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二章
いいから、好きなようにしてくれ
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俺はそう言って、目をそらす。どうにも、忠頼と目を合わせることができない。
俺は沈黙を紛らすように、自分から忠頼ににじり寄ると、忠頼の分厚い衣の袖に触れた。
――そうだ。こうすればいいんだ。
忠頼は伺うようにこちらを見てから、そっと俺の手に触れた。忠頼の肌のぬくもりが冷えた指に伝わる。俺はそれだけで、体中がぞくりと反応するのがわかった。
俺は小さく息を吐く。そして、その感覚だけに集中しようとする。
しかし、その瞬間、忠頼の声が降ってきた。
「――何があった」
顔を上げると、忠頼は俺をじっと見つめていた。
やっと少し薙いできた心が、またざわつく。しかし忠頼は、俺に触れていた手を離し、俺にまっすぐ向き合う。俺は戸惑いながら問う。
「――なんだよ」
「どうしたんだ、と聞いている」
「どうしたって……何でもねえよ」
俺はかすかに苛立ちながら、目線を外した。むかむかする、落ち着かない。なにも考えたくない――にもかかわらず、忠頼の瞳を見ていると、胸の底に沈殿していたものが、ぶわりと浮かび上がってくる。
俺は無造作に忠頼の手を掴み、己の胸に押し付けた。 俺が掴んだ忠頼の手に、僅かに力が入るのを俺は感じた。
「――いいから。好きなようにしてくれ」
「――わかった」
そのまま、今度は忠頼が俺を押し倒した。
俺は、少しほっとした。事が始まってしまえば、きっと、何も考えなくて済む。
「――ん」
忠頼は俺に覆いかぶさるようにして、ふわりと俺のこめかみに唇を寄せる。体が少しだけ震え、息が漏れて、俺は無意識に体を捩る。
忠頼はそのまま、俺の耳、首の付け根、鎖骨や肩に、ひたすら、静かに吐息のような口づけを落としていく。
それは体の奥が熱くなる刺激とはほど遠く、俺の体に、中途半端なぬくもりを繰り返し残しては、消えていった。
「なんで……っ」
子犬や子猫を抱いて、愛撫するような、穏やかで優しい口づけだった。
しかし、優しいはずのその口づけは、首を真綿で絞めるように、俺を次第次第に苦しくさせた。
「……っそれ、やめ……っ」
、忠頼の柔らかい唇が俺の肌に触れるたび、俺は居ても立っても居られない気持ちになる。
忠頼の手が、ふわりと優しく俺の髪を撫でる。俺はもう堪えきれずに、忠頼の手をぐいと押し戻した。
「頼む、頼むから、やめてくれ……」
俺は懇願した。俺の手は弱々しく震え、声は掠れていた。
酷く恐ろしいのに、何が怖いのかは、自分でもよく分からない。
俺は駄々をこねる子供のように首を振り、忠頼がこれ以上己に触れないよう、手で抑止する。忠頼はそれを嗜めるように、俺の手に、また優しい口づけを落とす。
「なら……どうしてほしい」
頭の芯が溶けていく感覚に、俺はついに、我慢ができなくなった。
「目が――
「目?」
俺は震えながら頷く。源太の白い顔。与助の何も見ていない、あの虚ろな目。俺を殺そうとする人間の目と、俺が殺した人間の目。恐怖と、憎悪と、狂気と――そして、痛烈な悲哀。
「あいつらの目が、俺を見るんだ」
自分の口から、ぽろりと転び出た言葉に、俺は自分自身で驚く。しかし、言葉は、まるで自らの意思を持っているかのように、次々に勝手に出て来る。
「仲間が死んだ。狂った――いい奴らだったんだ」
戦には向かない奴だ、と言いそうになって、いや、そんなの向いてる奴なんていない、と俺は思い直す。
「生き抜けるほど、強くなかったって言や、そうかもしれない――でも、人の痛みを分かる人間だった――戦に来なければ、生きられたんだ」
――馬鹿みたいだ。
己の言い分に、俺は呆れる。
――何言っているんだ、俺は。奴らだって、そんなことは百も承知でここにいたはずだ。
――でも、それでも。
