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「もうやだぁ! ッん、あ」

「へぇ、は嬉しそうだけどな?」

もう嫌。
だめ、このままじゃダメになる。

二人のいうとおり、ぐずぐずになるまで甘やかされ愛されて、身体が動かない。

「いやなのぉ……おかしくなるからぁ!」

「おかしくなればいい。そしたら何処へも行かなくなるだろ」

帰り馬車の中、ハインはこれでもかと言うほど触ってきては愛を囁き、私をイかせた。
ヴァレンロード侯爵家から私の邸までは丸二日。
到着した頃にはグッタリで、アンナに誰も来ないように指示して泥のように眠った。

決めた。
私、しばらく休暇貰います。
もう何がなんでも絶対!
日本に帰るため、なんとしても帰還方法を見つけるんだ!

寝具部門、食堂部門、ドレス部門。
他にも魔物素材の買取、水洗トイレ計画。
全てが上手くいっている。
基盤もできたし、アフターフォローは出来たよね?

このままでは殿下とハインの思惑通りになってしまう。
そうはさせるか!
イケメンに愛でられ弄られ溺れてはならないのよ。
私は森河 香なんだから。

「それじゃアンナ、行ってくるわね」

「お気をつけて」

今回はアンナに領政の仕事を与えお留守番。
日本に帰る方法を探すなんて言ったら、絶対暴走する。
最近は殿下とハインがいるから、何処にも行かないと思っているだろうけど、アンナには一番初め殿下が伝えているはずだ。
いずれ、私が日本に帰るつもりでいるとね。


「ここが王国図書館ね」

こちらに来て間もない頃、血眼になって帰還方法を探したっけ。
何処を探しても見当たらなかったけど、まだ探せていないところがある。
勇者の時同様、自由に入館させでもらえたが、やはりここは入室不可のようだ。

勇者である私の入室を拒むとはよっぽどだと思わない?
“魔王討伐のためならどんなことでもお力になりますよ”と言っていた宰相の言葉はなんだったのか。

「結界魔術ね」

あの時は解けなかった魔術式だけど、今は殿下のお陰で分かる。
術式を解き、扉を開けようとした瞬間。

「そこにいるのは誰だ!」

やばっ、見つかった。

「出てきなさい。ここは王が認めた者しか入室することのできない書庫。
誰の許可を得ている……勇者様?」

「ご、ご無沙汰しております……王国魔術師団長様」

「すっかりお美しくなられて、どなたか気付くのに遅くなってしまいました。
お久しぶりです。様。
ブルゴー伯爵としてのご活躍は私の耳にも届いておりますよ」

眼鏡をかけているブルー髪の男性。
プファル公爵家長男 フィリップ・プファル。
年齢はハインと同じくらいかもう少し上。
30歳近いと思う。
そして、私を召喚した人だ。

「そのようなお世辞は結構です。
この部屋に入らせていただいても?」

「理由を……いや、理由など一つですね」

「勿論、帰還方法を見つけるためです。
陛下からは無理だと言われましたけど、魔術師団長様なら分かるんじゃないんですか?」

「……何故、そう思われます?」

「一方通行な魔術など存在しないからです」

「ほぉ?」

「魔術師団長、私はあの時とは違います。
術式は無属性まで理解しています。
本当のことを教えてください」

召喚された当初、この人を忌み嫌っていた。
この人からしたらただ陛下に指示されてしたことなのに、とんだとばっちりだよね。

とはいえ、この人が召喚を成功しなければ、今私は日本で平和な日々を送っていたのだ。

互いに沈黙が続き、先に折れたのは魔術師団長。
髪を掻き上げ眼鏡を直すと、真剣な表情になった。

「ならば答えましょう。
他ならぬのために。
貴女は足元が見えていない」

こちらへ召喚した術式を見ましたか? と聞かれ、本で確認したことを話すと、魔術師団長は頷き一冊の本を開いた。
それは私も以前見た“召喚術式”の陣だ。

「こちらは分かりますか?」 

以前調べた時は、魔術に関しての知識が乏しくて理解することができなかったけど、今なら分かる。

「”血を提供する者が望む条件”……ということでしょうか」

「その通りです。ではこちらは?」

「“達成条件の確立”」

「素晴らしい。我が隊員でも正解率20%の式をこうもあっさりと!」


血を提供する者、これは陛下で間違いないだろう。
願いを叶えるため、陛下が望むことを条件とし召喚された。
その条件とは“魔王討伐”のはず。
それ以外に呼ばれる理由がないし。

