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「さて勇者様。
あなたはふたつの過ちを犯した。
それはなんだと思う?」

帰りの馬車の中、アンナを隣に、向かいには殿下と執事のセバスチャンが座っている。
殿下は惚れ惚れするほどの長い脚を組んで、私に天使ではない微笑みを向けた。

過ち……。
やっぱり、私一人で魔物に向かったことかな?
でもあと一つはなんだろう。
わからない。

「ひとつしかわからな──」
「ちなみに不正解ならお仕置きだよ」

「え!?」

ここで天使の微笑み!
殿下、使い所間違えてます!

「一人で魔物を倒しに行ったことと、殿下に相談無しに施策を発表したこと……ですか?」

「不正解。
モリガン、こちらへ来なさい」

「いやです……」

「何故?
そんな可愛い顔をしても駄目だよ」

だって、殿下ったら膝をぽんぽん叩いて、ここに座れと言っているんですよ?

「私の座る席はないようですし」

「あるだろう? ここに」

「殿下を椅子にしろと?
そんな恐れ多いですわ。ね、アンナ。セバスチャン」

「……」
「……」

おい、無視かよ。

にこにこ笑顔で膝を叩く殿下。
え? 本当にそこに座るの?
アンナ助けてよ。ちらっ。

「……」

また無視!?
さっき、命尽きるまでお仕えするとか言ってたよね!?
仕えて! いま!


「来ないなら仕方ないね。
……邸に着いてから覚悟しておきなさい」

うぅ……、
王族モード殿下だ。


邸に着き馬車から降りるために、殿下がエスコートしてくれた。
恥ずかしながら手を取り降りると、既に領民が集まっていて、ベアリンが声をかけてくれた人達だ。

生存者の中でも最年長のフォルカー。70代半ばだろうか。
混乱の渦に飲み込まれていた生存者をまとめていた。
フォルカーの隣には息子さんとその奥様。

ガタイの良い元肉屋のイエルと奥様。
他、女性が10名。


「そんじゃ、始めるか!」
「ええ!」
「やりましょう」

魔物に襲われ職を失った人達だけど、以前は腕の良い羊毛製造人、針子、仕立て師だったそう。

相談しながら手慣れた手つきで羽を丁寧に採取していく。
素人の私が手を出すわけにはいかないので、ここは大人しく待機。
いつまでもこんな格好してはいけないと言われ、アンナと一緒に着替えに抜けた。

帰ってくると採取が終了し、今度は二手に分かれて作業開始していた。

ベアリンとイエル夫婦は解体作業。
他は羽毛の処理を行う。

「さて領主様方。
待っている間、儂とこれからの話をしませんかの?」

「ええ、ぜひ」

魔物素材を商品化するにあたり、大事なことを決めていこう。
まずは商会の設立。
そして次に商業ギルドへ商品登録。

「肝心の魔物は誰が狩るのでしょうか?」

「私が──……冗談ですよ。冗談。
そんな睨まないでください。殿下」

「人聞きの悪い、
睨んでなどいないではないか」

確かに笑顔ですよ。
けど、心が睨んでますって。

騎士団に依頼するのはどうかと言われたけど、それでは経費もかかるし、騎士団だってそんな暇じゃない。
ならば、討伐隊という隊を編成するのはどうかとフォルカーの息子であるウィルスが提案。

「だがそう容易く人が集まるとは思えないが」

「私も殿下と同意見です。
騎士団ですら人手不足なのに、討伐隊なんて」

「領主様の仰る通りじゃな。
言い出した者が率先する。そうだろう? ウィルス」

「父上、ですが私は既に退いた身です。
こんな年寄りでは……」

「領主様。いえ、勇者様。
我が息子、アヴィス家の力は要しませんかね?」

アヴィス家。
ブルゴー王国近衛騎士団の長を務めるアンリ・アヴィスが他界した、ブルゴー国民誰もが知っている侯爵家だ。

「あの戦で敗れたのは私の息子です。
ブルゴー王国近衛騎士団長でした。
私は約20年前同じく近衛騎士団の長を務めておりました。
もう50を過ぎ、現役を退いた男です。
そんな私でも任命してくださいますか?」

