ、マクシミリアン。身体は大丈夫か?」

「はい。本日は調子が良いのです」


もしかしてあの人が噂に聞く第三王子……。


なびく髪は光輝く金髪。
澄んだアイスブルーの瞳。
生まれつき身体が弱く、よく床に伏せていると聞く。
太陽光を知らない白い肌は女性の憧れそのもの。

あんなに整った顔の人って存在するんだ。

わっ……笑顔ですら、儚く綺麗。


王族の中で最も美しく、まるで神の創作と言えるほどだと。
人々を虜にするほどの美しさと儚さから“ハプスブルの天使”と言われているとか。


「陛下、ぜひこの場でお伝えしたい事がございます。
お聞きいただけませんか?」

「マクシミリアンからの願いと?今この場でか?」

「はい」

勇者に対しての調見であるこの時間に、わざわざ?


「私、マクシミリアン・ハプスブル。

此度、モリガン・ブルゴー伯爵への婚約を申し込みたいのです」


「え?───ええ!?」


天使が私に微笑んだ。






───



「朝の鍛錬お疲れ様でございます。モリガン様。湯浴みの準備が整いました」

「ありがとうございます。アンナさん」


私、モリガンはブルゴー領の首都ディジョンにいる。
綺麗な庭で朝の鍛錬をしていると、先日のことを忘れられるかのようだね!

「モリガン様、私めにその様な言葉遣いは無用です。
伯爵たる者、相応しい言動を」

「はい……っこほん。わかったわ」

「そうです。モリガン様」

なんて、忘れるわけもないけどね。

あのいけ好かない宰相が、ブルゴー領が最低限の生活ができる程度の復興を実施している間、私にブルゴー伯爵当主として、そして淑女としての教育を受けさせた。

立ち振る舞い、教養、マナーまで、本当に様々な教育を受けた。
正直言って、魔王討伐よりキツかったと思う。


「モリガン様はこのブルゴー領の領主であらせられます。
皇帝陛下から頂いた“ブルゴー”という姓がそれを表しております」

「……そうね。私はモリガン・ブルゴーになったのよね」

「その通りです」

侍女のアンナは元ブルゴー王国の生存者だ。
宰相から領政に関わる人、私のお世話をする人の雇用を言われ、元々官廷勤めで信用できる者を選んだ。
アンナも元ブルゴー王国官廷の一人。
護衛? 私に護衛はいない。
必要ないものね。
それに節約しないとダメだもん。

「モリガン様、本日のご予定でございますが、9時からマクシミリアン殿下と領政施策の会談でございます」

「ええ、わかっているわ」


人事雇用はマクシミリアン殿下が助力してくれた。
というより、ほぼお任せしたに近いけど。

ブルゴー領の領政において、マクシミリアン殿下は領主代行と言えるほど頼りになる存在。

何故、第三王子である殿下ぎ携わっているのかというと……


「おはよう。私の勇者様」

「殿下……。お約束は9時ではなかったのでは?」

「殿下だなんてつれない呼び方は止めて“マクシミリアン”と。
私達は陛下が認めた正式な婚約者だろう?」


うっ!天使の微笑み!


「殿下、私達は仮と名がつく婚約者です。
私は故郷に帰るつもりですから……」

まさか本当に王子様が私の婚約者になるなんて、夢にも思わなかった。
しかもハプスブルの天使とだ。


「私の勇者様は手強いね?
そう思わないか?セバスチャン」

「殿下。定刻前にもかかわらず婚約者とはいえ来訪するのは失礼かと」





そう、実はあの後。





マクシミリアン殿下の求婚発言に開いた口が塞がらない私の手を取り、美の象徴である殿下は薬指に口付けをした。

「で、殿下!?」

「ふふっ、リンゴみたいに真っ赤だね。可愛い」

「──ッ!」

薬指への口付けは求婚。
マクシミリアン殿下は焦らすようにゆっくりと唇を離した。
殿下の言動に赤くならない女なんていませんよ!

第一、第二王子からは茶化す声が聞こえる。
驚く皇后を余所に、陛下は楽しげだ。

「マクシミリアン。我らは王族だ。
その義を果す婚約と言えるか?」

「勿論です、陛下。
国を救った英雄が爵位と土地を授かること、当然の事と思います。
ですが勇者様は異世界人です。
伯爵位と広大な土地を有するとなると欲する貴族達が黙ってはいないでしょう。
そこで王位継承第三位の私ならば、名ばかりの貴族を抑え込み、かつ勇者様を守ることも可能かと。
それに英雄とはいえ領政は全くの無知。
助力すべき者が必要です。
私ならこの全てを遂行できます」

「けれど、あなたには公爵か侯爵への婿入りを考えていたのよ?
勇者とはいえ、王族が伯爵位など」

「うむ。マクシミリアンの願い、聞き入れよう」

「陛下!」

「陛下、有難うございます」



私が混乱している最中、話はどんどん進んでいて、気付けばマクシミリアン殿下との婚約が決まっていた。

けれど私はいずれ日本に帰る。
たとえ、超が何個付くか分からないほどのイケメンに求婚されたとしても揺らいでなど…………ちょっぴり。

「身に余る事に動揺しております。
ですが殿下、私はいずれ故郷に帰るつもりでいます。
私と婚約をしてしまうと、殿下のお立場が……」

「勇者様は帰ってしまうのか」

ぎゃああ! イケメンのしょんぼり顔ヤバい!

思わず帰るのやめようかなって思っちゃうじゃん。

あれ、待てよ? もしかして、王子との婚約破棄なんかしたら不敬罪になり打首かこの世界に留まるかの究極の二択になってしまうのでは?

そう考えていると、マクシミリアン殿下は優しく目を細め笑みを深くした。

「私の愛しい勇者様。
どうか私を貴女の婿にしてくれないかな?」

「は…───っ!!」

「ふ、残念」

あっぶない!!
危うく「はい」と言いそうになったよ!

少し意地悪な笑みを浮かべた殿下は「またね」と執事とともに去っていった。

え?
つまり、破棄されるなんて考えてないったこと?

「し、心臓壊れそう……」

ハプスブルの天使、マクシミリアン・ハプスブル殿下。
第三王子であり、私の……ブルゴー伯爵当主の婿を志願されたのだった。
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