となると……。

「まさか……魔王は生きている?」

「私もその結論に至りました」

魔王討伐の証として、死体は討伐隊が持ち帰って、国が研究していると聞いている。
もしその死体が偽物、もしくは魔王じゃなかったのであれば他ならぬ私に報告が上がるはずだ。

召喚された当初、荒れ狂っていた状況とは嘘のように平和な毎日をおくっていることから、アレが魔王だと考えていいはず。
となると……

「新魔王の……誕生」

「それが妥当かと。
本来ならば魔王討伐後、魔術陣の効力が消え、貴女は故郷に帰るはずだった。
なのに、未だに術式が起動し続けている。
それは何故か。討伐後何らかの形で新魔王が誕生し、達成条件が満たされずにいる。という事でしょう」

成る程、それなら納得だ。
ということは、私が帰るには新魔王を討伐しなくてはならないということになる。

「魔物が活性化してるのはご存知のですか?」

「ええ、ブルゴー領に住みつく魔物も煩い程元気になっているようですね」

「魔物の本地、元ブルゴー王国。
そんな危地を収められるのは、他ならぬ貴女しかいないでしょうね」

「…….それでは困ります。
私は森河香です。モリガン・ブルゴーではないのですから」

私はただの会社員で、毎日仕事に追われながら母親に結婚はまだかとせっつかれる冴えない女だ。

勇者にされ、領主にされ、イケメンに愛でられるようなそんな少女漫画の主人公じゃない。


「……今までで一番納得のいく答えでした」

「そうですか。それは良かった」

「新魔王が発見されたら、次はご助力頼みますよ」

「勿論。のためならば」

なにそれ。どういう意味よ。
なんて問い質すのは今じゃない。
私は図書館を出た。


「…………これで宜しいですか。殿下」

「あぁ、上出来だ」





─────



さて、新魔王とやらを見つけなければ。
かと言って、一人で無謀に突っ込み撃沈、帰還どころか天に昇ったなんて笑えない。

そのためにも、まずは情報を集めなきゃ。
誰かに聞くのが早いんだけど、アテがない。
国の国境線を守るヴァレンロード家が最も有力なのは間違いないが、この間の夜会で持ち上がったのはあくまで“新魔王誕生の可能性”だった。
ハインも知らないようだし、となると他は?
王国魔術師団長も可能性の話だったし、これは……詰んだ?


「あら、誰かと思えば勇者様ではございませんこと?」

「そのようだね。なぜこんなところへ」

「さあ? 大方、媚を売りにきたのではなくて?」

「…………ご無沙汰しております。
フリードリヒ殿下、シャルロッテ様」

うげ、最悪。
この二人は何故か私を見下し、いつも嘲笑うから嫌いなんだよね。
召喚された時も、こんな冴えない女が? と馬鹿にされた。
マクシミリアン様とは違い、容姿は普通。
話によれば剣の腕は兄弟の中で一番だとか。