年齢的な衰えはある。
それは人間だけではない。
命ある者全てに言えることだ、

ウィルスを見れば、退いているとはいえよく鍛えられた身体だ。
手は剣士らしく厚みがあり、今までの重みが伝わってくる。

私は殿下を見ると、殿下は頷いてくれた。

「ならばウィルス。
魔物討伐隊の長を任命してもよろしいかしら?」

「はっ! ウィルス・アヴィス、魔物討伐隊長の名を頂戴いたします!」

ということは、父親のフォルカーさんも凄腕?
ウィンクされました。
私の言いたいことが伝わったようです。

名が高い侯爵家が生存者をまとめていたというならば納得できる。
なるほど、そういうことか。



「難しい話は終わったか?」

「皆さん、試作品が出来ましたよ」

枕サイズの小さな寝具。
後ろには各部位に解体された肉の塊。
しかも氷漬けにされていた。

「誰が魔法を?魔術師がいらっしゃるの?」

「何言ってんだ、領主さんよ。
この程度の魔術師くらい、できる奴は多いぞ。
でなきゃ、肉屋なんてやってらんねぇだろ。肉が変色しちまう」

ハプスブル王国では魔術が使えれば、誰もが魔術師団への入団を望む。
そのため下位魔術を使う平民は少ない。
ハプスブル王国の事を話すと皆は目を見開き、そして笑った。
下位魔術で魔術師団に入団希望したら笑われると。
そして、ブルゴー王国が栄えていた理由のひとつじゃないかと。

「そうだな。ブルゴー王国の肉や魚はいつも新鮮で美味であったな」

懐かしむように目を細められ殿下に、針子たち女性陣は頬を染めた。
天使様は慈悲深いのだ。

「さ、この肉どうする?
まさか食うっつうんじゃねぇだろな?」

「何を言ってるのベアリン」

「だよなぁ。じゃあなんで部位をわけ」
「食べるに決まってるでしょう?何のために部位に分けたのよ」

「!?」
「え!?食べるの!?」
「食えるのか?これ……」

牛や豚、鶏や猪。
他にも食べても害のないものは多い。
そしてそれはいつしも意外なものである。
日本人ったのは、生魚や根っこまで食べる程、美味しいものへの探究心が強いのだ!

「食べてみなくちゃ分からないでしょう?
さ、調理しましょう」

「おいおい領主さんよ。
食べて死んだらどうすんだ」

「ベアリン、そんな事を言っていたら何も進まないわよ」

「けどよ……なぁ?フォルカーさんよ」

「そうじゃの。魔物を食らうなど誰も試した事などありませんからな」

皆は気がすすまない様子。
血は赤く、ふっくらとしたモモの部分なんてとても美味しそうに見える。

毒味をするのは誰か。
もし食べて死んでしまったら?
その不安が頭を過っているのだろう。
そりゃ私も怖いけど、けどなんとなくあれは食べれる気がするんだよね。
これこそ異世界知識だけど、ゲームも漫画も魔物の素材を使った料理は多いでしょ?


「では、私が味見しよう」


「え、王子様が…」
「うそでしょ……」


「恐れながら毒味は私のお役目です。殿下」

「わかっている。セバス。
だが、私はあれを食してみたいのだ。
なにせあれは、そこらの肉よりはるかに美味だからな」

殿下の言葉に場が固まった。
え? 殿下、食べたことあるの?
けど殿下が食べてくれるとなれば民も皆、安心するに違いない。

なら私の出来ることはただひとつ。

「なら私が調理します。
アンナ、リージーの所に行くわ。
皆さんはこのままお待ちになっていて」

「領主様、料理の腕に自信はおありで?」

「何を言うのフォルカー
私は元平民。一人で暮らしてきたのよ?」

会社の寮で一人暮らしです!
家事は得意なのである!

さあ、ブルゴー領特産品を生み出そうではないか!


厨房に移動するモリガンの背中を見届けながら皆は思った。

「ウィンク下手すぎだろ……」
「いまのウィンクかしら? 瞬きにしか見えなかったわ……」
「領主さんって案外可愛いとこあるんじゃない? ……あはは」

あまりにも下手なウィンクに苦笑い。
だが一人だけ違った。

「そんな勇者様も可愛いではないか。なぁ? セバス」

「……そう、かもしれませんね」



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