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おまけ3【side.ノア】――ひねくれ者
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しおりを挟む「お前、今日はスーパー寄って帰る予定だったよな?」
「うん。昨日行かなかったから」
「逆方向になって申し訳ないが、パスカルの家に食料を届けてやってくれないか?」
「なんで?」
「発熱で欠席なんだ。今度はマジらしい」
「今度は?」
「……いや、何でもない」
アニキは先ほど、パスカルに電話して容態を訊ねたそうだ。パスカルいわく『家に食べ物のストックはほとんどない。親には自分から連絡したくない、頼りたくもない』とのこと。あいつの家庭事情を鑑みれば仕方ない気もする。
「俺が仕事を早めに切り上げて届けてやれればよかったんだが、昨日今日と大事な会議が続くから。途中抜けできねーんだ」
「大丈夫だよ。オレが行ってくる」
「頼んだ」
「レトルト食品もいいけど……どうせ行くならお粥でも作ってやろうかな」
「それはやめとけ」
「迷惑かな?」
「そうじゃなく。長居してお前に風邪がうつったら大変だろ」
「平気だって。アニキも知ってるだろ、オレの丈夫さ」
アニキと暮らす前のオレは、学校から家に帰るのが嫌で、いつも真っ暗になるまで公園に入り浸っていた。雨の日も風の日も、真夏も真冬も……。
そんな惨めな生活のおかげか、身体だけはびっくりするほど頑丈に育った。アニキに引き取ってもらってから今まで、寝込むほどの体調不良は一度もない。中学・高校通して病欠もなく、免疫力の塊だと思う。
「……ノアの苦労を思うと『丈夫で何より』とは言いがたいが。お前がパスカルのために何かしてやりたいと言うなら、これ以上は止めないでおく」
「うん。あいつが迷惑じゃないって言うならメシの支度してやるよ」
「電話で喋った感じ、さほど辛そうではなかったが……。ノアはノアで、自分の身体を優先するんだぞ? あいつには俺から『ノアに物資を届けてもらう』とメールしておく」
アニキは「資金」と言い、プリペイドカードを渡してくれた。失くさないよう、すぐ財布にしまわなければ。
午後の授業を終えてすぐ、校舎を出た。校門を抜けたところでパスカルに発信する。数コールで繋がった。
「お前、風邪引いたんだって?」
『たぶんね。今朝から熱があって身体は重いけど、幸い他の症状は何もないから助かってる』
「大したことなさそうでよかったぜ」
『以前エリックが差し入れてくれた風邪薬も飲んだからね』
「お菓子でもジュースでもなく、風邪薬を差し入れ? アニキって面白いセンスしてるな」
『ほんとにねー。不思議だよねー』
白々しい物言いに引っ掛かりを覚えたが、今は雑談している場合じゃない。買い出しの前に聞いておくべきことが残っている。
「メシは食ってる?」
『昨夜のピザが最後だよ』
「食えないほどしんどいわけじゃないならお粥作ってやろうと思って。風邪ってのは薬飲むだけじゃなく、ちゃんと食って寝た方が治りも早いだろ?」
『気持ちはありがたいけど、キミに風邪をうつしたらエリックに怒られちゃう』
「アニキからは許可もらってるぜ? オレ、諸事情あってめちゃくちゃ丈夫だからな」
『諸事情って何?』
「それはその……。テンション下げそうな話だからやめとく」
『よく分からないけどまぁいいや。体力奪われたままじゃ、ノアを茶化して遊べなくてつまらないもんね。ここは遠慮なくお願いしちゃおうかな』
「くっそ……。お前が元気になったらぶっ飛ばしてやるからなっ」
『じゃあ早く元気になれるように、美味しいご飯を期待してまーす』
電話が切れる。
バスでスーパーへ向かい、お粥の材料とレトルト食品を購入。レジ袋を提げてパスカルの自宅アパートへ。玄関で出迎えてくれたヤツの頬は赤らんでいたが、苦しそうには見えない。
「来てくれてありがとう」
「うん。早速調理するからキッチン貸してくれよな」
靴を脱いで上がり込む。パスカルは早々にベッドへ向かい、横になった。オレはキッチンスペースで食材を広げる。お総菜コーナーに並んでいた白米のパック、焼鮭一切れ、カットネギと卵。
まずは焼鮭の骨を取り除いてフレーク状にほぐし、鍋を借りてお粥を作った。木製スプーンとお椀も添えて、ベッド横のローテーブルへ運ぶ。
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