「どうしてだ。なあ、俺だけ死ななかったのはなんでだ? 俺は――大事なもんを、どっかに置いてきちまったんじゃないのか」
それは他の兵士たちの事だった。自分の事だった。馬鹿らしいが、俺の本心だった。
気が付くと、俺は、訳も分からず、慟哭していた。 酷く遣る瀬無くて、切なくて、苦しかった。胸が軋み、臓腑が捩れた。悲しいの情けないのか、腹が立っているのか自分を責めているのかも、よく分からない。
それは、大雨の時に渦を巻く、暗い色をした川に似ていた。あまりに激しく、早く、飛沫を上げながら、混濁する感情に、なす術もない。
――互いに血を流すことを好む人間などどこにもいない。
俺は嗚咽とともに息を吐いた。忠頼はきっと呆れただろうと思った。戦場で泣き言をいうなど、あまりに馬鹿馬鹿しい。そう思われるであろうことも分かっていた。
しかし、忠頼は何も言わなかった。俺が目を合わせないようにしていると、忠頼は不意に、俺を抱き起こした。それから、俺を包み込むようにゆっくり腕を回す。
俺は少しだけ戸惑う。こんなふうに、優しく抱きしめられるのなんて、いつぶりだろうか。
忠頼の呼吸が耳元で聞こえた。背中を行きつ戻りつしながら撫でる手の感触があった。
それはどこか遠慮した手つきだったが、それでも十分だった。
俺は救いを求めるように、胸を起こし、忠頼に縋りつく。
忠頼の命のぬくもりが、ばらばらになった俺の意識をひとつひとつ、鎖にして、繋いでいくような気がした。
忠頼の唇が、俺の首筋に落ちる。俺の熱くなった耳もとで、忠頼の吐息が聞こえる。忠頼の掌が、俺のべたべたになった頬の涙を拭った。
「――お前は、大事なものを、なくしてはいない」
俺は恐る恐る、忠頼の目を覗き込む。
忠頼は、いつもと同じ眼差しで俺を見つめていた。
その瞳の中に灯る、温かさを見た時、俺は漸く、心の底から安堵した。
どちらからともなく、俺たちは唇を寄せ合った。
「……ふ」
衝動が露わになり、俺たちは次第に執拗に、貪欲になる。俺たちは互いを貪りあうように舌を絡めた。濡れた音が響き。熱い息が混ざる。
俺は沈黙を紛らすように、自分から忠頼ににじり寄ると、忠頼の分厚い衣の袖に触れた。
――そうだ。こうすればいいんだ。
忠頼は伺うようにこちらを見てから、そっと俺の手に触れた。忠頼の肌のぬくもりが冷えた指に伝わる。俺はそれだけで、体中がぞくりと反応するのがわかった。
俺は小さく息を吐く。そして、その感覚だけに集中しようとする。
しかし、その瞬間、忠頼の声が降ってきた。
「――何があった」
顔を上げると、忠頼は俺をじっと見つめていた。
やっと少し薙いできた心が、またざわつく。しかし忠頼は、俺に触れていた手を離し、俺にまっすぐ向き合う。俺は戸惑いながら問う。
「――なんだよ」
「どうしたんだ、と聞いている」
「どうしたって……何でもねえよ」
俺はかすかに苛立ちながら、目線を外した。むかむかする、落ち着かない。なにも考えたくない――にもかかわらず、忠頼の瞳を見ていると、胸の底に沈殿していたものが、ぶわりと浮かび上がってくる。
俺は無造作に忠頼の手を掴み、己の胸に押し付けた。 俺が掴んだ忠頼の手に、僅かに力が入るのを俺は感じた。
「――いいから。好きなようにしてくれ」
「――わかった」
そのまま、今度は忠頼が俺を押し倒した。
俺は、少しほっとした。事が始まってしまえば、きっと、何も考えなくて済む。
「――ん」
忠頼は俺に覆いかぶさるようにして、ふわりと俺のこめかみに唇を寄せる。体が少しだけ震え、息が漏れて、俺は無意識に体を捩る。
忠頼はそのまま、俺の耳、首の付け根、鎖骨や肩に、ひたすら、静かに吐息のような口づけを落としていく。
それは体の奥が熱くなる刺激とはほど遠く、俺の体に、中途半端なぬくもりを繰り返し残しては、消えていった。
「なんで……っ」
子犬や子猫を抱いて、愛撫するような、穏やかで優しい口づけだった。
