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ハインから言われた言葉が頭の中で何回も繰り返されているせいで、私はぼーっとしていた。

今は牛魔物から採取した乳を熱しながら掻き回している。
今日の予定は乳を使った料理の開発を行う。
いい加減、食堂の準備を本格的に取り組まなくては、会談報告に間に合わなくなる。

ちなみにこの乳をどこから採取してきたかというと、結界魔術に成功したため、邸の庭にいる。
二人ほど魔術師団員を借りて、閉じ込めている状態だ。


「え、ここで砂糖入れるんですか?
今回はスープをお作りになるのでは……!?」

「黙っていましょう。
今モリガン様は考え事をされている」

「静かに見守りまーす。
ん? あれなんですが?
モリガン様が持っているトロトロした透明な液体」

「あちらは昨日ぼーっとしていたモリガン様がスライムとやらを倒そうとし、恐れたスライムがこの液体を渡してきたのです」

「え? 魔物が?」

「えぇ」

「てことは、あれは魔物の体の一部?
あぁ!? 入れてる!?」

「鑑定したところ、害はないそうです。
食べれるかは分かりかねますが」

「ひいぃ!こわいー!
……ん?けど、なんだかとっても良い匂いー」

「甘い香りがしますね」

「どれどれー?
わぁ!美味しそうですね! モリガン様」

「お味が気になりますね」

「モリガン様!?
魔術で冷やすなんてナイスアイデア。って、だめですー!これ以上したら凍っちゃいます!」


リージーの声に気付き、慌てて魔術を解くと、アンナの呆れた顔。
ご、ごめんなさい。

コップに移し熱し固めたソレは、スライムの身体のように艶があり、ぷるっと震えている。
考え事をしていても目的のものは出来たようだ。

「味見してもいいですかー?」

「リージー、はしたないですよ」

私が作っていたのはプリン。
ゼラチンを食用スライムで代用したもの。

「~~~っ!!
おーいしー! 甘くてつるんって喉を通る食感が最高ですー!」

「これは素晴らしいですね。
噛まずに食べられて、しかも栄養価も高い」

「ん、上手く出来たわね」

「女性に人気のデザート、ですね。
この料理名はいかがされますか?」

「プリン」

「うーん、私としてはこよプルプルした特徴を名前に」
「畏まりました。プリンですね」

私の意見はー!? と大声で騒いでいるリージーをよそに、アンナは料理名を書き留め、書類を閉じた。
そして、出張している魔術師団員にお持ちしますと二つほどトレイに乗せ厨房を出て行った。

「ま、いーか。
よーし! まだまだ作りましょう!
モリガン様、よろしくお願いします」

「あ、うん……」

「けど、今日はどうかしたんですかー?
最近ずっと考え事してるってアンナが心配してましたよ?
何かお悩みでもあるんですか?」

調理台に次々と器具や食材を並べていくリージーを見ながら、次は何を作ろうか考えていると、リージーは私の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。

「もしかして最近殿下がいらっしゃれないから寂しくて、ですかー?」

確かに最近お会いしていない。
けれど以前お手紙を頂いたので理由は知っている。
国政が忙しく、予定が遅れているとの事。
2.3日予定をずらしてほしいと連絡を書いてあった。

そしてそのお手紙には“約束は守ってくれているかな?”と一言。

「もう、モリガン様ったら、かーわい!」

「ち、違うわ!
考え事の原因は殿下ではなく、ハインで」

「ハイン? ハインって確か騎士団長ですよね?」

しまったー!
つい口が滑ってしまった。
慌てて口を押さえたものの、声はすでにリージーの耳へ届いてしまい、彼女は首を傾げた。

「何故騎士団長が?
あ!! もしかして、告白されたとか?」


ギクッ


「それだけじゃないなぁー?
あ、わかった! 愛人になりたいって言われたんですねぇー?」


え、この子エスパーか何か?


「あー!! モリガン様ったら浮気ですかー?
ハプスブルの天使を婚約者に持ちながら、まさか愛人をお作りになるなんて、リージーはショックですぅ!」

リージー、わざとらしい泣き真似はやめなさい。

「承諾してないわよ? ハインには答えは急がないって言われて、お返事してないもの」
「やはり、愛人に立候補されたんですね? はぁー……まさかとは思いましたが、噂も侮れないですねぇ」

今度はお手上げですーとジェスチャーされた。

「噂? 何のこと?」

「え? ご存知ないんですか?
てっきりアンナが話してると……。そんな顔しないでくださいよー。もう、恨みっこなしですからね?
モリガン様と騎士団長がただならぬ関係である。
政略結婚を受け入れられないブルゴー伯爵は、本命のヴァレンロード子爵に乗り換える。
ともっぱらの噂ですよぉー?」


リージーの言葉を聞いた瞬間、殿下の声が聞こえた気がした。

“浮気したら許さないからね”

そしてその次に

“俺は貴女が好きなんだ”

ハインの声とともに、あの時の口付けの感覚を思い出してしまった。


「モリガン様、殿下、絶対怒ると思いますよ……おー、こわーい」


殿下との会談は3日後。
私、4日後を迎えられないかもしれません。


「けどさ私なんかがあんなイケメン二人を手玉になんて、
信じる人いるの?」

日本では生きてきて24年間、彼氏は一人。
お付き合いの期間は一年満たない。
特に異性から好意を寄せられた記憶もなく、クリスマスは友達と過ごすか仕事。
そんな私が国宝級イケメンとイケメン騎士団長を弄ぶ? なんてあり得ない。