シャルロッテ様はブランデン辺境伯令嬢。
第二王子婚約者で、イザベルとは違いあまり賢そうには見えない。
容姿は……イザベルの方が魅力的ね。

「お目汚し失礼いたしました。
それでは」

見ざる聞かざる言わざる。
意味は違うけど、見たくない聞きたくない言いたくないという事で退散です。
淑女の礼をして、トンズラしましょう。

「待て、勇者よ」

げ、止められた。

「何か」

「お前、マクシミリアンとはどうだ」

なんでそんな事聞かれなくちゃならないのよ。

「どう……と聞かれましても」

「確か本婚約まで残り半年ではなくて?
帰還方法は見つかったのかしら」

シャルロッテ様、何故イザベル様ですら知らないことを知っているのかな?
まさか、コイツ……。

「シャルロッテは秀才だからな。
君の存在をすぐ見抜いたのだ」

はい、犯人コイツです。
絶対お前が喋ったろ?
私が異世界人と知っているのはほんの一握りだぞ。
イザベル様よりも王妃の座から遠い人間が知っているわけないでしょ。

「見つからなければ、マクシミリアン殿下と婚約。
あ、まさかわざと見つからないフリをしているのかしら?
あの方、お美しいものね」

「マクシミリアンが王位継承権から外れるには、お前がに残り弟と結婚してもらわねば困る。
探すのを諦めて、早く婚約しろ」

カッチーン。
こいつらなんなの。

「…………失礼致します」

はお前のような異端者がお似合いだ」

「あらフリードリヒ様ったら」

オホホホじゃねーよ。
さすがの私もブチ切れです。

「化け物とは魔物のことでしょうか」

「何を馬鹿なことを言っているの」

「貴女に聞いていないわ」

「なっ!?」

イザベル様のお陰で、私の方が立場が上だって知りましたからね。
そこらの令嬢に謙る必要ないのよ。
ちょっと子供は黙ってて。

「クッ……なかなかいい目をするじゃないか。
マクシミリアンが立候補したのも分かる気がする」

「な、何を……フリードリヒ様」

「お前は黙っていろ。シャルロッテ」

「は、はい……」

私とフリードリヒ殿下との距離は3m。
なのにその距離が徐々に短くなっている。
フリードリヒ殿下が口端を吊り上げながら近づいて来るのだ。
後退したいが、ここで踏ん張らなくちゃ。

「モリガン・ブルゴー伯爵。
新魔王が噂されているのは知っているな。
本来ならば、次期国王となる兄上か私が討伐に向かうのだが、お前の存在がある。
新魔王が発見されれば、父上は迷わずお前を頼るだろう。
なんせ、そのために召喚されたのだからな。
となれば、自ずとマクシミリアンも討伐に向かうだろう」

するとどうなる。
新魔王の討伐を果たしたマクシミリアン殿下が次期国王陛下の座につくのは明らか。
けどそれはかえって好都合では?
私は日本に帰る。
殿下は国王となって妃を娶る。
本来あるべき形に戻るというわけだ!
いける! これはいけるぞ!


「そこでだ、ブルゴー伯爵。
マクシミリアンではなく、私と結婚しろ」

「…………は?」

「ふ、フリードリヒ様! 何を仰っているのですか」

「発言を許可した覚えはないぞ。シャルロッテ。次はない」

「も、申し訳ございません……」

いやいやいや、何言ってるのマジで。
この国の王族は、私を勝手に召喚しただけでは飽き足らず、人生の終点まで勝手に決めるとでも?

「理由を聞いても?」

「お前の実力は知っている。
新魔王を討伐するのにお前の力は必要不可欠だ。
初めは上手く使ってやろうと思っていたが気が変わった。
結婚し、新魔王を討伐すれば私は晴れて王となる」

えええ! この人すごい自己中なんですけど!
ある意味尊敬するよ!
そこまで他人のことを考えず、自分の利益だけを追求する人。すごいわ!
国王陛下も王妃様も親だから、国を守る器を持つ者は誰か、しっかり見極めた上で順位を決められたのがよくわかりましたよ。
嫌がるマクシミリアン様を外せないのは、この人を王にしたくないからですよね!


「あんな死んだも同然だった人間が生き返ったかと思えば国一番の魔術師なんて納得いくか。
そのせいで王位継承順位が狂い、私が最下位などあり得ん」

「マクシミリアン様は王位継承権を辞退された。継承争いに含まれないのでは……」

「お前と婚約し、魔物を管轄下に置く事を条件に王位継承順位を二位に繰り下げただけの事」

つまりは、陛下と殿下の口約束ってこと?
事実上は、一位マクシミリアン様、二位ルードルフ様、三位フリードリヒ様は変わらない。
私と結婚すれば、一位と二位が入れ替わる。
けれど、王位継承権は保たれたまま。

あれ? これやばくない?

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