しかし、優しいはずのその口づけは、首を真綿で絞めるように、俺を次第次第に苦しくさせた。
「……っそれ、やめ……っ」
、忠頼の柔らかい唇が俺の肌に触れるたび、俺は居ても立っても居られない気持ちになる。
忠頼の手が、ふわりと優しく俺の髪を撫でる。俺はもう堪えきれずに、忠頼の手をぐいと押し戻した。
「頼む、頼むから、やめてくれ……」
俺は懇願した。俺の手は弱々しく震え、声は掠れていた。
酷く恐ろしいのに、何が怖いのかは、自分でもよく分からない。
俺は駄々をこねる子供のように首を振り、忠頼がこれ以上己に触れないよう、手で抑止する。忠頼はそれを嗜めるように、俺の手に、また優しい口づけを落とす。
「なら……どうしてほしい」
頭の芯が溶けていく感覚に、俺はついに、我慢ができなくなった。
「目が――
「目?」
俺は震えながら頷く。源太の白い顔。与助の何も見ていない、あの虚ろな目。俺を殺そうとする人間の目と、俺が殺した人間の目。恐怖と、憎悪と、狂気と――そして、痛烈な悲哀。
「あいつらの目が、俺を見るんだ」
自分の口から、ぽろりと転び出た言葉に、俺は自分自身で驚く。しかし、言葉は、まるで自らの意思を持っているかのように、次々に勝手に出て来る。
「仲間が死んだ。狂った――いい奴らだったんだ」
戦には向かない奴だ、と言いそうになって、いや、そんなの向いてる奴なんていない、と俺は思い直す。
「生き抜けるほど、強くなかったって言や、そうかもしれない――でも、人の痛みを分かる人間だった――戦に来なければ、生きられたんだ」
――馬鹿みたいだ。
己の言い分に、俺は呆れる。
――何言っているんだ、俺は。奴らだって、そんなことは百も承知でここにいたはずだ。
――でも、それでも。
「どうしてだ。なあ、俺だけ死ななかったのはなんでだ? 俺は――大事なもんを、どっかに置いてきちまったんじゃないのか」
それは他の兵士たちの事だった。自分の事だった。馬鹿らしいが、俺の本心だった。
気が付くと、俺は、訳も分からず、慟哭していた。 酷く遣る瀬無くて、切なくて、苦しかった。胸が軋み、臓腑が捩れた。悲しいの情けないのか、腹が立っているのか自分を責めているのかも、よく分からない。
それは、大雨の時に渦を巻く、暗い色をした川に似ていた。あまりに激しく、早く、飛沫を上げながら、混濁する感情に、なす術もない。
――互いに血を流すことを好む人間などどこにもいない。
俺は嗚咽とともに息を吐いた。忠頼はきっと呆れただろうと思った。戦場で泣き言をいうなど、あまりに馬鹿馬鹿しい。そう思われるであろうことも分かっていた。
しかし、忠頼は何も言わなかった。俺が目を合わせないようにしていると、忠頼は不意に、俺を抱き起こした。それから、俺を包み込むようにゆっくり腕を回す。
俺は少しだけ戸惑う。こんなふうに、優しく抱きしめられるのなんて、いつぶりだろうか。
忠頼の呼吸が耳元で聞こえた。背中を行きつ戻りつしながら撫でる手の感触があった。
それはどこか遠慮した手つきだったが、それでも十分だった。
俺は救いを求めるように、胸を起こし、忠頼に縋りつく。
忠頼の命のぬくもりが、ばらばらになった俺の意識をひとつひとつ、鎖にして、繋いでいくような気がした。
忠頼の唇が、俺の首筋に落ちる。俺の熱くなった耳もとで、忠頼の吐息が聞こえる。忠頼の掌が、俺のべたべたになった頬の涙を拭った。
「――お前は、大事なものを、なくしてはいない」
俺は恐る恐る、忠頼の目を覗き込む。
忠頼は、いつもと同じ眼差しで俺を見つめていた。
その瞳の中に灯る、温かさを見た時、俺は漸く、心の底から安堵した。
どちらからともなく、俺たちは唇を寄せ合った。
「……ふ」
衝動が露わになり、俺たちは次第に執拗に、貪欲になる。俺たちは互いを貪りあうように舌を絡めた。濡れた音が響き。熱い息が混ざる。
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