「えーと、モリガン様はご自分の容姿に自信がないのですかー?」

「そりゃそうよ。今までモテたことないし、至って普通の容姿でしょ?
リージーみたいに可愛くないし、アンナみたいに美人でもないもん」

「……こりゃ、殿下も大変ですねー。
いいですかー? モリガン様」


そこからのリージーの話は驚いて開いた口が塞がらないものだった。

「闇を表すかのような漆黒の髪と瞳は、この世界では存在しない色素で、昔から女神など尊いものに例えられてきた。
だからこそ、その色に憧れる人は多い。

そんな髪色と瞳を持つモリガン様に憧れ惹かれる人が多いんですよ?
何せ“モリガン”という名前の意味は戦女神でしょうー?
名前通り、強くてカッコ良いのに可愛いし、おっぱい大きいのに腰細いなんて、そりゃあ男からしたらひん剥いて組み敷きたい支配欲にかられるのではないですかー?

もっとご自分の評価に耳を傾けてくださいよー。
国の1・2の男性に求愛されているんですから」


とリージーに言われたけど、そんなこと初めて聞いたよ……。
モリガンなんて、盛河を聞き間違えたぢけだと思っていたのに……あの宰相め。






────




結果、乳を使った料理は多くのレシピを生み出した。

乳は高級品である。
上位貴族が食すのは牛だ。
だが多くの人は山羊だ。

山羊の乳と同じ製法で作ったチーズ。
私は作り方を知らないので、職人にお願いをした。
出来たチーズは臭みもなく、まるで貴族が食べる牛の乳を使ったチーズそのもの。

そのチーズを使った料理は、煮詰めたチーズに白ワインがを入れ、トロトロに。
するとアルコールが飛び、チーズのいい香りが広がった所でパンにつけて食べる。そう、”ケーゼフォンデュ”だ。
日本でいうならチーズフォンデュ。

他にも、乳とバター、小麦粉でとろみを付けた“ラグー”
ちなみにバターも牛魔物の乳から作ったものを使用。

トルテにアレンジを加えた“ケーゼトルテ”と“フルーツトルテ”の2種類を開発。
ケーゼトルテはチーズを甘く味付けし、クーヘンに乗せ、焼いたもの。
フルーツトルテは、食用スライムを使い果実水にカットした果実を入れ、焼いたクーヘンに乗せ、冷やしたもの。

たくさんの乳料理ができた所で、食堂部門長であるテレルと料理長のスワインに後は任せた。
スワインは平民であり、リージーと幼馴染だという。
食堂メニュー会議では、スワインとリージーの言い争いが絶えないのだ。

テレルは元ブルゴーニュ王国の男爵位だ。
テレル・マルゴー。
ワインが大好きな男爵で、以前はワイン事業を行なっていたという。
今回、この食堂立ち上げにおいて、我がブルゴー領産新メニューと聞き、駆けつけたのが彼だ。
メニューを味見し、これはワインに合う! と太鼓判押し、今現在は魔物素材料理に合うワインの製造に力を入れている。
年齢はウィルスさんとあまり変わらないらしいのだが、元侯爵家と男爵家、ウィルスさんはマルゴー産ワインのファンらしく、堅っ苦しいのはやめようと笑っているが、テレルさんはまだまだ慣れが必要そう。

食堂試験営業はなんとか整いそうだ。

だが、問題は牧畜だ。
結界魔術が使えるようになったまでは良かったのだが、実はまだ付与術式が完成していない。

何度も何度も繰り返し、試行錯誤して魔術陣を書き上げ発動させるが、結果は失敗。
元々、付与術式はあの時魔王から与えられたもの。
私自身が無属性付与を導き出せる程、甘くはなかった。

「これも不発……無属性の陣自体がややこしいのに、そこに付与術式を編み込むっていうのは無理があるのかなぁ……」


こちらの世界に来てから、剣術も魔術も習得するのに時間はかからなかった。
世界を跨いできたからだろうか、この世界の人よりも能力値が高く、ゲームのように俊敏に動ける。
と言っても、怪我もする。
だからこそ、この世界はゲームではないと実感できたから、毎日の鍛錬は欠かさなくなった。
でなければ、日本に帰る前に死んでしまうと思ったからだ。


術式を頭の中で展開し、陣を描く。



「モリガン」


陣を描く手を止め、顔を上げた。
するとそこには、2日後に会うはずだった婚約者とセバスチャンの姿があった。
遠くでアンナがお辞儀をしているのを視界の端にとらえるが、私は殿下が目の前にいることに動揺を隠せずにいた。

だって、殿下は今“モリガン”と呼んだ。
その意味を瞬時に理解してしまったからだ。

「殿下っ! なぜこちらに──」
「席を外せ。誰もこの部屋に近付けるな。
セバス、アンナ、君達もだ」

「かしこまりました」
「仰せのままに」

「あ、アンナ……!」

私の呼びかけにアンナは目を合わせてくれたが、求める答えは返って来ず、セバスチャンと礼をして部屋を出て行った。
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